愛 | ナノ
 ムーディの言う通り、ハリーが自分で名前を入れていないとすれば、何者かが錯乱の呪文をゴブレットにかけ入れたことになり、シルヴィアは気を張り詰めていた。ただでさえムーディのことで神経をすり減らしていたところに、今度のことが来て、すっかり滅入っていた。もしハリーを危険な目に遭わせたいと思う者が、ホグワーツにいたのなら――シルヴィアはどうしようもなく、不安な気持ちになるのだった。
 そして、ハリーが代表選手になったことで、グリフィンドール以外の寮生から、彼が冷たい態度をとられていることにシルヴィアは気づいた。特にドラコ達スリザリン生は、「セドリック・ディゴリーを応援しよう――ホグワーツの真のチャンピオンを!」と書かれたバッチを身に着け、ハリーを笑っていた。シルヴィアはバッチをつけた生徒たちを注意したが、寮監のセブルスが黙認していたため、何の効果もなかった。シルヴィアはセブルスに注意しようかと思ったが、またハリーのことで言い返されるだけだと思い、言うのを躊躇った。セブルスの優しさを受けられなくなることを恐れたのだった。
 第一の課題はドラゴンから金の卵を奪うことだと、シルヴィアは知っていた。ハリーを含む、代表選手全員のことを心配したが、助言をするわけにもいかない。あっという間に一ヶ月が過ぎ、一一月二四日、第一の課題が始まった。
 生徒たちが興奮でざわめく中、教職員用の観戦席にいるシルヴィアは、ハリーたちがいるであろうテントを見つめていた。
「そんなに心配なら、彼らと代わったらどうかね?」
 隣にいるセブルスが嫌味っぽく言う。
「できることなら、そうしたいわ……」
 わっと生徒たちがざわめき、下を見ると、ドラゴンが囲い地に入って来たところだった。青みがかったグレーのドラゴン――スウェーデン・ショート・スナウトはとても大きく、人間が相手をするのは不可能のように思えた。
 ホイッスルが鳴り、セドリックが大歓声とともにテントから囲い地に入った。開始早々、セドリックは近くにあった岩を犬に変えた。自分のかわりに犬を追い掛けるようにする作戦のようだ。この作戦は、ところどころ危ない場面があったが、なかなかうまくいき、一五分も経ったころ、セドリックは卵を取った。耳をつんざくような大歓声と一緒に、シルヴィアもほっとしながら拍手する。
「本当によくやった!」
 解説のバグマンが叫んでいた。
「さて、審査員の点数です!」
 点数は、セドリックが火傷を負ったこともあり、あまりよくなかった。
「一人が終わって、あと三人! ミス・デラクール。どうぞ!」
 フラーがテントから出てきた。彼女はドラゴンの攻撃を避けながら、魅惑呪文をかけた。ドラゴンは眠くなったように目をとろんとさせ、そして完全に眠ってしまった。こうなればフラーは簡単に卵を取れると思ったが、ドラゴンがいびきをかいた拍子に鼻から炎が噴き出し、フラーのスカートに火が付いた。フラーは慌てて杖から水を出して消し、卵を取った。爆発したような拍手が響いた。フラーの点数はセドリックと同じくらいだった。
「そして、いよいよ登場。ミスター・クラム!」
 クラムはドラゴンの目に向けて結膜炎の呪文を唱えた。ドラゴンが苦しんでのたうち回っているうちに、クラムは卵を取った。拍手喝采が、張りつめた冬の空気を、ガラスを割るように粉々に砕いた。彼の点数はセドリックとフラーよりもよかったが、ドラゴンが暴れ、卵が半数潰れてしまったので減点されていた。
 ついにハリーの番になった。ハリーの戦うドラゴンは、三人のドラゴンよりもより大きな、ハンガリー・ホーンテールだった。ハリーは杖を上げ、叫んだ。
「アクシオ・ファイアボルト!」
 しばらくして、森の端からハリーのほうへ飛んで来るファイアボルトが見えた。そして、囲い地に飛び込み、ハリーの脇でピタリと止まった。観衆の歓声が一段と高まった。
 ハリーは、片足をサッと上げて箒に跨がり、地面を蹴った。上空に上がったかと思えば、彼は急降下した。ホーンテールの首がハリーを追い、火炎を噴射したがハリーは軽々と避けた。
