いつも杖を持っている人がいるなと思っていた。赤い光を灯して、その人は校内を歩く。オールバックにした金髪のその人は端正な顔をしていて、私は見かけるといつも目で追ってしまう。けれど目が合うことはない。私のことなんて眼中にないのだと思っていたけれど、どうやらそれは違うらしい。
「オミニスは目が見えないんだ」
 彼と同じスリザリン生のセバスチャンは言った。彼らの仲がいいことは知っていたから、闇魔術に対する防衛術の授業の後、それとなく聞いてみたのだ。
「そうなんだ……だからいつも杖を持って」
「ああ。理由は彼の家系にあるんだけど、詳しいことは言わない方がいいな」
「オミニスの苗字はなんて言うの?」
「……ゴーントだよ」
 なんとなく目が見えない理由がわかった気がした。ゴーント家はスリザリンの末裔だ。純血を守ることを第一にしてそうだ。
「ゴーント家なら、その……マグル生まれは差別してないの?」
 私はマグル生まれだ。たまにスリザリン生から穢れた血と呼ばれることもある。こうして周囲を気にせず私と話してくれるのはセバスチャンくらいだ。セバスチャンは笑って首を振った。
「全然、全く差別してないよ。むしろあの家庭でどうやったらそんなにまともに育つのか、不思議なくらいさ」
 彼の言葉にほっとする。ならばオミニスに話しかけることはできるのだ。私は礼を言ってセバスチャンと別れると、オミニスの姿を探した。すぐに彼と話をしてみたかった。中央ホールに行くと、艶やかな金髪を見つけることができた。
「……オミニス、さん」
 そっと彼の後ろに回り、声をかける。オミニスは驚いたように肩を揺らしたあと、杖を下ろした。
「なんだ、誰だ?」
「私、ナマエっていいます。ハッフルパフ生です。あなたと話がしたくて……」
 何の話があるんだと聞かれたら、何も答えられなかった。けれどオミニスは何も聞かず「ああ、いいよ」と承諾してくれた。ホールにあるベンチに二人で腰掛ける。
「私、あなたの姿を見て気になってたんです」
「僕が杖を持って歩いてるからか?」
「それもありますけど……あなたが、その、かっこいいから……」
 言ったあとで後悔した。これではまるで告白しているみたいじゃないか。顔が熱くなる。オミニスは呆然としているように見えた。
「それは……ありがとう。僕は君の姿が見えないけど、君の声から美しい人だとわかるよ」
 お世辞だとわかっていても、オミニスに言われるとなんだか嬉しかった。「ありがとう」と笑う。
「私、あなたのことがもっと知りたいです……オミニスさんがよかったら、ですけど……」
「いいよ、僕でよければ。僕も君のことをもっと知りたい」
 私は嬉しくなって、彼の手の上に自分の手をそっと置く、という大胆なことをしてしまった。オミニスは突然の感触に驚いたようだったけれど、こちらを向いて微笑んだ。
 その青い瞳は私を見ていなかったけれど、私の心の奥の方まで見透かされているような気がした。

 オミニスは博識だった。呪文にも魔法薬にも――そして闇の魔術にも精通していた。
「……幼い頃から、マグルだったりマグル生まれの人にクルーシオをかけさせられてたんだ」
 オミニスは苦しそうに言った。
「僕は、それがとても嫌だった。でも術をかけなければ僕が罰を受ける……だからかけるしかなかった。相手を苦しめたいと思って、かけるんだ……クルーシオを受けた人たちの叫び声は、今でも忘れられない」
「オミニス……」
 かける言葉がなかった。ゴーント家は純血を第一に考える一家だとは聞いていたけれど、そんなことを幼い子供にさせるほどの家族だとは思わなかった。
「……私は、マグル生まれなの」
「!」
「でもオミニスは純血の一族……だから、私たちやっぱり……」
「だめだ」
 オミニスはきっぱりと言った。
「君とそんなことで別れるなんて、あってはいけない。僕はいずれあの家族から離れようと思ってた、だから――」
  オミニスの手が私を探す。私はその手を握った。もう後戻りはできない。
「この先も、ずっと一緒にいて欲しい……」
 私たちはキスをした。オミニスの澄んだ瞳に映る私は、泣きそうな顔をしていた。

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