愛情 | ナノ

Emotion

 九月一日は、ショーンが教科書を読みふけっているうちに、あっという間にやってきた。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 リビングの暖炉の前で、父は母と軽くキスをかわした。あまりこういう場面を見ないようにしているショーンは、代わりに暖炉の火をじっと見つめた。
「ショーン」
 名前を呼ばれて父を見上げる。父はいつもの厳格な顔をしていた。
「しっかり勉強しなさい。先生の言うことをきちんと聞くように」
「うん……」
 その『先生』の中に、父も入っていることをショーンは知っている。
 フルーパウダーを暖炉に入れ、父はホグワーツへと去って行った。彼が消えるのを見送り、母は言った。
「さあ、私たちも行きましょ」
 事前に荷物を詰めていたトランクと、フクロウの入った鳥かごを持ち、ショーンたちは家を出た。
 母は、魔法が使えない。父の命を助ける代わりに、なくした代償なのだと、昔母は言った。魔法が使えていた頃は、母はとても有名な学者だったという。彼女が昔に書いた『時』に関する論文は、今でも反響があり、たまに反論や内容を絶賛する手紙が届いた。母は魔法の論理を忘れたわけではないため、それに対する返事を丁寧に書いていた。論理を知っているのに魔法が使えないというのは、やるせないものだろうとショーンは思ったが、母はそれで満足しているようだった。
 母は、父を愛している。同時に父も、母を愛している。これは変えようのない、普遍的な事実だった。
 重いトランクを引きずりながら、ショーンは母の後に電車を降りた。キングス・クロス駅は、人でごった返していた。人の群れに流されながらも、9番線と10番線のプラットホームに二人は着いた。
「あの壁から、9と4分の3番線に入るのよ」
 母が指差したのは、頑丈そうなレンガの壁だった。ショーンは不安になって尋ねた。
「……本当にあそこから入るの?」
 母は微笑んだ。
「そうよ。怖がらないで、大丈夫だから」
 先にあなたが行って、私もすぐに行くわ、と言われ、ショーンは恐る恐る壁に近づいて行った。しかし、ゆっくり歩いていると、9番線と10番線に向かう乗客が自分を押しのけてしまうので、ショーンは足を速めた。このまま衝突したら、どうしよう――壁がどんどん近づいてくる――もう少し――ぶつかる――
 ぶつからなかった。ショーンは目を開けた。
 鮮やかな緋色の蒸気機関車が、乗客でごった返すプラットホームに停まっていた。頭上の表示には『ホグワーツ特急11時発』とあった。振り返ると、ちょうど母が壁を通ったところだった。
「大丈夫だったでしょう?」
「うん……!」
 ショーンはまた前を向き、目の前の光景を眺めた。機関車の煙が人ごみの上に漂い、足元には色とりどりの猫が縫うように歩いていた。喋り声と、重いトランクが擦れ合う音の中、ふくろうたちが不機嫌そうに鳴き交わしていた。
 ショーンは期待に胸を膨らませながら、機関車へ近づいた。後ろの方が空いてると思うわ、と母に言われ、最後尾の方へ歩いた。人ごみをかき分けているうちに、人々の視線がこちらに向くのを感じた。
「すみません、スネイプ夫人でいらっしゃいますか?」
 サインを頂いても?と母と同世代くらいの女性が声をかけてきた。母はにこやかに応じ、最後に握手を交わして別れた。
「……母さん、ああいうの嫌にならないの?」
 思わず聞くと、母はよほど機嫌が悪い時以外は嫌じゃないわ、と答えた。機嫌が悪い時の母が思い浮かばなかったので、それはほとんどの場合、嫌ではないということだ。
 空いているコンパートメントを見つけ、ショーンは列車に乗り込んだ。トランクを上にあげて座ると、窓越しに母が微笑んだ。
「ショーン、毎日じゃなくていいから、手紙を書いてね。体には気を付けて。宿題はちゃんと出すのよ、それから――」
「わかってるよ、母さん」
 ショーンは母親と笑いあった。汽笛が鳴り、外に出ていた生徒たちが皆列車に乗り込んだ。
