穢れた血、そう呼ばれることが入学してからどれだけあっただろう。最初の頃は言われる度に落ち込んでいたけれど、五年生になった今ではなんとも思わなくなった。感覚が麻痺してしまったのだ。
マグル生まれがスリザリンに入ったと、入学当初は騒がれたものだ。純血を重んじるスリザリンに、マグル生まれである私が入ってしまった。組み分け帽子は何か間違えていたのかもしれない。単純で、穏やかで、平和主義の私が本来属するところはハッフルパフだった。だから私はハッフルパフ生として振る舞うことにした。ハッブルパフには私を穢れた血と呼ぶ人はいないし。そうした理由でハッフルパフで友達を作り、一緒に図書館で勉強したりしている。けれど仲良くなるにつれ、自分と彼女たちとのネクタイの色の違いが一層際立つ。いくら仲が良くてもハッフルパフの談話室には入れないし、一緒の寮で眠れない。友達は私がスリザリンだとか関係ないと言ってくれたが、もしかしたら正直面倒に思っているかもしれない。私に付き合ってくれているだけかもしれない。そう思う瞬間がある。
そういう時には決まって図書館に行く。スリザリンの談話室で寛ぐなんて選択肢はない。くつろいだ所で何と言われるか。あの人たちは純血至上主義なのだ。
図書館では課題をしたり、適当に本を読んだりする。その日も私は本を読んでいた。古めかしい伝記の書かれた本だ。退屈だったけれど、マダム・ピンズに目をつけられないためにも、読んでいる振りをしなければならない。なかなか頭に入って来ず、同じ行を何回も読んでいる時、向かいに人が座る気配がした。顔を上げる。黒髪の整った顔をした男子――シリウス・ブラックが座っていた。ブラックは私と目が合うと、こちらに顔を近づけてきた。
「……なあ」
「はい」
「お前、ハッフルパフとして振舞ってるんだって?」
小声で問われる。私は頷いた。
「うん、私の寮自認はハッフルパフだから」
そう言えば、ブラックは何言ってんだこいつ、というような、怪訝な顔をした。
「……スリザリンは嫌ってことか?」
「うん、すごく嫌。私の事差別してくるし、足引っ掛けてくるし、最悪」
「まあ、そうだろうな」
ブラックは私のことが気になるからではなく、退屈しのぎに私と話しているのだろう。自らをハッフルパフだと自認する変なやつと、話したかったのかもしれない。
「なあ、スリザリンにスネイプってやついるだろ?」
「ああ、うん」
セブルス・スネイプ。私を穢れた血と言ってくる奴らの中の一人だ。
「俺たち、そいつに盛大な悪戯を仕掛けようと思ってるんだ。協力してくれないか?」
「嫌だ」
「は?」
「スネイプが嫌な奴だって知ってるけど、私はそれに加担したくない」
ブラックは興が削がれたような、退屈そうな顔をした。
「何でだよ、お前、スネイプが好きなのか?」
「そんなわけない」
「じゃあ何で?」
「私はハッフルパフよ。無駄な争いはしたくないの」
ブラックは大袈裟に肩を竦めた。こいつはもう手遅れだと思っているのかもしれない。
ブラックは立ち上がって、去り際にこう言った。
「気が変わったら言えよ」
ブラックは図書館を出ていった。そんなことを言われても、私の気は変わらない。時計を見ると夕食までまだ時間がある。私はもう一度本を開いた。

