愛 | ナノ
 シルヴィア・ロジエールは良い意味でも悪い意味でも、よく目立つスリザリン生だった。金髪碧眼の美人というだけでも十分人目を引いたが、由緒ある魔法族であることや、高飛車な性格で二人の取り巻きを侍らせていること、呪文学と変身学において、ずば抜けて良い成績を収めていることなどが相まって、彼女が廊下を歩けば、たちまち生徒の囁きが聞こえてきた。もちろん良い噂話をしているのではない。今度はウィリアム何とかとキスしていただとか、誰々の彼氏を寝取っただとか、彼女に関する噂はろくなものではなかった。
 セブルスは彼女と同級生だったが、その噂が本当かどうかは知らなかった。彼女に関しては純血の魔法族としか認識していなかった。時折仲間内で話題になることはあれど、互いに話したことはなく、全く関心がないわけではないが、違う世界の人間なのだと思っていた。
 しかしだからと言って、ペン先が思わずぶれてしまったのは、彼女が話し掛けてきたからではない。彼女の言った内容に驚いたからだ。
「今、何て言った……?」
 セブルスは羊皮紙から、テーブルを挟んで立つロジエールへ視線を上げた。彼女は平然と言った。
「いつになったらエヴァンスに告白するのって」
 聞き間違えではなかった。
 何故、リリーへの好意を知っているのか。ポッターにすら見破られない感情を、どうやって接点のないロジエールが知ったのか。
 セブルスは動揺した。しかし、ここでそれを露わにすればリリーへの好意を認めることになる。この想いは誰にも気づかれたくなかった。
 幸い、感情を隠すのは慣れていた。セブルスは眉をひそめて言った。
「何を言ってるのかわからないんだが」
 ロジエールは呆れたようにため息をつき、テーブルを回って隣に腰掛けた。彼女が足を組む衣擦れの音が、誰もいない深夜の談話室でひそやかに響いた。
「あなた、告白する気がないのね?」
 優雅に腕を組んでそう言うと、彼女は自分を咎めるように見た。好意があることを確信している態度だった。何を以てそう判断するのか、セブルスにはわからなかった。ホグワーツではリリーとの接点は少ない。
 不審に思ったセブルスは、ますます眉をひそめ彼女を見つめ返した。どちらかというと、睨んだという方が正しい。
 ふと、ロジエールは真剣な表情になり、自分の顔に目を滑らせ始めた。どうやら顔を観察しているらしい。居心地の悪い視線にセブルスは顔を反らそうとしたが、「動かないで」と静かに制された。セブルスは困惑しながらも、胸に秘めた好意を暴き、不躾に自分の顔を観察する彼女に腹が立った。
「さっきから何なんだ、君は。僕の顔を見て何になる?」
 髪を触ろうとしていたロジエールは手を止め、再び目を合わせてきた。
「あなたがエヴァンスと付き合おうとしないのは、自分に自信がないからかと思って」
「は……?」
「でも見たところ、味のある顔をしてるわ。ちょっと顔色が悪すぎるけど」
 そう言って、彼女はにっこり笑った。セブルスはいつも彼女が見せる、毅然としたものではない笑みに驚き、そして、「でも」ということは不細工ではないと言われたのか、という考えが過った。しかし、彼女の言葉を正直に捉える自分が馬鹿馬鹿しく感じ、すぐに消し去った。
「僕の顔をどうこう言われる筋合いはない」
 低く言えば、彼女は再び謝った。しかし口許にはまだ笑みが残っていた。セブルスはそれが気に食わなかった。
「ロジエール、君は僕がレポートを書くのを邪魔しにきたのか?」
 半ば怒鳴るように言うと、ロジエールは羊皮紙に目を落とした。
「それって、呪文学の?」
「……そうだ」
 彼女は自分が図書館から借りてきた本の中から一冊手に取り、パラパラと捲り始めた。
「なら、これのどこかに――あった。この理論を使えば、多分E……Oは貰えると思うわ」
 自信がある様子で、ページを開いたままこちらに手渡してきた。それは覚えのない理論だった。少なくとも授業では習っていない。複雑ではあったが、課題と結びつけることが出来そうだ。呪文学トップなだけはあるとセブルスは少し感心した。
「そんなことより。あなた、本当にエヴァンスと付き合う気はないの?」
 話を戻され、セブルスはうんざりしながら顔を上げた。ロジエールが真剣にこちらを見つめている。どうやら答えるまで部屋に帰らないつもりらしい。
 ため息をつき、本を開いたままテーブルに置いた。
「……仮に僕がエヴァンスを好きだとして、僕がその質問に答える義務はない。それが君にどう関係するんだ?」
 彼女の瞳は戸惑ったように一瞬揺れたが、やがてゆっくりと言った。
「私は、ジェームズが好きなの。だからあなたとエヴァンスを、くっつかせたいの」
 これにはさすがに驚きを隠さなかった。
 シルヴィア・ロジエールが、敵対するグリフィンドールの、それもあの憎むべきポッターに好意を抱いている?