「クリスマス休暇に帰ってくるのよ」
「うん」
 列車が動き出す。母は最後にこう言った。
「お父さんと仲良くね!」
 先生と仲良くするのはよくないんじゃないかとショーンは思ったが、黙ってうなずいた。手を振る母に振り返し、ショーンは窓から乗り出していた体をひっこめた。
 本格的に列車が走り出し、開いた窓から風が流れてくる。窓の外には、豊かな緑が広がっていた。ぼんやりとのどかな景色を見ていると、コンパートメントの戸が開いた。
「すみません、ここ空いてますか?」
 亜麻色の髪をした、可愛らしい少女が立っていた。ショーンがドギマギしながらも頷くと、少女は顔を綻ばせ、中に入ってきた。少女はショーンと同じく、重そうなトランクを引いていた。
「あ、トランク乗せる? 手伝うよ」
「ありがとう!」
 少女と一緒にトランクを上げる。もっと背が高かったらスマートにできたのに、とショーンは自分の身長を恨んだ。
 向かいに座った少女は、にっこりと笑みを浮かべながら言った。
「私、今日から入学するの。あなたは?」
「僕も今日から一年生だよ」
「ほんと? じゃあ、友達になってくれる?」
 不安げに尋ねる少女に、ショーンは笑いながら頷いた。
「もちろんさ!」
 ありがとう、と少女はぱっと顔を輝かせた。
「私、サラ。サラ・オルブライトっていうの。あなたは?」
「僕はショーン・スネイプ」
「ショーンね、よろしく」
 サラはマグル生まれのようだった。「スネイプ」に何も反応しない彼女に、ショーンは内心喜んだ。
 サラとお菓子を食べながら楽しく話しているうちに、汽車はホグワーツへ着いた。
 人ごみに押されながらサラと外に出ると、そこは小さな暗いプラットホームだった。夜の冷たい空気にショーンは身を震わせた。やがて生徒たちの頭上にゆらゆらとランプが近づき、大きな太い声が聞こえてきた。
「一年生! 一年生はこっち!」
 生徒たちの二倍以上に背が高く、横にも大きい毛むくじゃらのおじさんが声を張り上げていた。ショーンたちは彼の近くに寄った。
「さあ、ついてくるんだ――一年生はもういないか? 足元に気を付けろ、いいか! 一年生、ついてこい!」
 滑ったり躓いたりしながら、険しく狭い道を皆は彼について下りて行った。
「みんな、ホグワーツが間もなく見えるぞ」
 おじさんが振り返りながら言った。
「この角を曲がったらだ」
「おおーっ!」
 歓声が沸き起こった。狭い道が開けて、大きな黒い湖の岸に出たのだった。向こう岸に高い山がそびえ、そのてっぺんに壮大な城が見えた。大小さまざまな塔が並び立ち、窓が星のようにきらめいていた。
「四人ずつボートに乗って!」
 岸辺には小さなボートが繋がれていた。ショーンとサラ、そして二人の少年が乗り込んだ。
「みんな乗ったか?」
 おじさんは一人用のボートに乗り込み、号令をかけた。
「よーし、では――進めえ!」
 ボートが一斉に動き出し、鏡のような湖面を滑るように進んでいった。皆は黙って、聳え立つ巨大な城を見上げていた。向こう岸に近づくにつれて、城が頭上にのしかかってきた。
 ボートは蔦のカーテンをくぐり、その陰に隠れていた入口へと進んだ。やがて地下の船着き場に到着し、皆岩と小石の間に這い下りた。それから生徒たちは、おじさんのランプの後に従って岩の道をのぼり、城の陰となる草むらへとたどり着いた。皆は石段を上り、巨大なオークの木で作られた扉の前に集まった。
「みんな、いるか?」
 おじさんは大きな握り拳を上げ、城の扉を三回叩いた。
 扉はすぐに開き、ローブを着た、とても小さな魔法使いが現れた。彼は生徒たちよりも背が低かった。
「フリットウィック先生、一年生のみんなです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かります」