ブラックがジェームズたちと共にスネイプを悪戯――という名のいじめだ――している場面を、それから度々目にした。どちらが悪いというか、どちらも悪いのだろう。スネイプはやられたらやり返すし、ブラックたちもやられたからやり返す。堂々巡りだ。ただ卑怯なのはブラックたちだ。ブラックとポッター二人がかりで一人のスネイプを攻撃する。これはあまりにも大人気ない。
ある日、スネイプが宙吊りにされているのを見かけ、私はやめた方がいいのに、思わず止めに入ってしまった。
「ちょっと、やり過ぎよ!」
「おっ、スリザリンのハッフルパフさんがお出ましだ」
ポッターのふざけた言い方に彼を睨む。ブラックは驚いたような顔をしていた。
「なんだ、俺たちの側には付かないけどスネイプ側にはつくのか。やっぱりそういうことだったんじゃないか」
「そうじゃない!」
スネイプを見上げる。彼は私が来たことに気づいているのか、いないのか、何かにショックを受けているような顔をしていた。てっきり「穢れた血の助けなどいらない」と言われるかと思っていたが。
「こいつはリリーを穢れた血って言ったんだ!」
ポッターは怒っていた。ポッターはエヴァンスのことが好きなのだろう。だから絶対に許さないと言う。
「……なるほど。じゃあ私がスネイプに代わって謝る、ごめん」
頭を下げた私にポッターは「は?」と言った。
「お前、ふざけてるのか?」
「ふざけてないよ、ただ私はハッフルパフだけど今この瞬間にはスリザリンになったから、スリザリンの同級生として謝る。ごめん」
「なんだそれ」
ポッターは呆れていた。後ろでブラックが腹を抱えて笑っている。
「だからスネイプを下ろして」
「はあ……」
呆れた感情が怒りを凌駕したらしく、ポッターは言われた通り杖を下ろした。どさっ、とスネイプが地面に転がる。スネイプのところに行こうかと思ったが、どうせ「穢れた血ごときが近づくな」と言われるだけだと思い、そうしなかった。
「……ジェームズ、次の試験が始まるよ」
今までどこにいたのか、グリフィンドールの監督生さんが急に出てきてポッターに声をかけた。ポッターとブラック一同は城の中へ入っていった。
私も行かなければと後に続こうとした時、「おい」と後ろから声をかけられた。振り返ればスネイプがすごい形相でこちらを睨んでいる。
「なぜ僕を助けた?」
「別に、助けようとしたわけじゃないわ。ただ多勢に無勢な状況は不利だと思っただけ」
「……ふん」
スネイプは鼻を鳴らした。穢れた血には礼を言う価値もないようだ。その反応は予想していたので傷つきもしない。それより早く試験に行かなければ。ナマエは教室へと駆けた。

その一件からというもの、ブラックに声をかけられることが増えた。図書館で、または移動中の階段で、または廊下で。ブラックはいつも退屈しているようだったから、私というおもちゃを見つけて飛びついているのだろう。彼は毎日、「今日はハッフルパフか?」と確認してきた。私は律儀に返した。「今日はネクタイが上手く結べなかったからハッフルパフよ、まあ上手く結べても基本的にハッフルパフなんだけど」「今日はハッフルパフの友達と勉強するからハッフルパフよ」
基本的にハッフルパフだと言っているのに、ブラックは飽きもせず毎日毎日聞いてくるものだから、私は疲れてしまった。
「あのねえ、私は基本的にハッフルパフなの! スリザリンになることはもうあれきりないの!」
「ふーん」
何度かこう言ったが、ブラックは飽きずに聞いてくる。そのうち友達にブラックとできてるんじゃないかと思われるようになっていた。
「ナマエ、最近ブラックといい感じじゃない!」
「どこが?」
「あそこまでナマエのこと聞いてくるなんて、ブラックはきっとナマエのこと好きよ。付き合っちゃえばいいのに」
「ええー……」
そう言われては悪い気はしない。けれど私はブラックのおもちゃだ。それを自覚しなければならない。
「……確かに顔は整ってるけど、ブラックと私じゃ釣り合わないよ」
「そんなことないわ! ナマエかわいいじゃない」
「いやいや、何をおっしゃる……」
「本当よ、脈アリだと思うわ!」
そこまで言うなら、友達を信じてみようかと私は思った。ブラックはかっこいいし、私は可愛い(と友達は言う)。実は釣り合うのではないか。そう思い、ブラックを呼び出してみた。
「なんだ、何の用だ?」
「あのね……」
私のいつもとは違う様子にブラックは警戒しているようだった。あれ、これ絶対相手にされないやつだ。焦った私はこう言った。
「じ、実はスネイプが好きなの……!」
「はあ!?」
「なんで、いつからだ、あいつのどこを好きになった?」と矢継ぎ早に質問される。私は適当に返しつつ、困ったことになったなと頭の片隅で思った。こんなこと言うつもりなかったのに。
「なんだ、俺お前のこと結構気に入ってたのに」
ブラックはサラリと言った。え、それは勘違いしてもいいのですか?
「というと?」
「……お前のことが好きだったってことだよ」
「ええっ!?」
「なんで、いつから、どこを好きになったの?」と今度は私が矢継ぎ早に質問する。ブラックは照れたように頭をかき、「気づいたら好きになってた」とぶっきらぼうに言った。
「でもお前はスニベルスが好きなんだろ?」
「……ううん、あれはウソ」
「はあ?」
「ブラックの告白を引き出すための嘘」
「はああ!?」
やられた、としゃがみこむブラックに、私は笑みを浮かべた。狡猾なスリザリンになりきるのも、ちょっとはいいかもしれない。

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