 ジェームズと言えば、この学年に一人しかいない。何かの冗談かと思ったが、彼女の表情は硬い。どうやら本当のようだった。
「それは――だが、何故? 君と奴とは、接点がないだろう?」
 セブルスは問い掛けたが、答えは予想していたものではなかった。
「私もね、ジェームズと幼馴染みなの」
 幼馴染み。そんなことは聞いたことがなく、自分の知る限り、彼女がポッターと話しているところを見たことがなかった。ロジエールは淡々と言葉を続けた。
「本当はあなたたちのことに首を突っ込むような真似はしたくないの。でも私一人じゃどうにもできなくて」
「何故?」
 理由を尋ねれば、彼女は微かに眉を寄せた。
「私の家は旧家らしく、マグル生まれだとか、血を裏切る者を差別してるの。行き過ぎなくらいに。グリフィンドールと関わってもいけないのよ? 私がそういう人と繋がりを持ったら、勘当するっていつも言ってる。だから、学校じゃジェームズに話し掛けられないし、向こうもそれを知ってるから、近づいて来ないの」
 ロジエールが「穢れた血」と表現しなかったのは意外だった。そういえば、彼女の取り巻きは穢れた血とよく罵っているが、彼女がそう言っているのを聞いたことはない。
 冷静に思い返しながらも、それなりに情が移ったセブルスは、励ますように言った。
「なら、夏の間に隠れて会えばいいだろう?」
 しかし、それは逆効果だったようだ。ロジエールは勢いよく顔を上げた。
「ええ、これまではそうしてたわ、でも奴が……」
 悔しそうに唇を噛み、彼女は忌ま忌ましげに呟いた。
「シリウス・ブラックが、ジェームズの家に遊びに来るようになったのよ……そのせいで、私、今年は一度もジェームズに会えなかった。子供の時から気に食わなかったわ、あんな奴」
 苛立ったように目を細める彼女に、セブルスは呆気に取られていた。こうも感情を激しく表すロジエールを見たことがない。いつもの無表情な彼女とは別人のようだ。
 彼女の放った言葉を飲み込むと、一つひっかかることがあった。
「ブラックとは、昔から会ってたのか?」
 彼女は眉をつり上げたまま頷いた。
「ええ、ブラック家へのご機嫌とりによくパーティーをするの。ロジエールはブラック家と親戚になったお陰で純血としての威厳が保たれているから。あれは昔から偉そうで、顔だけいいからっていい気になってたわ。何でも許されると思ってるのよ」
 吐き捨てるように言った彼女に、セブルスは心の中で同意した。同時に、女生徒の九割が好意を持つブラックを嫌えるのに、何故ポッターを好きになるのかと疑問に思った。
「それで、あなたに声をかけたの。エヴァンスはジェームズを嫌ってるけど、いつ彼の良さに気付くかわからないでしょう? あなたたちが付き合えば、ジェームズも諦めてこっちを見てくれると思うの」
 自分と同意見のリリーに、ポッターの良さなど理解する日は決して来ないだろう。
 そう確信しながらも、「そうかもな」と一応頷いてやると、ロジエールがパッと顔を輝かせた。
「協力してくれるの?」
「いや、それとこれとは別だ」
 彼女の顔から瞬時に笑みが消え去った。
「どうして?」
 眉を寄せる彼女に、セブルスは答えた。
「エヴァンスは僕を友達だと思っているし、僕もそう思ってる。残念だが、君の考えているような関係にはならない」
 そう言い切ると、ロジエールは目を見開き、そして何も言わずにこちらを見つめた。セブルスは探るような青い瞳から目をそらさなかった。
 降参したのはロジエールの方だった。
「……わかった」
 ため息をつくと、彼女は組んだ足を解き立ち上がった。
「このことは忘れて。邪魔してごめんなさい」
 そう短く言うと、彼女は所々緑の光が射す室内を横切り、女子寮への階段を下りていった。彼女の後ろ姿を見送った後、セブルスはテーブルに置かれた本を再び手に取った。
 彼女を失望させただろうか。誰にも口外していない秘密を打ち明けるのは、勇気のいることだろう――しかし、仕方がなかった。興味のないふりをしなければならなかった。もし、彼女の提案に乗ったとして、そしてもし、上手く行ったとしたら――仲間から何と言われるかわからない。穢れた血に好意を寄せていると知られれば……せめて卒業するまでは今のままでいい。
 自分を納得させるようにそう結論付けると、セブルスは羽根ペンをインクに浸し、課題の続きに取り組み始めた。
 彼もまた、ロジエールと似た状況にあった。
 
 翌日から、セブルスはいつものように、ロジエールと関わらない日々を送った。ロジエールもいつも通り、セブルスに目もくれず、取り巻きの中で気取っていた。
 そうしてあっという間に二月が過ぎ、春になったかと思うと、OWL試験が始まった。同時に、セブルスにとって口にしたくもない出来事も過ぎた。
 休み前に一週だけある通常授業をサボる生徒は多かった。OWLが終わり、残りの学校生活を自由に過ごしたいと考えているのだろう。スリザリンとグリフィンドールの合同薬学も、例に漏れず休む生徒が複数おり、ペアが欠けたり奇数になったりしていた。
「シルヴィアとセブルスたちのグループが三人になっているが、君たちでもう一組ペアが作れるんじゃないかね?」
 あらかた生徒たちが分かれた後、スラグホーンが教室を見回し、ロジエールとセブルスのグループを見て言った。このままでいいと言えばスラグホーンは反対しないだろうと思い――自分とロジエールは彼のお気に入りだった――口を開こうとした時、ロジエールがこちらに近づいてきた。彼女の取り巻きの困惑した表情を後ろに、自分たちの戸惑いの視線を正面に受けながら、彼女は平然と言った。
「一緒に組みましょう、セブルス」
 これにはスリザリン生もざわめいた。
「どういうつもりだ、ロジエール」
 調合が開始し、生徒たちがそれぞれ材料を刻む中、セブルスは隣の作業台で黙々と作業するロジエールに声を掛けた。彼女はカノコソウの根を板に置きながら答えた。
「別に。薬学得意なあなたと組んだ方が合理的だと思っただけよ。それに」
 グリフィンドールの作業台へちらりと目を向ける。
「今日はジェームズがいないし、勘違いされないと思って」
 セブルスは彼女の自己本位な言い分にため息をつき、反論しようとして、ふと彼女の手元を見た。ナイフを持つ手は心なしか揺れている。いや、震えている?
