饒舌なひと

 まばゆい日差しが芝生の緑へ照り返し、海のむっとした蒸気が肌にまとわりつく。気候は夏。プールで遊ぶルフィたちとは違い、日陰にいるものの、やはり暑さを感じる。喉の渇きを感じ、グラスに手を伸ばせば、溶けた氷しか入っていなかった。いつも、ちょうどいいタイミングで、おかわりを持ってきてくれるはず。チラリとナミは、ダイニングの方へ目を向ける。

「……まだ話してんのかしら、あの子」

 そうみたいね、と向かいに座り、本を読むロビンが答えた。
 あの子、というのは、最近仲間に入ったララのことだ。シャボンディに集結した際、「あ、こいつ仲間になるから」と、船長がさらっと言った時の驚きったらなかった。なんでも、あの海賊女帝、ボア・ハンコックの末の妹で、新世界にどうしても行きたくて仲間になったのだそうだ。七武海の妹と、どうしてそんなことになったのか。「ララは強ェぞ!」と笑うルフィに、目眩がした。
 そんなこんなで、ララが仲間になって一週間が経つ。徐々に彼女のことがわかってきた。まず九蛇海賊団にいたからか、戦闘に慣れているということ。ヘビヘビの実(モデル:ブラックマンバ)を食べた、能力者だということ。ハンコックが大好きだということ。好きすぎて、誰彼構わず姉について語りたがるということ。
これが厄介で、数分ならともかく、最低30分は話し続ける。今犠牲になっているのは、サンジだった。まあ、彼の場合、自分からハンコックについて話を振ったのだろうけど。
 姉に似て(ララに無理矢理見せられた、『姉様プロマイドコレクション』で顔は知っている)、ララは綺麗な顔立ちをしている。ナミでさえ、見惚れてしまいそうなほどだ。本人は自覚してないようだが。
女好きのサンジが放っとくはずもなく、何かにつけて、ララと一緒にいたがる。最初は鼻血ばかり吹いていたが、今では落ち着き、一番ララと話しているのは彼のような気がする。
 ナミはため息をつき、立ち上がった。

「……おかわりするの?」

「ええ、待ってられないもの。ロビンは?」

「私はまだあるからいいわ」

 そう、と頷き、ナミはグラスを手にダイニングへ向かった。
 扉の前につき、開けようとした時。ララのすすり泣くような声が中から聞こえ、ナミはとっさに取っ手から手を離した。扉の窓から中を窺う。ララは後ろ姿しか見えなかったが、かすかに震えているようだった。向かいに座るサンジは、眉を寄せ、辛そうな表情をしていた。

「……この話、ルフィにしかしたことなくて……今までも、これからも……そうだと思ってた……でも……」

「ごめん、ララちゃん……そんな辛ェこと話させちまって……」

 ララは首を振った。

「サンジだから……毎日、私の話をちゃんと聞いてくれるから……だから、言おうと思ったの……」

 いつも、ありがとう。
 そう言われたサンジの表情は、今まで見たことのないようなものだった。
 ナミは、とっさに踵を返した。あの空気の中に入っていくなんて、到底できなかったし、何より、見てはいけないものを見てしまったような気がした。
(あんな顔、できるのね……)
 彼は、熱に浮かされたように、愛おしげに、ララを見つめていた。

「あら、どうしたの?」

 テーブルにグラスを置くと、ロビンが本から顔を上げる。

「いや、ちょっとね……」

 言葉を濁し、椅子に座ったが、ロビンはまだこちらを不思議そうに見ていた。言いふらすことではないが、彼女になら、言ってもいいかもしれない。ナミが説明すると、ロビンはくすりと笑った。

「ふふ、なるほど、それで……」

「私、びっくりしちゃったわ。サンジくんがあんな表情するなんて……」

「女性を平等に愛するのが、彼のモットーだと思っていたけど……本当に好きな人ができたのね」

「そうね……これから、面白くなるわよ」

 ララに対するサンジの反応は、どういうものになるのだろう。想像して、ナミがニヤリと笑うと、ロビンも楽しげな笑みを浮かべた。
 ルフィたちのはしゃぐ声。奏でられるブルックのヴァイオリン。船を修繕しているフランキーのトンカチの音。ゾロが持ち上げているダンベルの振動。
 全てがいつもの日常の中、ダイニングにいる一人の心には、大きな変化が起きているようだった。

20180927

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