「いやあ、驚いた。なんたる飛びっぷりだ! クラム君、見てるかね?」
 ハリーは、ホーンテールが口を開けたとたんに、急降下した。しかし、今度はそううまくは行かなかった――炎はかわしたが、かわりに尻尾が鞭のように飛んできて、ハリーを狙った。ハリーが左に逸れて尾をかわしたとき、長い棘が一本、彼の肩をかすめ、ローブを引き裂いた――シルヴィアは息を呑んだ。
 ハリーは、あちらこちらヘと飛びはじめた。ホーンテールは首を振り、縦長に切れ込んだ瞳でハリーを睨み、牙を剥いていた――。
 ハリーは、より高く飛んだ。ホーンテールの首が、ハリーを追って伸びた。ホーンテールは炎を吹き上げたが、ハリーがかわした――ホーンテールの顎が大きく開いた……。
 ホーンテールがついに後脚で立った――ハリーは、急降下した。鉤爪のある前脚が離れ、無防備になった卵めがけて一直線に――ファイアボルトから両手を離した――ハリーは金の卵を掴んだ。
 猛烈なスパートをかけ、ハリーはその場を離れた。スタンドの遥か上空へ、重たい卵を、怪我しなかったほうの腕にしっかり抱え、ハリーは空高く舞い上がった。観衆が声をかぎりに叫び、拍手喝采した。
「やった! 最年少の代表選手が、最短時間で卵を取った。これで、ポッター君の優勝の確率が高くなるでしょう!」
 シルヴィアはようやく、握っていた手を開き、力一杯拍手した。セブルスは苦い顔でハリーを見上げていた。マクゴナガル先生、ムーディ、ハグリッドがハリーに手招きし、ハリーはスタンドへ鮮やかに着地した。そして大歓声を背に、救急テントへ入っていった。
 しばらくして、マダム・ポンフリーによって処置されたハリーが出てきた。隣にロンが立っていた。興奮したように何かを話しているようだった。
 審査員の点数は、クラムと同じだった。割れるような歓声が、どっと起こった。
「……何故泣いている?」
 セブルスの声に慌てて目に手をやると、涙が流れていた。いつの間にか泣いていたらしい。シルヴィアは驚きつつも、セブルスを見上げて言った。
「……ほっとしたんだと思う……みんな怪我したけど無事だったから」
 セブルスは少し気遣うような目でこちらを見た。
「ロジエール、君は少し疲れてるんじゃないか? このままでは君が保たない。今からでも遅くない、DADAから外れるんだ」
 ムーディから逃げるのは嫌だった。けれどセブルスの言う通り、精神的に辛いのは事実だ。ゆっくりと頷くと、セブルスは安心したようだった。
 ダンブルドアは、すんなりシルヴィアの要望を受け入れてくれた。そして、学期前に彼が言っていた通り、DADAを今学期外れる代わりに、七年までの呪文学を受け持つことになった。礼を言って校長室を出ると、ムーディに伝えるため彼の部屋へ向かった。ダンブルドアが伝えておくと言ったが、自分自身で伝えるとシルヴィアは断ったのだった。
 緊張しながら扉の前に立つと、「入れ」と中からくぐもった声が聞こえた。魔法の目で見ていたようだ。
「失礼します」
 DADA教師がムーディに変わってから、シルヴィアは部屋を訪れたことがなかった。リーマスの時とは全く部屋の雰囲気が違っていた。スニーコスコープや敵鏡など、闇の検知器が部屋の中を占めていた。
「何の用だ?」
 椅子に腰かけているムーディが唸り、シルヴィアは口を開いた。
「……明日から、DADAの助手を外れることになりました。短い間でしたが、お世話になりました」
 ムーディは鼻を鳴らす。それが返事だと受け取り、シルヴィアは部屋を出ようとした。その時。
「これだけは言っておく」
 背後からの声に、シルヴィアは立ち止まる。
「……エバン・ロジエールは、非常に攻撃的だった。この鼻の原因がそうだ。最期まで抵抗した……」
 唇をかみしめ、部屋を出る。絶対に泣くまい。そう思いながら、歩き出す。ムーディに対する怒り、悲しみ、悔しさがない交ぜになり、ただひたすらにムーディから遠ざかるよう、シルヴィアは歩いた。