「おい、手が震えているが……」
「大丈夫よ、集中してるから話し掛けないで」
 根から目を離さずにそう言うと、彼女はナイフを震わせたまま慎重に刻み始めた。しかし、どうしたらそうなるのか不思議なほど、きちんと等分されていない。
 もしや、とセブルスは考えた。彼女はかなり不器用なのか、それとも刃がよほど恐いのか。
「ロジエール――」
「話し掛けないで、あなたは自分のに集中して」
 可哀想なほど手が震えているので、自分が代わりにやってやろうかと思ったが、そうきっぱり言われては何も言えない。
 セブルスは自分の作業に戻り、何度となく予習として繰り返してきた工程を行った。それぞれの大鍋から蒸気が上がり、そろそろスラグホーンが回ってくる頃かと思いながら隣を見る。ロジエールは蒸気と汗で濡れる額を手の甲で拭いながら鍋をかき混ぜていた。中は一応水のように澄んだ色をしている。あれだけ雑な刻み方でこの複雑な調合に成功したのかと驚いていると、視線に気付いたロジエールが微笑んだ。
「驚いた? でもちゃんと成功するのよ、気持ちを込めれば」
「……調合薬学は精神論でどうにかなるものじゃない。あれで成功するとは、驚いたな」
 そう呟くと、「あれ」と呼んだからか、ロジエールはむっとしたようで、何も言わず鍋の中へ目を移した。
「ほう、素晴らしい!」
 スラグホーンの歓声が聞こえ、そちらを向けば、リリーと目が合った。だがすぐに反らされ、何もなかったかのようにスラグホーンの褒め言葉に微笑んでいる。
 セブルスは、胸が張り裂けそうな痛みを覚えた。目を合わせることも、もう叶わないのか。彼女の頑なさも重々承知している。幼馴染みゆえに、性格もその癖さえもよく知っていた。これほどこの間柄を憎んだことは今までなかった。
「……謝ったんでしょう? ファット・レディの前で」
 隣から小さく声が聞こえた。ロジエールを見れば、彼女は鍋から目を離さずに言った。
「なら、あなたに落ち度はないわ。あんまり気に病まない方がいい」
 慰められている。そう気づき、同情するなと怒鳴りたい衝動に駆られた。部外者のくせに、自分たちの何を知っている。
 しかし怒鳴らなかったのは、彼女の言葉に気持ちが軽くなった自分がいたからだった。どこかでその言葉がかけられるのを望んでいたのかもしれない。
 セブルスは何も言わず、提出用の小瓶に水薬を入れた。
 
 長い夏期休暇が過ぎ、セブルスたちは六年生になった。調合薬学の後はロジエールとの仲を仲間が聞いてきたが、友人と言うわけでもまして恋人と言うわけでもない、呼べば返事をするくらいの仲だと言えば、皆は納得した。恐らく、主従関係を想像したのだろう。別に否定はしなかった。彼女の普段の振る舞いを見れば、誰でもそう思う。
 何かと脚光を浴びるロジエールは、六年になってからは取り巻きと離れ、孤立している姿を見かけるようになった。彼女がよく談笑していたレギュラスとも話している様子はない。皆が疑問に思い始めた頃、エイブリーがこんな噂を持ってきた。
「婚約を断って勘当されかけた?」
「ああ、何でも相手はデスイーターだったらしい」
「何で婚約破棄なんか……彼女もいずれデスイーターになるんだろう?」
「さあな、顔が気にくわなかったんじゃないか?」
 ロジエールは面食いではないと、セブルスは口を挟みたくなったが我慢した。
 次の日、セブルスが図書室へ本を返しに行くと、テーブルの一角が大量の本で埋もれているのに気付いた。気になって近づいてみれば、本の隙間からロジエールの姿が見えた。
「何してるんだ?」
 長机を回り込み小声で問えば、ロジエールはゆっくりとこちらを見上げた。
「調べ物をしてるの」
「この本の山から探す気か?」
「いいえ、多分図書館中の本を読むことになるわ」
 彼女は再び読んでいた本に目を落とし、小さく言った。
「……あんまり私と話さない方がいいわよ、あの人たちと一緒にデスイーターになるんだったら」
「君は、ならないのか?」
 まさかと思い聞くと、あろうことかロジエールは頷いた。
「何故、君ほど優秀なら――」
「私は誰の指図も受けたくないの――これも駄目ね」
 ぱらぱらと捲っていた本を閉じると、ロジエールは杖を振り、右半分の本の山を浮かせた。すでに無言呪文が使えるらしい。本がそれぞれ元の場所に戻っていくのを眺めた後、セブルスは彼女に視線を戻した。
 ロジエールはまだ残っている山から強引に本を抜き出していた。積み重なった本たちは、崩れそうで崩れない、絶妙なバランスを保っていた。
「だが、君の親はそれを許さないだろう?」
「多分ね。でも私は家を出るって決めてるの。やりたいことが見つかったから」
 そう言って彼女は笑った。何かから吹っ切れたような、無邪気な笑みだった。
 それから、セブルスはよく図書館を訪れるようになった。ロジエールはいつも、奥のテーブルで本の山に埋もれていた。彼女を見かけては、セブルスは自分から話しかけた。
