愛情 | ナノ

Son

ショーンたちの最初の授業は、闇魔術に対する防衛術だった。大広間で朝食を食べた後、バートとサラと一緒に、防衛術の教室へ向かった。教室のドアは閉められていたため、廊下で皆と話しながら待っていると、扉が開いた。黒いマントを着た厳格そうな教師――父が現れ、低い声で言った。
「入れ」
 皆は話をやめ、中へと入る。部屋の中は朝だというのにカーテンが引かれ、蝋燭に火が灯されていた。壁には絵がかけられ、身の毛もよだつ怪我や奇妙にねじ曲がった身体をして痛み苦しむ人々が描かれていた。あまりその絵の方を見ないようにしながら、ショーンたちは席に着いた。
 父はまず出席を取り、それが終わると生徒を見回した。
「この授業では、闇の魔術に対抗する術を教える」
 父はほとんど囁くように言った。それから闇の魔術はどういうものかを説明し、それぞれの絵の説明をした。絵は、術にかかった者がどうなるかをあらわしていた。
「私が教えるのは、闇の魔術のかけ方ではなく、その防衛の仕方だ。しかし、まずはある程度敵を知らなければ、対処のしようがない――さて」
 先生は一拍置いた。
「魔法は5つの種類に分けられる。チャーム(charm)、ジンクス(jinx)、ヘックス(hex)、カース(curse)、そしてそれらに対する反対呪文。この中で闇魔術と関連があるのは何か、わかる者は?」
 ショーンは周りを見た。誰も手を挙げていなかった。先生は苛立ったように眉を上げた。
「今まで誰も、教科書を開こうとは思わなかったのかね?」
 あまり目立ちたくはないが、最初の授業で怒られたくはないという気持ちもあり、ショーンはおずおずと手を挙げた。ショーンと同じ黒い瞳がこちらを向いた。
「では――ミスター・スネイプ?」
「ジンクス、ヘックス、カースです」
 父は満足げに頷いた。
「さよう。ジンクス、ヘックス、カースの順に、対象に悪影響を及ぼす度合いが強くなる。諸君にはまず、ジンクスについて教えていく――」
 その後は、先生の説明を聞きながら、黒板に魔法で書いた文字を写し取ることに終始した。授業が終わり、廊下に出た途端、その明るさに目がチカチカした。
「……ショーンには悪いけど、スネイプ先生ちょっと苦手だわ。厳しそうで」
 次の薬草学の授業へ行く途中、サラが呟くように言った。苦手だと思う気持ちは、ショーンにはとてもよくわかった。何故なら自分も苦手だからだ。それを伝えると、サラは驚いたようだった。
「あんまりお父さんと話さないの?」
「うん。父さんは基本家にいないし、いても書斎にこもってるから」
「でも、君の母さんとは話してるんだろ?」隣を歩くバートが言った。
「ああ、うん。二人は仲良いよ。ただ、僕とはあまり話さないだけ」
 自分で言って、ショーンは少し悲しくなった。彼の気持ちを察したのか、サラが肩をポンと叩いた。彼女に触れられた部分が熱く感じられた。
 
 ショーンがホグワーツに来て3ヶ月が経った。動く階段にも慣れ、どの段を飛びこせばいいかわかって来た。教科書を読み予習していたショーンにとって、授業はとても楽しいもので、充実したホグワーツでの生活を送っていた。
 グリフィンドールに入ったことを母に報告すると、前もって父から知らされていたようで、とても驚いたと言っていた。手紙には、ハリーやロングボトム先生たちのように、勇敢な人になれるよう願っています、と書かれていた。少しハードルが高すぎるのではないかと、ショーンは思った。
 クリスマス休暇が始まり、久しぶりに会った母を見て、話したいことがどんどん溢れてきた。家に着いた途端、ホグワーツでのことをたくさん話した。ホグワーツで助手をしていたこともある母は、とても懐かしむように頷いて聴いてくれた。
 バートがフリットウィック先生を吹き飛ばしてしまったくだりを話そうとしたとき、突然暖炉に緑色の炎が上がった。次の瞬間には、黒いマントを着た父がリビングに立っていた。
「今帰った」
「おかえりなさい、セブルス」
 母はにこやかに立ち上がり、父とキスを交わすと、彼のマントを預かった。
「今ショーンから、ホグワーツでのことを聞いてたの」
 母がこちらを振り向き、微笑みながら言った。
「とっても充実してるみたい」
 ショーンは父と目を合わせ、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「……おかえり、父さん」
「ああ、ただいま」
 驚いたことに、父もこちらに薄く笑みを向けた。見間違いだろうかとまじまじと見るも、次の瞬間には母の方を向いていた。
「今から作るのか?」
「あっ、そうね、もうこんな時間……」
 ラックにマントを掛けながら、母が時計を見上げる。すでに六時を回っていた。家に着いてから、もう二時間が過ぎていた。そんなに喋っていたのか、とショーンは驚いた。
 パタパタとキッチンに向かう母の後を、父がついていく。部屋着に着替えて、母の手伝いをするのだろう。
 母は、とても不器用だ。ショーンが心配になる程、野菜を切る手は震えていて、切った材料は不揃いだ。震えるのは、包丁が怖いからではなく、ちゃんと切れるか緊張するからだと母は言う。もう何年も料理を作っているはずなのに、緊張は一向に治らないみたいだ。それでもできる料理は美味しく、母の七不思議の一つになっている。他にも、洗濯物を専用のたたみ器でやらなければ、うまくたためなかったり、皿洗いに一時間もかかったりする。そのため、父が家にいるときは、よく母の手伝いをしている。ショーンもよく手伝うが、父が手伝っているときはやらなかった。二人ともその時間を楽しんでいるように見え、邪魔してはいけないように思われたからだ。今日も手伝わないようにしようと思ったが、先ほどの父の笑みから、父の近くにいたいと言う気持ちが出てきていた。ショーンは立ち上がり、キッチンに向かった。
 戸口から中を見ると、母がラジオから流れるマグルのシンガーの歌を口ずさみながら、じゃがいもを洗っていた。キッチンテーブルには父が座って夕刊を読んでいた。その前で包丁がひとりでに動き、玉ねぎをみじん切りにしていた。
「……母さん、僕も手伝うよ」
 母は歌うのをやめ、くるりとこちらを振り向いた。父も新聞から顔を上げてこちらを見たのがわかった。二、三度驚いたように瞬きしたあと、母は心底嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ショーン。じゃあ、じゃがいもの皮むきをお願い」
 シンクに行き、じゃがいもを手に取る。そして皮と包丁を親指で押さえて剥いていく。昔は四苦八苦していた動作も、今ではスムーズにできるようになった。
 父からみじん切りの入ったボウルを受け取り、母はフライパンに火をかける。何を作るか尋ねれば、母は悪戯っぽく言った。
「内緒! セブルス、こっちをお願い――」