 気づけば、地下にいた。セブルスの部屋が近くにあった。シルヴィアはすがるようにドアを開けた。机で作業していたセブルスは、驚いたようにこちらを見た。
「ロジエール……どうした?」
「セブルス……」
 彼の姿を見た途端、こらえていた涙が溢れてきた。シルヴィアはぼやけた視界の中で、セブルスが立ち上げるのを見た。
「セブルス……私の兄は、どんな人だった?」
 セブルスは、正面で立ち止まった。
「……君の兄は、デスイーターとして最も古参で、ダークロードに忠実だった。仲間思いで、敵であるオーラーたちには牙をむいた――強い人だった」
 シルヴィアは微笑んだ。瞬きをした拍子に涙がこぼれた。こちらを心配そうに見つめるセブルスが見えた。
「ありがとう、セブルス……」

 防衛術を外れてから、シルヴィアは精神的に楽になった。部屋を出る際にムーディから言われた言葉は、セブルスによって上書きされ、気にしないようにすることができた。あのあとシルヴィアはセブルスと座り、少し兄のことについて話した。久しぶりに家族のことを話すことができ、嬉しかった。シルヴィアは元の調子を取り戻しつつあった。
 クリスマスには、ダンスパーティーが開かれることになっていた。黒地にスパンコールのついたドレスローブを買っていたシルヴィアは、クリスマス当日にそれを着て、髪を結い上げ化粧をして部屋を出た。大広間は、いつもとは違う雰囲気をしていた。銀色に輝く霜で覆われ、星の瞬く黒い天井の下には、何百というヤドリギや蔦の花綱が絡んでいた。各寮のテーブルは消えていて、かわりに一〇人ほどが座れる小さなテーブルが、百余り置かれていた。教職員テーブルの一つにセブルスの姿を見つけ、そのテーブルに座った。
「……楽しそうね」
 セブルスは眉間に皺を寄せ、隙があれば部屋に戻りたいという顔をしていた。
「そう見えるか?」
「ええ、とっても」
 シルヴィアがにこやかに笑うと、セブルスは鼻を鳴らした。
「シルヴィア、とっても綺麗だ」
 同じテーブルに座るフリットウィック先生に褒められ、シルヴィアは礼を言う。そして再びセブルスを見た。
「……あなたは、私のドレス姿を見て何か思うことはないの?」
「は?」
 セブルスは何を言っているのかさっぱりわからないと言う顔をした。その反応を予想していたシルヴィアは、笑みを浮かべながらもう一度尋ねた。彼に褒めてもらいたいと、ふと思ったのだ。
「ほら、綺麗だとか、素敵だとかあるでしょう? 自分で言うのもなんだけど」
 セブルスは呆れたように目をそらした。
 生徒たちが皆テーブルに着くと、タータンチェックのドレスローブを着たマクゴナガル先生を先頭に、それぞれペアになった代表選手たちが出てきた。シルヴィアたちは拍手で出迎える。彼らは一番奥に置かれた、審査員が座っている大きな丸テーブルに向かって進んだ。クラムとペアを組んでいるのは、驚いたことにハーマイオニーだった。艶やかな髪を後ろに結いあげ、ふんわりした薄青色のローブを纏っていた。とても可愛らしかった。
 代表選手たちがパートナーとともにテーブルまで来ると、それぞれ椅子に座った。ダンブルドアがポークチョップを皿に向かって注文したのをきっかけに、皆メニューを見ながら注文し始めた。シルヴィアもセブルスやフリットウィックたちと談笑しながら食べ、皆が食事を食べ終わると、ダンブルドアが立ち上がり、生徒たちにも立ち上がるように促した。そして杖を一振りすると、テーブルは壁際に退き、広いスペースが出来た。それから、ダンブルドアは右手の壁に沿ってステージを立ち上げた。ドラム一式、ギター数本、リュート、チェロ、バグパイプがそこに設置されていた。
 妖女シスターズが、熱狂的な拍手に迎えられてステージに上がった。生で彼女たちの演奏を聞くのは初めてだったシルヴィアは、少し興奮していた。だからかもしれない。皆がダンスフロアに出て行く中、シルヴィアはセブルスの背中をフロアの方へ押した。
「おい、ロジエール……」
「私たちも踊りましょう、セブルス」