 そう言って、彼はハグリッドに手伝ってもらいながら、扉を大きく開いた。エントランスホールはとても広かった。石壁が松明に照らされ、天井はどこまで続くかわからないほど高く、正面にある壮大な大理石の階段は、上へと続いていた。
 フリットウィック先生の後について、生徒たちはホールを横切って行った。右側の扉から、何百人ものざわめきが聞こえてきた。しかし先生は、ホールの脇にある小部屋に一年生を案内した。
「ホグワーツへようこそ」
 先生が椅子の上に立ち、高い声であいさつした。
「新学期の祝宴が間もなく始まりますが、大広間の席に着く前に、皆さんの入る寮を決めなければなりません。寮の組み分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間は寮生が、学校での皆さんの家族のようなものになるからです。寮は四つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。それぞれ輝かしい歴史があり、偉大な魔女や魔法使いを生み出しました。ホグワーツにいる間、皆さんの良い行いは属する寮の得点になりますし、規則に違反した場合、寮の減点になります。学年末には、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。さあ、まもなく、全校列席の前で入寮式が始まります。待っている間、できるだけ身なりを整えたほうがいいでしょう」
 ショーンは自分の身なりを確認した。隣でサラが髪を撫でつけた。
「準備ができたら戻ります。静かに待っていてください」
 そう言って、フリットウィック先生は部屋を出ていった。
「どうやって寮を決めるか知ってる?」
 サラが不安げに囁きかけてきた。ショーンは首を振った。
「ううん。母さんに聞いてみたけど、行ってからのお楽しみだって言って教えてくれなかった」
 周りの皆も知らないようで、不安げな顔をしていた。ブツブツと呪文を呟いている生徒もいた。もしかして、呪文を覚えていないと寮に入れないのだろうか。教科書は読んでいたから呪文はある程度知っているけれど、サラはどうだろう。もし知らなかったら、教えてあげないといけない。サラに声をかけようとしたとき、ちょうどフリットウィック先生が戻ってきた。
「さあ、行きますよ。一列になってついて来てください」
 ショーンはドキドキしながら、砂色の髪をした少年の後ろに並んだ。サラが後ろに続いた。皆は部屋を出てホールを横切り、そこから二重扉を通って大広間へ入った。
 そこには、神秘的で素晴らしい光景が広がっていた。何千ものろうそくが浮かび、四つの長テーブルを照らしだしていた。テーブルにはすでに上級生たちが座り、上には光り輝く金色の皿とゴブレットが置かれていた。広間の上座にはもう一つテーブルが置かれ、そこに教師たちが座っていた。
 ショーンは無意識に父親を探した。父が真ん中の方に座っているのを見つけ、ショーンは安堵感が湧いてくるのを感じた。父もこちらを見ていたが、互いに手を振るなどということはしなかった。教師たちの前に一列に並ぶと、そのまま体を回し上級生たちへ顔を向けた。こちらを見つめる何百という顔が、蝋燭に揺らめく光で青白いランタンのように見えた。その中に点々と、ゴーストがぼんやりと銀色に光っていた。天井を見上げると、ビロードのような黒い空に、星が点々と光っていた。
 フリットウィック先生が皆の前に椅子を置いたので、ショーンは慌てて視線を戻した。椅子の上に置かれた帽子は継ぎはぎだらけのボロボロで、とても汚らしかった。
 少しの間、広間は水を打ったように静かになった。そして、帽子が急に動き出した。縁の近くにあった破れ目がまるで口のように開き、帽子が歌いだした。四つの寮を説明するような歌が終わり、広間にいた全員が拍手した。四つのテーブルそれぞれにお辞儀すると、帽子は再び静かになった。
「帽子を被ればいいんだわ!」
 それだけでよかった、とサラが安心したように囁いた。
 フリットウィック先生が、長い羊皮紙の巻紙を手にして前に進み出た。