 彼女は呪文についての知識が豊富で、魔法をいくつか開発していたセブルスにとって、呪文の理論について言葉を交わすことは楽しかった。大体は本と対峙していたが、レポートを書いている時もあり、セブルスが助言したり、彼女に助言されたりしていた。
 二人とも本に覆い隠されていたので、他人にはあまり気付かれなかった。スリザリン生はというと、彼女を完全にではないが、のけ者にしていた。しかしロジエールはかえって清々したようだった。
「あの子達、私の言うことは何でも賛成してたの。そんなの、友達でも何でもないわ」
「君はそれを楽しんでるように見えたが?」
「全然。彼女たちが崇める純血貴族を演じてただけよ」
 セブルスは内心、彼女に構う自分を疑問に思っていた。彼女の言葉に多少は救われたからか。それともルシウスから興味を持たれるまで孤立していた自分と被り、同情しているのか。馬鹿馬鹿しい、とセブルスは首を振り、席を立った。
「僕は昼食を取りに行くが……君はまだここにいるのか?」
 一緒に大広間に行こうと誘っているような物言いに、ロジエールは驚いたように顔を上げた。それもそうだ、自分でも驚いている。
「私は……もう少ししてから行くわ」
「そうか」
 彼女の返事にほっとしながら図書館を出て、大広間に向かった。広間は昼食のピークを過ぎたせいか人はまばらだ。この時間が一番落ち着いて昼食を取れる。適当な席につき、適当に食べていると――。
「シルヴィア!」
 グリフィンドールのテーブルから、突然ポッターが立ち上がった。慌てたようにスリザリンのテーブルに近付いてくる。彼の視線を辿ると、図書館にいたはずのロジエールがずいぶん離れた席に座り、ゴブレットを傾けたまま固まっていた。
「駄目だ! 飲んじゃ駄目だ!」
 目を丸くしてポッターを見るロジエールは、すでに喉を鳴らしてしまったらしく、彼女はゴブレットを落とし、激しく咳き込み始めた。
「シルヴィア、吐くんだ! 吐き出せ!」
 ロジエールの背を擦りながら、ポッターが必死の形相で無理なことを言う。何が起こっているのかわからず、立ち上がり掛けた時、ロジエールと目が合い、そして息もつかないうちに彼女が勢いよく胸に飛び込んできた。
「ロジエール……?」
「セブルス……」
 ロジエールはぎゅっと自分に抱きつき、耳元で囁いた。
「早く、二人っきりになりましょう? セブルス……」
 吐息混じりの声にぞくりと肌が泡立ちながらも、セブルスは理解した。惚れ薬を飲まされたのだ。ポッター達によって。
 ポッターは悲鳴を上げ、すぐにロジエールを引き離そうとするが、彼女は嫌そうに手を払いのけ一向に体を離そうとしない。
「いいんじゃないか、このままで」
 グリフィンドールのテーブルからブラックが、虫酸が走る笑みを浮かべながら悠々と歩いてきた。
「お前もやっと、卒業できるだろ。よかったな、スニベルス」
「シリウス!」
 ぎりと歯を噛みしめ反論しかけたその時、ロジエールがいきなり立ち上がった。
「それの、何が悪いのよ!」
「おい、ロジエール……」
「見境なく相手するより、よっぽどましだと思うわ!」
 周りはもちろん、ブラックも大声で怒鳴るロジエールに驚いていたようだが、やがてにやりと面白そうに笑った。
「へえ。薬で本性あらわしたな、ロジエール。それは自分のことを言ってるのか? この前は誰の彼氏を寝とったって?」
「寝取ってなんかないわよ、私、誰とも寝たことないもの!」
 広間が静まり返った。
「シルヴィア、落ち着くんだ」
 ポッターがようやく口を開き、彼女の肩をおさえようとした。しかしロジエールはその手を払いのけ、自分の腕を取った。
「行きましょう、ここは邪魔が多すぎるわ」
 ぐいぐいと引っ張られ、セブルスは皆の視線を背に、大広間を後にした。
「待て、シルヴィア!」
 後ろから追いかけてきたポッターは、あれこれ言ってロジエールを引き留めようとするが、無駄だった。それもそうだ、アモルテンシアに説得など効くはずがない。
「……何でこんなことになったのか、説明しろ」
 セブルスが低い声でそう言うと、ポッターはまるでこうなったのはお前のせいだとばかりに睨んできた。
「あの席に座るのは、大体男女かお前の仲間だと決まってる。なのに、何でシルヴィアが……」
 悔しげにポッターは、自分の腕にべったり張り付いているロジエールを見た。そんな彼を、セブルスはいい気味だと鼻で笑った。
「勝手に薬を盛った罰だ、そんなに心配なら早く解毒剤を作れ」
「チッ、言われなくても」
 ポッターはこちらを睨み付け、曲がり角を曲がろうとした。
「いいか、絶対に手を出すなよ!」
 去り際にそう叫ばれ、セブルスは薄く笑ってみせた。
「さあな」