 振り向いたセブルスはまた一本眉間に皺を寄せたが、シルヴィアがぐいぐい押せば諦めたのか、されるがままになった。フロアに入ると、シルヴィアは彼の片手を握り、もう片方を自分の腰へ導いた。そして、ゆっくりとステップを踏む。セブルスは観念したのか、自分の足を動かし始めた。リードする彼を意外に思い、シルヴィアは口を開いた。
「上手ね、踊るの」
「昔習得した」
 セブルスが短く答える。デスイーター時代に習得したのだろうか。まさかセブルスと踊れる日が来ると思わなかった。
 近くでハーマイオニーとクラムが踊っていた。ハーマイオニーにとっても素敵よ、と囁きかけると、彼女は嬉しそうに笑った。
 バグパイプが最後の音を響かせ、演奏が終わった。大広間は再び拍手に包まれた。今度はテンポの速い曲が流れ、シルヴィアは再び踊ろうとしたが、セブルスはさっと離れてしまった。
「……もう一曲くらい、踊りましょう?」
「もう十分踊った」
 そう言うと、セブルスはフロアを去って行ってしまった。シルヴィアは残念に思いながら、その背中を見送る。フロアを見回すと、ダンブルドアはスプラウト先生と、ルード・バグマンはマクゴナガル先生と踊っていた。マダム・マクシームはハグリッドと二人、生徒たちの間をワルツで踊り抜け、ダンスフロアに幅広く通り道を作っていた。カルカロフの姿はどこにも見当たらなかった。胸がざわめき、セブルスの後を追おうとしたが、フリットウィック先生に声をかけられたためそれはできなかった。

 学期が始まり、シルヴィアはいつも通りの忙しい日々を送っていた。パーティでのセブルスとのダンスは、予想以上に生徒たちに見られていたようで、女子生徒たちは口々に素敵だったと褒め、男子生徒たちはスネイプと踊るくらいなら自分と踊ればよかったのに、と冗談交じりに言った。セブルスには、怖いからなのか、誰も何も言わなかったようだった。
 依頼した頭冴え薬をセブルスが作っている横で、シルヴィアはソファに座り足を組んだ。
「……ありがとう、セブルス。市販の栄養剤より、あなたの煎じたものの方が効くと思って」
「そんなに根詰めて仕事してるのか?」
「アランから……秘書から送られてくる仕事は制限されてるけど、自分が納得するまでやるから、どうしても時間がかかるの。昨日もそんなに眠れなかったわ」
 欠伸を押し殺しながら言うと、セブルスはそうか、と大鍋に目を移した。セブルスが薬を煎じている姿を見るのは、久しぶりだ。器用に切り揃えられた材料を、手際よく鍋に入れて行く彼を見ながら、シルヴィアは気になっていたことを尋ねた。
「……パーティーのとき、カルカロフがいなかったけど、どこにいたか知ってる?」
 セブルスは鍋を見下ろしながら答えた。
「カルカロフなら、私と話していた」
「えっ?」
「闇の印が濃くなってきていることを、恐れていた。ダークロードが復活してきているのではと。奴はしきりに逃げたがっていた」
 シルヴィアは驚き、セブルスを見つめた。
「そう……あなたは、逃げたいと思う?」
 セブルスは薬を掬いながら鼻で笑った。
「逃げる訳なかろう。私が逃げるとでも思ったのか?」
 シルヴィアは屈託なく笑った。
「まさか。でもあなたがそんなに勇敢だなんて思わなかったわ」
 立ち上がり、セブルスからゴブレットを受け取る。そして、一気に飲み干した。苦味で喉が痛むと同時に、霞んでいた頭が冴え渡っていくのを感じた。
「これで頑張れるわ……本当にありがとう、セブルス」
 いや、とセブルスは短く答える。彼には、学生のころから頼りにしっぱなしだ。シルヴィアの任務は、彼のサポートをすること――今、それはできているだろうか。どちらかというと、彼にサポートされているのではないか。
 ――このままではいけない。
 ゴブレットを返しながら、シルヴィアは気を引き締めた。

 二月二四日――第二の課題が行われる日――湖の反対側の岸辺に沿って設置された観客席に、シルヴィアはいた。何段にも組み上げられたスタンドは超満員で、下の湖に影を映していた。大観衆の興奮したガヤガヤ声が、湖面を渡って不思議に反響する中、シルヴィアはなかなか来ないハリーを心配していた。
