ナマエのシリウス・ブラックへの第一印象は「スカした嫌な奴」であり、ブラックも同じように嫌な印象をこちらに抱いたようだった。
 目立ちたがり屋で傲慢とスリザリンで噂されているポッターと、一緒になって悪戯するブラックは、傍から見て、退屈しのぎのためにそれをしているように見えた。そのことに気づいたナマエは、ブラックを余計に嫌悪した。彼らが気に入らないスリザリン生に使う魔法は、悪戯の度が過ぎていたからだ。特に同級生のスネイプには、完全にいじめをしていた。ただスネイプもやられっぱなしじゃなく、闇魔術を彼らに使っていたため同情はできないが、大体はブラックたちがふっかけているようだった。
 ナマエはいつもその現場に遭遇するたび、ブラックたちを侮蔑をこめた目で見ながら通り過ぎていたが、今回はさすがに止めなければまずい状況だった。スネイプが宙吊りにされ、下着を脱がされようとしていたのだ。
「誰か、僕がスニベリーのパンツを脱がせるのを見たいやつはいるか?」
「やめなさい!」
 ポッターの言葉に足を止めたナマエは、慌てて野次馬たちをかき分け、彼らへ叫んだ。
 ポッターたちは驚いたようにこちらを見たが、すぐに虫唾の走るような嫌な笑みを浮かべた。
「……これはこれは、スリザリンの女王様。僕らに何の御用で?」
 ナマエはわざとらしい態度に眉根を寄せ、答えた。
「やめなさいって言ってるの。彼を下ろして」
「はは、いくら女王様の命令でも、下ろすことはできないな」
「いいから下ろしなさい!」
 杖をポッターに突きつけると、彼は興がそがれたようにため息をついて、反対呪文を呟いた。スネイプがどさりと地面に転がる。彼が杖を構えたのを見て、ナマエはとっさに唱えた。
「エクスペリアームス!」
 彼の杖が自分の手におさまる。ぽかんとこちらを見るスネイプとポッターたちに、ナマエは言った。
「もうこれでおしまい。どうしてあなたたちは、何もしてない人をこんな目に合わせるの?」
 ポッターは怒りのこもった声で言った。
「こいつはエヴァンスを『穢れた血』と呼んだ!」
「……そう」
 スネイプがマグル生まれをそう呼んでいるのを聞いていたため、特に驚かなかった。
「……まあ、女王様にとっては、そんなこと何でもないんだろうがな」
 ブラックが呟く。ナマエはそれを無視してスネイプへ言った。
「……スネイプ、あなたもあなたよ。この人たちが嫌いな気持ちは十分わかるけど、闇の魔術をかけるのはどうかと思うわ」
 スネイプは無言でこちらを睨んでいる。羞恥のためか屈辱のためか、顔は赤く彼にしては顔色が良かった。ここはスネイプに寄り添った方がよさそうだ。ナマエは彼に近づこうとしたが、ブラックの言葉が後ろから刺すように飛んだ。
「女王様はスリザリンに下僕を増やそうとしてるのか?」
 ナマエは思わず立ち止まった。聞き捨てならない台詞だった。振り返る。
「……あなたのような単純な想像しかできない人もいるのね。可哀想に」
 止めておけと頭は警報を鳴らしているけれど、ナマエは無視した。何より「女王様」というあだ名を嫌っているのは自分なのだ。少しくらい反論したっていい。 ブラックは驚いたようだったが、すぐに嫌な笑いを浮かべた。
「じゃあどうしてスニベリーの味方なんかするんだ? もしかして気があるのか?」
 スネイプの前で変に答えることもできず、ナマエはこう言った。
「彼が一番ダメージを受けてるからよ」
「受けてない……!」
 スネイプは気を取り直したようだった。いつもの彼に戻りつつある。
「僕は何もダメージを受けてない、だから杖を返せ!」
「返さないわ、今返したら絶対ポッターたちに攻撃するもの」
「へえ、女王様も良いご判断をするんだな」
 そう言ったポッターを睨むと、「おお、こわ」と彼は大袈裟に身震いした。