 顔を歪ませるポッターを背に、セブルスは自分にはり付き、同時に引っ張るという器用なことをしているロジエールを見た。自分と歩くことが至上の幸福とばかりにうっとりしている。離せと言っても通じないだろう。セブルスはため息をついた。
「どこに行く気だ、ロジエール」
「あなたの部屋よ」
 当然のように答える彼女に目眩がしながらも、逆らうことはしなかった。ロジエールを閉じ込めるのには、自分の部屋が最適だと思ったのだ。しかし、それでもスリザリンの談話室を通るのはつらかった。皆ぽかんと口を開けてロジエールを見、自分を見、そしてまたロジエールを見た。レギュラスはこちらに近づいてこようとしたが、目で制した。
 寮への階段を下り、ようやく部屋のドアを閉めたところで、ロジエールは腕から離れた。しかし安堵した途端、今度は正面に回り、髪を撫でてきた。
「目を閉じて、セブルス……」
 髪から頬へ、細い指がするりと移る。深い青の瞳は愛おしげに細められていた。セブルスもまた、全身から色気を漂わせている彼女を見つめ返しながら、冷静に考えていた。なるほど、アモルテンシアはまず異性と交わる本能を刺激するらしい。
「駄目だ、ロジエール」
 するすると首に巻き付いてきた腕を取り、そのままベッドへ連れていくと彼女を倒した。そして頬を染める彼女の上に乗り、両手首を片手で掴むと、上に押し上げた。
「ま、まだお昼なのに……」
 身動きのとれないロジエールが恥じらったように――では今までの色気は何だ――呟くのを間近で聞きながら、杖をローブから取りだし彼女の両手首に向けた。
「インカーラス」
 どこからともなく縄が現れ、彼女の手首に巻き付くと、そのままベッドの支柱に縛りついた。セブルスは、自分の手首を不安げに見上げるロジエールから降りた。
「君に飲ませたい薬がある。今から持ってくるから待っていてくれ」
 心細そうに自分を見上げながらも、彼女は頷いた。それを確認し、セブルスは部屋を出た。
 腕に押し付けられた柔らかい感触や頬を撫でる指先、不安げな表情に、少々理性を失いかけたが、セブルスは非常識な人間ではない。ああいうものは好き合っている者同士がやるものだ。セブルスは純情な人間だった。
 リリーを思いだし胸が痛んだが、すぐにレギュラスが目の前に立っていることに気付き、彼が何か言う前に口を開いた。
「ロジエールがポッターたちに惚れ薬を盛られた。今は縛り付けてある」
 レギュラスは納得したように頷いた。
「そう、ならいいんだ。けど、あまり彼女と親しくしない方がいい。彼女は――裏切り者だ」
 暗い瞳に嫌悪が宿り、そう忌ま忌ましく吐き捨てた。
 兄と彼女が重なるのだろう。レギュラスはレギュラスで苦労していることをセブルスは知っていた。
「ああ……そうだな」
 石の扉を開くと、ポッターがゴブレットを片手に立っているのが目に入った。隣にはブラックがいつもの格好つけた立ち方をしている。
「解毒剤だ、早くこれを飲ませろ」
 ポッターは随分と偉そうにそう言い、ゴブレットを差し出した。セブルスは彼の手からゴブレットをひったくると、すぐに背を向け石の壁に合い言葉を言った。
「おい、何か言ったらどうなんだ?」
「ご苦労」
 ポッターとブラックの怒鳴り声を背後に聞きながら通路に入り、男子寮へと戻った。ロジエールはベッドの上で大人しくしていた。近づくと、ほっとしたように笑った。
「それが、薬?」
「そうだ、媚薬だ」
「媚薬……」
 頬を赤く染め、ロジエールは視線をそらした。どうも、自分が優位に立っていないと初心になる傾向があるらしい。これは薬のせいではなく、彼女の本来の性格だろう。解除呪文で縄を解き、ベッドに腰かけた彼女にゴブレットを渡した。
「一気に飲んでくれ」
 恐る恐る口をつけたロジエールは、ゴブレットをあおった。しばらく咳をしていたが、数秒後には彼女の赤い頬が、一気に真っ青になった。
「私……」
「気がついたか?」
 ロジエールは無言で頷き、崩れるように顔を覆った。くぐもった声が手の中から発せられる。
「迷惑かけたでしょう? ごめんなさい」
「何故君が謝る。君は被害者だろう」
 顔をしかめて言えば、彼女は弱々しい声で言った。
「ジェームズは、絶対あなたに謝らないと思ったから……」
 正論だ。
「でも、ジェームズは私を心配してくれた。解毒剤まで作って」
 急に生き生きした声になり、手を下ろしたロジエールは嬉しそうに微笑んだ。青かった頬は再び赤みを帯びる。
「なんて優しいのかしら、彼って」
 うっとりする彼女に、セブルスはため息をついた。違う男に惚れさせようとした奴に、どうして優しいなど言えようか。
「私、お礼の手紙書いてくる!」と言うなり、部屋を飛び出して行ったロジエールを見送り、セブルスはベッドに腰掛けた。直に言いに行かないことから、彼女は家を追い出されることを恐れているのだろう。広間での騒ぎで知れ渡ってしまったような気もするが。
 まあ、自分には関係ない。セブルスは今日のことを忘れることにした。