「棄権するんじゃないか?」
 セブルスが隣で薄くいやな笑みを浮かべる。シルヴィアが口を開こうとしたその時、ハリーが全速力で審査員席に走っているのを見た。急停止したハリーはバグマンたちと少し喋った後、彼によって湖の岸に沿って立たせられた。一〇フィート間隔に立たせられた選手たちは、すでに杖を構えていた。
 バグマンはソノーラスを唱えると、彼の声が暗い水面を渡り、スタンドに轟いた。
「さて、全選手の準備が整いました。第二の課題は、私のホイッスルを合図に始まります。選手たちは、きっちり一時間のうちに奪われたものを取り返すのです。では、三つ数えます。いち――に――さん!」
 ホイッスルが、冷たく静かな空気に鋭く鳴り響いた。スタンドは、拍手と歓声でどよめいた。セドリックとフラーは泡頭呪文を唱え、頭を空気の泡で覆うと湖へ入っていった。クラムは自分をサメの姿に変えようとしたが、胴体だけ変身できなかった。それでもクラムは湖に飛び込んだ。ハリーは靴と靴下を脱ぎ、何かをポケットから取り出すと、口に押し込み、湖に入って行った。
 膝まで水に入れたハリーは、その何かを必死に噛んでいるようだった。水が腰の高さに来たとき、ハリーは立ち止まってそれを飲み込んだ。
 観衆の笑い声がどこからか聞こえた。ハリーは寒さで震えだし、笑い声がますます大きくなった。スリザリン生が口笛を吹いたり、野次ったりしていた。
 そのとき、ハリーは両手で喉を押さえた。何かを確認したらしく、彼は飛び込んだ。
「……ギリウィードだな」
 セブルスが唸り、シルヴィアは隣を見た。セブルスは、怒りを前面に出したような、凄まじい表情をしていた。怒っているセブルスに慣れてきていたシルヴィアは、怖がらずに尋ねた。
「ギリウィードって……?」
 セブルスは噛み締めた歯の間から声を出すように言った。
「食べるとえらと水かきができ、一時間、水中を楽に移動できる植物だ……私の保管庫から持ち出したに違いない……!」
 それで怒っているのか。納得したシルヴィアは、セブルスを落ち着かせるために言った。
「研究室にも保管庫にも、鍵がかかっていたんでしょう? そう簡単に持ち出せるかしら」
 セブルスは聞いていないようだった。
「私の研究室に侵入者があった夜、ポッターはベッドを抜け出していた……保管庫からは毒ツルヘビの皮がなくなっていた。また夜中に侵入したのだろう――」
 こんな忌ま忌ましいことなどない、というように、ぎりとセブルスは歯ぎしりした。シルヴィアは、何とか落ち着かせようと思ったが、彼の機嫌を良くする方法が思いつかず、結局選手たちの潜った湖を見つめることに終始した。
 三〇分ほど経ったとき、水面からフラーが出てきた。彼女は、妹を抱えていなかった。湖から出たフラーは、顔や腕が切り傷だらけで、ローブは破れていた。彼女はバグマンと少し話をした。取り乱している様子だった。マダム・ポンフリーがかけより、傷を治そうとしたが断っていた。マダム・マクシームも、審査員席からフラーに駆け寄った。
「ミス・デラクールは、ゴールにたどり着く前にグリンディローに襲われたようです……!」
 バグマンの声が会場に響いた。フラーはその場を動かず、マダム・マクシームと一緒に、心配そうに湖を見ていた。
 それからまた三〇分ほど経っただろうか。セドリックが出てきた。観客が一斉に拍手を送る。彼がチョウ・チャンを湖から引き上げると、マダム・ポンフリーによって二人は連れられ、毛布に包まれた。そして気力増強薬を飲まされていた。
 そのすぐ後で、クラムがハーマイオニーとともに姿を現した。彼らもマダム・ポンフリーによってセドリックたちのところへ連れていかれた。残ったのはハリー一人。シルヴィアは今かと湖を見守った。
 ハリーは、ロンとフラーの妹である少女を抱えて出てきた。同時に、ハリーの周囲をぐるりと囲んで、荒々しい緑の髪の頭が、いっせいに水面に現れた。水中人だ。