「……私を女王様って言わないで。私にはミョウジって名前があるし、スネイプにもスネイプって名前がある。偏見で人を見るのはやめて――私たち、同じホグワーツ生じゃない」
「ふーん……仲良くしろってのか?」
「私はそうしたいと思ってるわ。仮にあなたが私を嫌いだとしても」
「それは嘘だな」
 ブラックは言った。
「お前が俺を見る視線に気づいてないとでも思ってるのか? あの蔑んだ視線――お前は俺を嫌ってるだろ?」
「…………」
 まさかブラックが気づいていたとは思わなかった。何も言えないでいると、彼は続けた。
「そんな奴と仲良くなんてできるわけないだろ、まあ鼻からスリザリンの奴と――それも純血を鼻にかけてるような奴とは、仲良くしようとも思わないが」
 ブラックが鼻で笑う。ナマエは口を開いた。
「別に純血を鼻にかけてなんかないわ。私もあなたと同じで家が嫌いだし、早く滅べばいいと思う。私があなたを嫌いなのは、あなたが暇つぶしでスネイプたちに攻撃してるからよ」
「は?」
「ちゃんとした理由もなく、ただ気に食わないから、暇を潰したいから、攻撃してるんでしょ? それじゃあ子供と一緒よ」
「何言ってるんだ? 俺は――その――」
  論ができないらしい。いい気味だ。
「それを言ったらジェームズだってそうだろ?」
「え、僕?」
「ポッターの話じゃなくて、あなたの話をしてるのよ!」
「……シリウス」
 いつからそこにいたのか、急にルーピンが現れ、ブラックの肩を叩いた。
「なんだ?」
「そろそろ次の科目始まるよ、行こう」
 ブラックは舌打ちし、それからこう捨て台詞を吐いた。
「俺もお前のことが嫌いだからな、ミョウジ!」
 ブラックは意外とすんなり名前を呼んでくれた。驚きながらも彼らがいなくなるのを待って、スネイプに杖を返す。彼は反撃の対象がいなくなったことに憤っていた。
「それより次の試験の勉強でもしたら?」
「そんな気はしない。何より奴らに復讐しないと気が済まない。それに謝らないと……」
「誰に?」と尋ねれば「君には関係ない」とスネイプはすげなく答えた。きっとエヴァンスに謝りたいのだろう。彼を一人にさせた方がいいと思い、ナマエはその場を離れた。

 六年にもなると科目は選択制になる。ナマエは特になりたいものはなかったが、スラグホーンから魔法省に務めた方がいいと勧められた。全ての科目において成績も悪くないのだし、大臣でも目指したらどうだと。確かに今の純血を重んじる風潮を変えるには、大臣になってそういった法律を整備する方がいいのかもしれない。漠然とそう思い、スラグホーンの言う通りにすることにした。
 必然的に全ての科目を選択することになり、のんびりと自由時間を過ごす同級生を横目に慌ただしい日々を送った。
 そんなある日、魔法薬学に出席すると、ペアでアモルテンシアを作るよう指示された。スリザリンに友達などいないナマエは(純血の考え方の違いで浮いていた)、なぜかシリウス・ブラックと組まされた。ポッターも授業を受けていたが、二人でいるとふざけるからという理由で離されたのだった。
「なんで俺がこいつと組まなきゃならないんですか?」
 ブラックがスラグホーンに噛み付くと、彼は「おや」と眉を上げた。
「君たち仲が悪かったのか。同じような境遇だから馬が合うと思ったんだがね」
 最終的に「これを機に仲良くしなさい」ということで、話は収まってしまった。納得していない顔をしているブラックの横で、ナマエは飄々と材料を刻む。
「……ブラック、これを鍋に入れてかき混ぜて」
「俺に命令するな」
 ブラックは不機嫌そうに言ったものの、素直に材料を鍋に入れ、かき混ぜ始めた。
「ちゃんと回数を数えてね」
「言われなくても」
 ブラックは無言になった。集中しているのだろう。不要になったナイフなどを片付けていると、ブラックは不意に言った。