 あの一件でロジエールは吹っ切れたのか、感情を表に出すようになった。完全にスリザリンから浮くことになったが、他の寮からの評判は良くなった。少なくとも、彼女に関する噂は消えていた。そして、よくブラックに絡まれているところを目にするようになった。
「よう、また会ったな」
「これで何回目よ、もう私に近寄らないで」
「つれないな、シルヴィア」
「勝手にファーストネームで呼ばないで、あなたに名前を呼ばれるってだけで虫酸が走るのに。ああいや、触らないで!」
 しかしブラックにはもれなくポッターがついてくるので、そう悪いことではないようだった。ロジエールがポッターと視線を交わして微笑むたび、ブラックは苦々しい顔をした。見たところブラックは彼女の嫌がる反応を楽しんでいるため、その真意は知らないが。もし好意を抱いているなら、奴は相当屈折した性癖をお持ちのようだ。
 五月に起こったあの忌ま忌ましい出来事以来――以前も――セブルスはポッターを見る度反射的に杖を握り、闇魔術を唱えていたが、ロジエールが彼らのそばにいる間は手出しできなかった。彼女しか眼中にないブラックを引き剥がすのに夢中で、ポッターがこちらに気づくこともなかった。しかし何故か狼男とはよく目が合った。
 ブラックに絡まれるからか、家から引っ切りなしに送られてくる手紙のせいか、それとも未だに調べ物が終わらないからか。理由はわからないが、彼女は日に日にやつれてきている気がした。
「ロジエール、今日の朝食は食べたか?」
「……多分」
 隈で縁取られた目を擦りながら本を捲る彼女は、こちらを向かずに答えた。曖昧な答えに自然と眉間の皺が寄る。
「広間に行かないからといって、手紙を受け取らずには済まないだろう」
「うん……そうね」
「……ロジエール。何だかぼんやりしているが大丈夫か?」
 ロジエールはゆっくり頷いた。
「大丈夫」
 しかし、大丈夫ではなかったようだ。一一月を迎えた頃、疲労が限界を達したのか、彼女は変身術の授業中、椅子から倒れこんでしまった。教室に響き渡った大きな音に、皆が後ろに座っていた彼女を振り返った。
「ミス・ロジエール!」
 マクゴナガルがマントを翻し、急いで彼女に駆け寄り屈み込んだ。
「大丈夫ですか――ああ、気を失って――ミスター・グリモンド、彼女を医務室へ!」
 スリザリンの監督生グリモンドは、軽々とロジエールを抱き上げ――もっと慎重に扱えとマクゴナガルに怒鳴られていた――教室を出ていった。
 生徒の囁きを止めるマクゴナガルの声を聞き流しながら、セブルスは後で見舞いに行こうと考えた。自分には関係ないと思いながらも、面倒見のよいところがある彼には、どうにも彼女を見過ごせなかった。
 セブルスは夕食後、医務室に向かった。夕食の席にロジエールの姿はなかった。行く途中、ポッターとブラックがいるかもしれないという考えが頭をよぎったが、一応、奴らが敵対しているスリザリンを見舞うような真似はしないだろうとその考えを振り払った。
 医務室のドアを開けると、マダム・ポンフリーの怒鳴り声が聞こえてきた。
「今日は安静にしてなさいって言ってるでしょう!」
「私、もう十分寝ました。まさか、ここで一晩過ごさせる気ですか?」
「ええ、その通りです。あなたにはまだ休息が必要です」
「そんな――!」
 カーテンを開けると思った通り、ロジエールがベッドに腰掛け、マダム・ポンフリーと言い争っていた。すぐに話をやめた二人は、驚いたようにこちらを見た。マダム・ポンフリーは顔をしかめて言った。
「いきなりカーテンを開けるなんて。着替えていたらどうするんです?」
「ああ……すみません」
「でも、ちょうどよかった。彼女をここに泊まるよう説得してください。全く、ここ二ヶ月は毎日二時間しか寝てなかったなんて、信じられないわ……」
 そう小言を呟きながら、マダム・ポンフリーはフェードアウトしていった。
 一日二時間。そんな生活を続けていて、倒れない方がおかしい。急激な体内時計の変化に体が耐えられなかったのだろう。ロジエールを見下ろせば、よほど険しい顔をしていたのか、ついと目をそらした。セブルスはベッド脇にあったスツールに座り、咎めるように言った。
「二時間しか眠らなかった上、栄養も摂らなかったら、倒れるに決まってるだろう? どうしてそんな真似をした?」
 ロジエールはうつむいたまま黙っていたが、やがて口を開いた。
「耳を貸して」
「聞かれると困るのか?」
 彼女は頷いた。セブルスは杖を取りだしカーテンに向かって振った。
「マフリアート」
 杖をしまうと、ロジエールが唐突に言った。
「Muffliato――耳塞ぎの呪文? どこから見つけたの?」
「いや、僕が前に作った。周りに雑音を聞かせ、会話が聞かれないようにする」
 そう説明すると、彼女は目を輝かせた。
「すごいわ! あなたが魔法を開発できるなんて知らなかった!」