 フラーの妹を引っ張りながら、ハリーとロンは岸へと向かって泳いだ。岸辺には、審査員が立って眺めていた。二〇人の水中人が、護衛兵のようにハリーとロンに付き添い、恐ろしい悲鳴のような歌を唄っていた。
 ダンブルドアとルード・バグマンが岸辺に立ち、近づいて来るハリーとロンに笑い掛けていた。パーシーが水しぶきを上げて二人に駆け寄った。マダム・マクシームは、湖に戻ろうと半狂乱で必死にもがいているフラーを抑えようとしていた。
「ガブリエル! ガブリエル! あの子は生きているの? 怪我してないの?」
 パーシーはロンを掴み、岸まで引っ張って行こうとした――ダンブルドアとバグマンが、ハリーに手を貸して立たせた。フラーは、マダム・マクシームの制止を振り切って、妹をしっかり抱き締めた。
 マダム・ポンフリーがハリーを掴まえると、皆が居るところへ引っ張って行き、毛布に包んだ。そして薬を喉に流し込まれると、ハリーの耳から湯気が噴き出した。
 ダンブルドアは水際に屈み込んで、水中人の代表らしい、女性の水中人と話し込んでいた。ダンブルドアはマーミッシュ語が話せるようで、同じ悲鳴のような音で話していた。ようやくダンブルドアは立ち上がり、審査員に向かって何かを言うと、審査員が集まった。審議しているようだ。やがてバグマンが一人一人の点数を発表した。
「ミス・フラー・デラクール。素晴らしい泡頭呪文を使ったが、グリンディローに襲われ、ゴールに辿り着けず、人質を取り返すことが出来なかった。得点は二五点」
 スタンドから拍手が湧いた。
「セドリック・ディゴリー君。やはり泡頭呪文を使い、最初に人質を連れて帰って来た。ただし、制限時間の一時間を一分オーバー。そこで、四七点を与えます」
 ハッフルパフから大きな声援が沸いた。
「ビクトール・クラム君は、変身術が中途半端だったが、効果的なことに変わりはなかった。人質を連れ戻したのは二番目だった。得点は、四〇点」
 カルカロフが得意顔で、特に大きく拍手した。
「ハリー・ポッター君のギリウィードは、とくに効果が大きく」
 バグマンの解説は続いた。
「戻って来たのは最後だったし、一時間の制限時間を大きくオーバーしていた。しかし、水中人の族長の報告によれば、ポッター君は最初に人質に到着したとのことだった。遅れたのは、自分の人質だけではなく、全部の人質を安全に戻らせようという行動に出たせいだとのこと」
「ほとんどの審査員が――これこそ、道徳的な力を示すものであり、五〇点満点に値するとの意見だった。しかしながら――ポッター君の得点は四五点です」
 シルヴィアは、観衆と一緒に力いっぱい拍手した。他の人質をも助けようとしたハリーに、深く感心した。あの子はやはり、とても良い子だ。セブルスのいる手前、そんなことは口が裂けても言えないが。
 セブルスはやはり、ハリーを憎々しげに見ていた。シルヴィアはそっとその背中に手を置き、言った。
「行きましょう、セブルス。お昼食べないと」
 二人はスタンドを降りる生徒たちの波に乗った。
 結局、セブルスはハリーが保管庫からギリウィードを持ち出したと言う証拠を掴めなかったようだった。シルヴィアはそれを聞いてほっとした。ハリーが本当に保管庫から持ち出していたとしても、証拠がなければ罰則を与えることもできない。
 第三の課題が行われる日、生徒たちとともに、スタンドに入ったシルヴィアは、今回もセブルスと一緒に教員用観戦席に座った。あたりは興奮した声と、大勢の足音で満たされていた。クィディッチ競技場は、今では二〇フィートほどの高さの生け垣が周囲をぐるりと囲み、正面に隙間が開いていた。巨大な迷路への入口だった。
 空は澄んだ濃紺に変わっていて、一番星が瞬きはじめていた。ハグリッド、ムーディ、マクゴナガル、フリットウィックの各先生たちが競技場に入場し、バグマンと選手のところへとやって来た。全員、大きな赤く光る星を帽子に着けていたが、ハグリッドだけは、厚手木綿のチョッキの背に着けていた。皆、迷路の外側を巡回する教師たちだ。