 七時になる頃には、テーブルの上にいくつものご馳走が並んでいた。脂ののったステーキ、鶏胸肉のフィレ、ヨークシャープティング。もちろんバランスを考えて、緑いっぱいのサラダも添えられていた。自分の好みの料理ばかりだ。
「今日はクリスマスみたいだね」
 ステーキを頬張りながら母に言えば、母はサラダを食べながら笑った。
「あなたとお父さんが帰ってきたんだもの。ホグワーツのエルフたちに負けない料理を作らないと」
「……君の料理は、どれもエルフに負けていない」
 父がステーキをナイフで切りながら呟いた言葉に、母はうっとりと微笑んだ。ショーンは見なかったことにして、フィレの方に手をつけ始めた。
「ショーンがね、授業がとっても楽しいって。特に呪文学の授業が」
「そうか」
 父は咀嚼しながら穏やかに頷いた。目が合い、慌てて目を伏せる。
「お父さんの授業はどう?」
「えっ?」
 不意打ちで聞かれ、ショーンは驚いて母を見る。何を驚いてるの、と母は笑った。
「闇魔術に対する防衛術の授業よ。お父さん、気にくわない子をいじめたりしてない?」
「そんなことはしていない」
 父が苦く答えた。
「ふふ、わかってるわ。それで、どう? お父さんの授業、好き?」
「え、うーん……」
 困り果て、ショーンは頭を悩ませた。父の授業はわかりやすく、実技もするので楽しいと言えば楽しかった。ただ呪文学と違い、私語をすれば即座に減点されるので、緊張感があった。
「……好きだよ」
 正確には、嫌いではない、だ。本人の前で言えるわけがなく、そう答えると、母は正直に言っていいのよ、と真剣な顔で言った。
「遠慮しなくて大丈夫、あなたとお父さんは親子なんだから、言いたいことを言い合っていいの。そりゃあ、学校では言えないかもしれないけど、せめてここにいる時は、お父さんが教師だってことを忘れなさい。お父さんだって、普通の親子として会話したいでしょう?」
 父は話を振られて驚いたようだった。勢いに飲まれるように、ああ、と父が頷いたのを見て、母はこちらを向いた。ずっと胸の内に秘めていたことを言うように、つらつらと話を続けた。
「お父さんがホグワーツにいる間、私たちが毎日のように手紙のやり取りをしてることは知ってるでしょう?」
「うん……」
 ショーンも昔は一緒に手紙を書いていた。最後に書いたのはいつのことだったろう。
「あなたが入学した日から、お父さんはあなたのことを毎回書いてるの。友達ができたこととか、フリットウィック先生があなたを褒めていたとか」
「シルヴィア、それは――」
「セブルス、これは言わなきゃいけないことよ」
 父の言葉を母は遮り、微笑んだ。
「お父さんはね、あなたを大切に思ってるの。あなたとあまり話をしないのは、何を話せばいいかわからないからよ。あなたと話したくないからじゃないの」
 それはあなたにも言えるけど、と母は笑った。ショーンも自然と笑みがこぼれる。父も自分と同じで、接し方がわからないだけなのだ。そう気づくと、今まで身構えていたのが嘘のようだった。父の方を見ると、彼は今までにないほど苦々しい顔をしていた。目が合ったが、今度は逸らさずにショーンは笑いかけた。父は観念したように、薄く笑い返してくれた。
 いきなり父と、母のように話すことができるようになるとは思わない。けれど、少しずつ距離を縮めていければいいなと、ショーンは思った。
「……そういえば、友達の一人は女の子みたいね」
「えっ? うん、そうだけど……」
「今度、みんなをうちに連れてらっしゃいな。ショーンの好きな子に是非とも会いたいわ」
「ゲホッ、ゴホッ」
「あら、大丈夫? 冗談で言ったんだけど、どうやら図星だったみたいね」
「…………」
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