 純粋に褒められるのは久々で、顔に熱が集まってくるのを感じた。
「いや、君もやってみればいい。僕より多く作れるだろう――それより、睡眠を削って一体何をしていたんだ?」
 話を戻されたロジエールは少しうろたえたようだったが、小さく答えた。
「……図書館に行ってたの」
「まさか、毎晩行ってたのか?  何でフィルチにバレなかった?」
「透明になってたから」
「透明? 君は、自分自身を完全に透明にできるのか?」
 信じられず聞き返せば、ロジエールはゆっくりと頷いた。
「一〇分だけ、だけど」
 セブルスは片手で頭を抱えた。透明になれる方が魔法開発の数十倍、すごいことではないか。
「……それで、何をしていた? 禁書を読んでいたのか?」
 躊躇いがちに頷いたロジエールに、セブルスはため息をついた。
「そこまでして、一体何を調べてるんだ? 闇魔術を使いたいのか?」
 禁書はほとんど闇の魔術に関するものが多く、最近彼女が積み上げる本は全て、闇魔術に関するものだったとセブルスは記憶していた。ロジエールは答える気がないらしく、黙りこんでいた。
「……とにかく、今日はどこにも行かずに眠っているんだな」
 答えを諦めて立ち上がると、彼女がうつむいたまま、弱々しく言った。
「いやよ。私、図書館に行かなきゃ……今のうちに出来ることはしておきたいの……」
「一体、何がそんなに君を駆り立てるんだ?」
「言えない……でも、時間がない」
 顔を上げたロジエールの目に、涙が溜まっているのを見て、セブルスはぎょっとした。瞬きした拍子に溢れそうだったが、我慢しているのか、零れることはなかった。
「何をそんなに――家のことか?」
 ロジエールは首を横に振った。
「お兄様が、お父様に私のことを説得してくれてる……」
「じゃあ、ポッターか?」
 ポッターの名を口にした瞬間、彼女の目から涙が零れ落ちた。堤防が崩れ去ったように、止めどなく流れ続ける。
 セブルスは彼女が積み重ねた本の山を思い出した。あの山はすでにバランスを失い、崩れてしまっていた。
「ジェ、ジェームズは、私を見ても、髪をクシャクシャ、しないの」
 抽象的な言葉だったが、何を意味しているのかはすぐにわかった。ポッターがリリーを目にする度にやる仕草だ。
 小さくしゃくり上げながら、ロジエールは言葉を続けた。
「彼は私を、妹みたいにしか、思ってない。昔も今も、ずっと――私がどんなに、外見を気にしても――ダメなの」
「……奴は言われるまでわからないんじゃないか?」
 彼女は首を振った。
「言ったって――フラれるだけよ――エヴァンスに気があるって、わかってるじゃない――」
「それもそうだが――」
 セブルスは再び椅子に座り、何か泣き止むような言葉を探したが、何も出てこなかった。
 しかし徐々にロジエールは落ち着いてきたようで、小さく鼻を啜ると、彼女はハンカチをローブから取りだし涙を拭いながら静かに言った。
「私は、エヴァンスにはなれない。だって、正反対の人間だもの……私は可愛くないし、正義感も協調性もない……それに、臆病者だわ」
「そう、奴なんかのために自分を卑下するな。君にだって、エヴァンスにはない長所がある」
 無意識に出た言葉だった。ロジエールは目を見開いたが、セブルス自身も驚いていた。短所がないと思っていたリリーをそう言ってまで、ロジエールを慰めようとした自分に。
「あ……りがとう」
 彼女は幾分元気を取り戻したようで、微かに笑みを浮かべていた。涙ももう止まっていた。困惑と気まずさを感じ、再び立ち上がった。
「じゃあ、僕は寮に帰る。君はここに泊まった方がいい」
 今度は抵抗せず、ロジエールはすんなり頷いた。溜まっていたものを吐き出し、清々したようだ。
「お休みなさい、セブルス」
 カーテンを開け外に出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。セブルスは振り返り、赤くなった目でこちらを見る彼女に頷いた。
「……ああ」
 カーテンを閉めると、部屋からちょうどマダム・ポンフリーが出てきた。
「ああ、終わりましたね。説得できましたか?」
「はい、多分」
 看護師はセブルスの返事に満足そうに笑っただけで、何も言わなかった。セブルスはそそくさと医務室を出た。
 あれから反省したのか、ロジエールはちゃんと大広間で食事し、隈も徐々に薄くなっていった。マダム・ポンフリーの想像した関係になった、ということはありえず、いつも通り図書館で話すだけだった。彼女は調べものを止める気はないようだった。
「だって、まだ調べものは終わらないし。それに、ブラックはあまりここに来ないもの」
「まあ、奴は知識を吸収するのではなく、ひけらかす方が性に合ってるんだろう……そういえば、君がブラックに絡まれているのを、最近見なくなった気がするな」