「名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座って組み分けを受けてください。アダムス・フェリックス!」
 丸顔の少年が転がるように前に出て、帽子をかぶり、腰掛けた。マダム・マルキンの店で会った少年だった。一瞬の沈黙――。
「レイブンクロー!」と帽子が叫んだ。
 左から二番目のテーブルから歓声と拍手が上がり、フェリックスはレイブンクローのテーブルについた。それから次々と名前が呼ばれ、皆それぞれのテーブルへついていった。ショーンは不安と緊張で気分が悪くなってきた。
「オルブライト・サラ!」
 サラははじかれたように前に出て椅子に座り、帽子を押し被った。
「グリフィンドール!」
 グリフィンドールのテーブルへ走っていくサラを見て、自分もグリフィンドールに入りたいとショーンは心底思った。サラともっと話したいという気持ちもあったが、どこでもいいから早く寮のテーブルに座りたいという気持ちも大きかった。気分の悪さが徐々に悪化していた。残る生徒は少なくなってきた。そしてついに――。
「スネイプ・ショーン!」
 ショーンが前へ出ると、突然ささやきが広間中に広がった。
「スネイプって――」
「あのスネイプ先生の?」
 目の前の帽子がかぶさる寸前、ショーンは広間中の生徒たちが首を伸ばして、自分をよく見ようとしている光景を見た。次の瞬間、帽子の内側の闇を見つめた。
「ふーむ」
 小さな声が聞こえてきた。
「優しい面もあり、加えて聡明だ。勇気もある……どこに入れたものかな?」
 ショーンはグリフィンドールがいいと頭の中で語りかけた。
「グリフィンドールかね? レイブンクローもいいと思うが、君がそう言うのなら――グリフィンドール!」
 帽子が叫んだ。ショーンは帽子を脱ぎ、グリフィンドールのテーブルに向かった。一拍置いて、拍手と歓声が上がった。サラの隣につくと、彼女は嬉しそうに笑った。
 ショーンはハイ・テーブルを見上げた。父と目が合うと、彼はゆっくりと頷いた。肯定的な仕草に、ショーンはほっとした。父はスリザリンの寮監のため、自分にはスリザリンに入ってもらいたいだろうと、ショーンは思っていた。
 残りの生徒の組み分けが終わり、フリットウィック先生は紙を巻きとり帽子を片付けた。
 ショーンは前に置かれた黄金の皿を眺めた。安堵すると同時に、お腹がすいてきていた。ハイ・テーブルの中央に座っていた、厳しそうな魔女が立ち上がった。彼女は腕を広げて微笑んだ。
「ホグワーツの新しい年にようこそ。これからパーティーが始まります。たくさん、食べなさい」
 校長は席に着き、全員が拍手した。同時に、目の前の皿が食べ物で溢れた。ローストビーフ、ローストチキン、ポークチョップ、ラムチョップ、ソーセージ、ベーコン、ステーキ、ボイルドポテト、フレンチフライ、ヨークシャープティング、キャロット、グレイビー。ショーンはすべて少しずつ皿にとって食べ始めた。母の料理も美味しいが、ホグワーツの料理も負けずに美味しかった。
「君、ほんとにスネイプ先生の息子なのかい?」
 向かいに座っていた監督生の少年が、興味津々というふうに尋ねてきた。そうだよ、とステーキを口に入れながら頷くと、彼はまじまじとこちらを見た。
「驚いたなあ、まさかグリフィンドールに入るなんて……スリザリンとグリフィンドールは、水と油なんだよ」
「えっ?」
 そんなことは、両親から聞いていなかった。
「どうして?」
「創始者のグリフィンドールとスリザリンは、対立してたんだ。血統を重んじたスリザリンに、グリフィンドールが反感を抱いたらしい」
「……そうだったんだ」
「でもまあ、スリザリンに入らなくて正解だな。あそこは闇の魔法使いばっかり輩出してるんだ」
「闇の魔法使いって、デスイーターとか?」
「うん、そう。あ、もちろん君のお父さんは別だよ?」
 慌てたように彼は言った。しかし父がデスイーターだったことは事実だ。自分から進んでデスイーターになったのか、その頃からスパイしていたのかは知らないが。