「……なあ、ミョウジ」
「何?」
「お前、こないだ家が嫌いだって言ったな?」
「そうだけど」
「じゃあ、なんでスリザリンに入った?」
 ナマエはブラックを見た。彼は鍋から顔を上げようとしない。
「……家から何か言われるのが嫌だったの。臆病者なの、私」
 自嘲するも、ブラックは笑わなかった。表情を変えず「そうか」と相槌を打った。
「ブラックは、グリフィンドールに入ってどんな感じ?」
 こちらから聞いてみる。
「自由になったぜ、色んな意味で……親は相変わらずで家に居場所はないが、せいぜいした」
 ブラックはすがすがしい顔をしていた。ナマエはそれを羨ましく思った。
「……私もグリフィンドールに入れるほどの勇気を持ってればよかった」
「……お前ならどこでもうまくやれただろ。スリザリンに入ったのが運の尽きだったな」
「本当に」と頷いた時、スラグホーンが近づいてきた。「君たち、話すのもいいがちゃんとかき混ぜなさい」と注意される。「はい」と返事をして、ブラックに囁いた。
「……あなた、今何回混ぜたか覚えてる?」
「覚えてない」
 ブラックの答えにナマエは笑った。つられてブラックも笑う。こうして誰かと一緒に笑うのは、久しぶりのような気がした。

 それからブラックは、たまに自分と話すようになった。例えば大広間で一人でご飯を食べている時、彼はポッターたちと離れてスリザリンのテーブルへやってくる。最初は驚いたものだが、今ではそれが習慣のようになっている。
「相変わらず一人か」
 彼はいつも右隣に座る。
「私と友達になりたい人なんて、この寮にはいないわ」
「助けてあげたスニベルスはどうした?」
「あれっきり話してない」
 肩を竦めれば、「薄情な奴だな」とブラックは笑った。
 最近、ブラックはよく笑う。その笑顔を見る度、女生徒から人気な理由がわかる。元々彼の顔は整っているが、その人懐っこい笑みを向けられると、知らず知らず胸が高鳴る。
 ブラックの印象は薬学の授業で変わっていた。「スカした嫌な奴」から「ある程度話せる人」になっていた。
「……ブラックはなんで私に構うの?」
「そりゃあ、あれだ……お前を哀れんでるんだ」
「哀れみなの?」
 もしそうなら、これ以上懐に入らないで欲しい。そう言おうとしたが、ブラックに遮られた。
「違うな……俺はお前と友達になりたいんだ」
「それは……どうして?」
 ブラックには何のメリットもないというのに。ブラックはしばらく何か葛藤しているようだったが、やがて言った。
「お前が気になるからだ」
「えっ?」
 聞き違いかと思ったが、ブラックは顔を赤くしていた。
「だから、お前が気になるからだ!」
 やけくそのように言う。ナマエは顔に熱が集まってくるのを感じた。どうしよう。こんな時、どうしたらいいのだろう。
「なんとか言えよ……」
 ブラックはこちらを見ている。その目には恐れが見えていた。たぶん、自分がブラックの告白を認めないのじゃないかという恐れ。ナマエはゆっくりと言った。
「私は……嬉しい。それを聞いて」
 混乱しているからか、カタコトになってしまう。けれど自分の気持ちを懸命に伝えようと口を動かす。
「だから、私もたぶん、ブラックが気になってるんだと思う……」
「そうか……」
 ブラックは机に突っ伏した。くぐもった声が漏れる。
「あー、俺、こんなん初めてだ」
「私も……」
 がばっと起きたブラックは、その勢いのままにこう言った。
「……俺と付き合ってください」
「はい」と頷いた時の彼の表情を、たぶん一生忘れないだろう。安堵と喜びと照れくささが入り交じった彼の笑顔はいつになく素敵だった。それからこちらにやってきたポッターたちの囃す声も、それをやめさせようとする彼の必死な顔も、おそらく忘れないだろうと思う。

back

- ナノ -