 ロジエールはにっこりと笑った。
「授業が終わる度に、自分の存在が曖昧になる術をかけてるの。他人には私がぼやけて見えるのよ」
「へえ、便利な術だな」
「でしょう? マクゴナガル先生が教えてくださったの」
「マクゴナガルが?」
 彼女が一生徒を贔屓するはずもなく、聞き返すと、ロジエールは悪戯っぽく笑った。
「そう。私が倒れた理由を聞かれたときに、ある人から毎日迫られていて、夜も眠れないほど精神的に追い詰められてるんだって言ったの。そうしたら、先生はブラックだって思ったらしくて。多分、寮監として責任を感じたんだと思うわ。じゃなかったら教えてくれないもの」
 マクゴナガル先生って生徒思いの、とってもいい先生よね、と笑う彼女に、スリザリンの片鱗を見た。
 一一月が過ぎ一二月。クリスマスが近づいてきた。休暇を家族と過ごすほとんどの生徒たちとは違い、セブルスは毎年城に残っていた。あの父親がいる家に帰りたくなかった。今年は、ロジエールも残るようだった。理由を聞けば、家とのごたごただけでなく、今年も開かれるスラグホーンクラブのクリスマスパーティーに参加したいからだと答えた。
「今までパーティーに出席してたのか?」
「ううん、してないわ。面倒で……でも今年は参加するの、ちゃんとコネを作っとかないと。あなたは?」
「僕は出ない」
 毎年招待状は届いていたが、セブルスは適当な理由をつけて断っていた。きらびやかな雰囲気が苦手だったし、ドレスローブも持っていなかったからだ。何よりパートナーが――。
「パートナーはどうするんだ?」
「パートナー?」
 ロジエールは初めてその言葉を聞いたかのような反応をした。
「パートナーがいなきゃいけないの?」
「別に、パートナーを連れる決まりはないが……皆、誰かを連れて行くだろうな」
 でなければ、毎年生徒があれほど礼装している訳がない。
「そっか、だからあんなに――」
 同じことを考えていたのか、ロジエールはひとり頷いた。
「まあ、私はOBの方たちと話したいだけだから、一人でいいわ――あ、でも、ドレスがないわね」
 どうして今まで気づかなかった?
 医務室に倒れた日から、彼女は退行しているような気がするが、大丈夫だろうか。少なくとも話し方が子供っぽくなったのは、気のせいではないだろう。彼女の場合、それが年相応の話し方だったが。
「お兄様に頼めば――大丈夫かしら……」
 ロジエールは本を片手に指を唇に当て、そばで静かに燃える炎を見つめながら考えていた。談話室には誰もおらず、炎は自分たちを照らし出していた。
「……君の兄は、少し前にデスイーターになったんじゃないか? そんな時間を割けるのか?」
 ふと疑問に思い問い掛ければ、ロジエールは首を振り、嬉しそうに微笑んだ。
「お兄様は、私にとても良くしてくれるの。何かと気を配ってくれて……デスイーターにならなかったら、もっと良かったんだけど」
 顔を曇らせた彼女に、その理由を聞きたい衝動に駆られた。
「どうしてそう思う?」
「……デスイーターになってから、お兄様は変わってしまったから。血の気が多くて、乱暴になった。私や家族には変わらず接してるけど、目がぎらぎらしてて……恐いの」
 ロジエールの揺れた瞳からは、恐怖が滲み出していた。セブルスは何も言えなかった。やがてロジエールが口を開いた。
「私、あなたにデスイーターになってほしくない」
 強い口調だった。
「そう言われてもな。僕はもうなると決めてるんだ」
「あなたも、お兄様みたいになる気? 私、嫌よ、ああなってほしくない……」
「ロジエール。僕はそう簡単には変わらない」
「そんなの、わからないじゃない……」
 目を潤ませ始めた彼女に焦り、何とか説得しようと試みたが、ロジエールは頑として譲らなかった。
「だめよ」
「デスイーターになることで、僕の力は初めて証明されるんだ。ダークロードに気に入られれば、それなりに地位も与えられる――何故その良さがわからない?」
「いやよ、わかりたくもない、そんなの――」
「ロジエール――」
「もういい」
 ロジエールはソファから立ち上がった。
「あなたがデスイーターになるのなら、裏切り者の私と話すのはもうやめて。最初からそうすればよかったのよ。あなたが話し掛けて来なければ、私はこんな思いをせずに済んだの……優しすぎるのよ、あなたは」
「ロジエール――」
 彼女はこちらに背を向け、足早に自分の寮へと歩いていった。
 何故、リリーもロジエールも、デスイーターになる意義がわからないのか。セブルスには二人の思考が理解できず、同時に腹が立った。しかし、去り際に見せたロジエールの悲しげな顔が、どうにも頭から離れなかった。
 以来、二人は互いに話さなくなり、一言も口を利かないまま、ホグワーツを卒業した。
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