ナルシッサ・マルフォイは、生まれた時から純血は高貴な血なのだと教育されていた。自分たちはマグルの血が混ざらない尊い存在であり、純血を守り続けなければならない。純血は純血と結婚しなければならない。そう叩き込まれていた。
 だから、姉のアンドロメダがマグル生まれの男と結婚すると言い出した時は驚いた。彼女も同じ環境にいたはずだ。どうして穢れた血を欲するのかわからなかった。
 アンドロメダはブラック家を出た。やがて、その男と結婚したと風の噂で聞いた。ベラトリックスは彼女を蔑み、ブラック家から追放した。ナルシッサもそれに同調した。ベラトリックスのように感情を露わにはしなかったが、心の底からアンドロメダを軽蔑した。
「愛した人がマグル生まれだった」なんて、信じられない話だ。穢れた血が恋愛対象になるなどありえない。ナルシッサはそう思い、嫌悪感で身が震えた。穢れた血に触れられるなど、考えただけでもおぞましい。
 ナルシッサは同じ純血で、同じ思想を持つ名家のルシウスを選んだ。ルシウスはデスイーターであり、例のあの人の部下だった。ナルシッサはデスイーターにはならなかった。オーラーと戦う勇気もなかったし、人を殺したくもなかった。何より、自分の命を失いたくなかった。その代わり、ルシウスを献身的に支えた。それがナルシッサの考える、妻としての務めだった。
 やがて、彼との子を授かった。名前はブラック家の伝統に従って、星座の名、「ドラコ」を付けた。ドラコはとても可愛らしかった。彼が自分の人差し指をきゅっと握る様や、無垢な笑みを浮かべる様を見て、ナルシッサは初めて「愛おしい」という感情を見つけた。この子のためなら、自分の命も惜しくないと思えた。ナルシッサが母となった瞬間だった。

 今、目の前にハリー・ポッターが倒れている。彼の服には戦いの跡が表れ、ところどころ煤けている。彼の目は閉じられ、死んでいるように見えた。
 もし死んでいるのなら、例のあの人はこの禁じられた森からホグワーツ城へ向かうだろう。そこで、ドラコの生死を確かめることが出来る――。
ナルシッサはそっと彼の胸に手を当てた。瞬間、生命の躍動を感じた。どくん、どくんと心臓が脈を打っている。
 生きていることは想定していなかった。ナルシッサは僅かに動揺したものの、すぐに考えを変えた。
 不自然にならないよう気をつけながら、彼の顔へ頭を動かし、その耳元に囁いた。
「ドラコは生きてるの? ホグワーツにいるの?」
 ポッターはわずかに口を動かした。
「はい」
 安堵が胸を支配した。
 生きている。ドラコは生きている。
「おい、どうなんだ? ポッターは死んでるのか?」
 あの人へ振り向き、ナルシッサは言い放った。
「死んでいます」
 歓喜の声が一斉に上がる。ナルシッサはもはやあの人が勝とうが負けようが、どうでもよかった。純血が支配する世の中など、興味もなかっ た。ただ、ドラコが、ルシウスが無事で、平穏に暮らせればそれでよかった。

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