ルーナが好きだと自覚したのは、いつの頃だったろう。
 最初は危ないやつだと思った。バタービールのコルクのネックレスに、ラディッシュっぽいイヤリングをぶら下げ、驚いたような顔をし、意味不明なことを言う。それがいつからか、こぼれ落ちそうな目を魅力的に感じ、たまに見せる知性の高さ(彼女はレイブンクローだ)や、ずばっと物事を言う威勢の良さ(空気が読めないとも言えるが)が、自分にはなくいいなと思うようになった。

「ルーナ!」

 ふわふわした足取りで廊下を歩くルーナを見つけて、後ろから声を掛ける。ルーナはダークブロンドの長い髪を揺らし、こちらを振り返った。

「あ、ナマエだ。どうしたの?」

「いや、特に何もないんだけど……ルーナって、得意な科目ある?」

「んー、魔法生物飼育学が得意だよ」

 しわしわ角のスノーカック(実在するかわからないが)のことをよく話すので、薄々そうだろうと思っていた。呪文学や変身術が得意なら、レポートを添削してもらえたが、ハグリッドは基本的に宿題を出さないので、この作戦はできないようだ。

「ナマエは何が得意?」

 少し落ち込んでいると、ルーナに尋ねられた。

「そうだな、強いて言えば薬草学かな」

「薬草学かあ……あたし、ちょっと苦手だな」

「本当? 僕でよければ少し教えてあげられるかも」

 降って湧いたチャンスに、ナマエはすかさず反応した。ルーナは見開かれた目を、より大きく見開いて、こちらを見た。

「それ、本気で言ってる?」

「本気だよ、どうして?」

「だって、あたしに関わろうとする人なんて、この学校にいないもん。いっつもルーニー(狂人)って言われるし」

 彼女の言葉に胸が痛くなったが、ナマエははっきりと言った。

「僕はルーナと関わりたいんだ。君はちょっと変わったところがあるけど、それも含めてルーナの魅力だと思ってるよ」

 なんだか勢いで魅力と言ってしまい、恥ずかしくなる。ルーナは嬉しそうに笑った。

「そう言ってくれるの、あんただけだよ。ナマエは最初からあたしをルーナって呼んでくれるし、好きだな」

「え、あ、ありがとう」

 その好きの意味を聞きたかったが、友達としての好きだとしたら、ショックを受けそうなので、聞かなかった。
 夕食を食べた後、図書館でルーナと待ち合わせし、彼女と一緒に薬草学のレポートを書いた。ルーナは薬草学が苦手だと言っていたが、実際はよく理解しているようだった。彼女の質問は少し高度で、ナマエは答えるのがやっとだった。やはり、レイブンクローに配属されただけあって、ルーナはとても賢い。ナマエには、彼女の青いネクタイが輝いて見えた。

 とある日曜の朝。目が覚めたナマエは、首を回してベッド脇の時計を見る。時刻は6時。せっかくの休日なのに、早く目覚めてしまった。二度寝する気にならず、静かに身を起こす。地下にあるこのハッフルパフ寮の寝室には、窓がない。しかしナマエにとって、その薄暗さは心地よかった。手元のランプを、皆が起きないよう弱く灯し、制服に着替える。4月に入って少し経つが、やはりまだ冷たい空気が肌を刺す。ローブを羽織り、寮のマフラーと、念のため手袋をし、ナマエは外に出た。
 朝の澄んだしゃきっとした空気が、無防備な頬を刺激する。昇ったばかりの太陽に照らされながら、ナマエはゆっくり歩いていた。散歩をしようと漠然と思い出てきたが、少し寒すぎたかもしれない。マフラーを口のあたりまで引き上げる。
 早くもベッドが恋しくなっていると、前方に見慣れた人影を見つけた。かごを片手に、野に咲く青い花――ブルーベルを摘み取っている。ナマエは笑みを浮かべ、彼女に近づいた。

「おはよう、ルーナ」

「あ、おはよう、ナマエ」

 ルーナはいつもつけている、ラディッシュのようなオレンジのイヤリングをしていなかった。ナマエは新鮮な気持ちで、首を垂れる青い花に屈むルーナを見つめた。

「どうして花を摘んでるんだい?」

「今日は母さんの命日なんだ。母さんの好きだったブルーベルが咲いてたから、摘んで飾ろうと思って」

「そう、なんだ……」

 母親を亡くしていたことは知らなかった。何と声をかけていいかわからないでいると、ルーナはのんびりと言った。

「別に、悲しくないよ。だって、母さんは生きてるから」

 心の中で、とルーナは摘み取ったブルーベルを掲げる。茎の両脇に釣り下がる、鮮やかなラベンダーブルーの花たち。ルーナの強い心と反対に、茎とともに顔をうつむかせている。確か、花言葉は『謙遜』と――

「『変わらぬ心』、だったかな」

「花言葉?」

 そう、と頷き、ルーナに微笑む。きっと、彼女に対するこの気持ちも、変わらないだろう。この流れで、気持ちを伝えられるかもとナマエは一瞬思ったが、それが今ではないことを何となく悟っていた。

「何?」

 じっと見つめていたからか、ルーナが銀灰色の目を瞬かせる。ナマエは何でもないと首を振った。
もっと、ルーナのことを知って、いつか、伝えられたら。それまでは誰にもこの気持ちを言わずに、自分の中の秘密にしておこう。

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