 満腹になったところで料理は消え去り、皿は前と同じように綺麗になった。間も無く、デザートが現れた。ありとあらゆる味のアイスクリーム、アップルパイ、トリークルタルト、チョコレート・エクレア、ジャムドーナツ、トライフル、ライスプティング……。
 ショーンがドーナツを食べていると、家族の話題になった。
「僕はダブルさ」
 バートという少年が言った。
「母さんはマグルで、父さんが魔法使い。ショーンは……って、君はどっちも魔法使いだね」
「なんでわかるの?」
 サラがアイスを食べながら尋ねた。
「そうか、君はマグル生まれだったよね。ショーンのお父さんとお母さんは、有名人なんだよ。お父さんは、そこに座ってる人なんだ」
 サラは教職員テーブルを見て、歓声を上げた。
「あの先生でしょ? わあ、そっくり! それで、どうして有名なの?」
 ショーンはあまり説明したくなかった。言葉を濁していると、バートが代わりに話し出した。
「昔、ヴォルデモートっていうめちゃくちゃ悪い魔法使いがいたんだ。ショーンのお父さんは、そのヴォルデモートの部下になって、二重スパイをしていた。ハリー・ポッターは知ってる?」
「知らないわ」
「ハリー・ポッターは、そのヴォルデモートを倒した英雄なんだ。そのハリー・ポッターを、先生は手助けしていた。でもしばらくして、先生はヴォルデモートに殺された」
「えっ? でも生きて――」
「そう。当時付き合っていたショーンのお母さん――『時』を解明した有名な学者だったんだけど――彼女が、先生を生き返したんだ。その代償に、彼女は魔法が使えなくなった。有名な愛の話さ」
「……素敵だわ」
「愛の話とか、やめてくれ」
 ショーンは恥ずかしく思った。バートはにやりと笑った。
 デザートも消え、校長が再び立ち上がった。広間中が静かになった。
「全員よく食べたことでしょう。新学期を迎えるにあたり、話しておくことがあります。一年生に注意しておきますが、校内にある森に入ることは禁じられています。そして、授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意事項を、あなたたちに再認識させるよう、フィルチ管理人から要請されています。クィディッチの予選は今学期の二週目から始まります。チームに参加したい者は、マダム・フーチに連絡してください」
 では、就寝時間が迫っています。ベッドに入るように、と校長は締めくくった。
 グリフィンドールの一年生は、監督生に続いて、騒がしい人混みを抜けて大広間を出て、大理石の階段を上がった。ショーンはとても眠かったので、廊下を通る時、肖像画が囁いたりしても気にならず、監督生が引き戸の陰とタペストリーの裏の隠しドアを通り抜けても気にならなかった。ぼんやり歩いていると、皆が立ち止まった。廊下の突き当たりに、ピンクのシルクドレスを着た、とても太った女性の肖像画がかかっていた。
「合い言葉は?」彼女が言った。
「ノドゥス・ゼクンドゥス」
 監督生が唱えると、肖像画が開き丸い穴が現れた。皆はその穴を這い上がり、談話室へ入った。心地よい円形の部屋で、ふかふかした肘掛け椅子がたくさん置かれていた。
 監督生の指示で、女子は女子寮へ、男子は男子寮へそれぞれ入った。螺旋階段の天辺に到着し、ようやくベッドが見つかった。深紅のビロードのカーテンがかかった、四柱式の天蓋付きベッドが五つ置かれていた。列車に置いてきたトランクはすでに届いていた。疲れて喋る元気もなく、皆パジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。
「ご馳走美味しかったな」
 バートにカーテン越しに話しかけられた。ショーンは相槌を返そうとしたが、口を開く前に眠りに落ちていった。
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