「では、持ち場についてください!」
 バグマンが元気よく四人の教師たちに号令した。四人は迷路のそれぞれの持ち場に付くため、ばらばらな方向へと歩き出した。バグマンが杖を喉元に当てると、魔法で拡声された声がスタンドに響き渡った。
「紳士淑女の皆さん。第三の課題、トライウィザード・トーナメント最後の課題がまもなくはじまります! 現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。同点一位、得点八五点――セドリック・デイゴリー君とハリー・ポッター君。両名ともホグワーツ校!」
 大歓声と拍手に驚き、禁じられた森の鳥たちが、暮れかかった空に飛び上がった。
「三位、八〇点――ビクトール・クラム君。ダームストラング校! そして、四位――フラー・デラクール嬢、ボーバトン・アカデミー!」
 再び拍手が沸き起こった。
「では――ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック! さん――にー――いち――」
 バグマンがホイッスルを鳴らした。ハリーとセドリックが急いで迷路に入った。スタンドから迷路の中は見えないようになっていた。
 少しして、二度目のホイッスルを鳴った。クラムが、迷路に入っていった。それから、三度目のホイッスルでフラーが入った。
 四人が中に入って少し経った頃、迷路の真ん中付近から赤い火花が上がった。巡回していた教師たちは、すぐさまその方向へ向かった。
「大丈夫かしら……」
 少しして、ビクトール・クラムが、ハグリッドに抱えられながら迷路から出てきた。彼は気絶しているようだった。観客たちがざわめいた。ダンブルドアが迷路の入り口に降り立ち、彼の胸に杖を向けリネルベートを唱えた。クラムは目を開いた。
 彼はなぜ迷路の外にいるのかわからないようだった。ひどく混乱していた。ダンブルドアは何かを話し、クラムは受け答えしていた。クラムの話を聞いたダンブルドアは、深刻な表情をしていた。これは只事ではない。
 シルヴィアとセブルスが立ち上がるのは同時だった。二人は彼らのいる迷路の入り口へ急いだ。
「ダンブルドア、一体何が――」
 ダンブルドアが口を開きかけたその時。ドン、という大きな音が近くで鳴った。そちらを見ると、ハリーとセドリックがうつ伏せに倒れていた。シルヴィアは血の気が引いた。
 ダンブルドアが乱暴にハリーを掴み、仰向けにした。
「ハリー! ハリー!」
 ハリーは目を開けた。片手には優勝杯を持っていた。ハリーは優勝杯を離し、セドリックはますますしっかりと引き寄せると、空いたほうの手を上げ、ダンブルドアの手首を捉えた。
「あの人が、戻って来た」
 ハリーが囁いた。
「戻ったんです。ヴォルデモートが」
「何事かね? 何が起こったのかね?」
 コーネリウス・ファッジが現れた。彼はセドリックを見て叫んだ。
「なんたることだ――ディゴリー! ダンブルドア――死んでいるぞ!」
 シルヴィアは愕然とした。仰向けにされたセドリックは目を開けたまま、動かなかった。周囲に集まって来た人々が、息を呑み、言葉が夜の闇に広がっていった――「死んでいる!」「死んでいる!」「セドリック・デイゴリーが! 死んでいる!」
「ハリー、手を離しなさい」
 ファッジはそう言い、セドリックの身体からハリーの手を引き剥そうとしたが、ハリーはセドリックを離さなかった。ダンブルドアが諭すように言った。
「ハリー、もう助けることはできん。終わったのじゃよ。離しなさい」
「セドリックは、僕に連れて帰ってくれと言いました。セドリックは、僕に、ご両親のところに連れて帰ってくれと言いました――」
「もうよい、ハリー――さあ、離しなさい――」
 ダンブルドアは屈み込んで、ハリーを抱き起こし、立たせた。ハリーはよろめいた。
「医務室に連れて行かなければ!」
 ファッジが大声で言った。
「この子は病気だ、怪我をしている――ダンブルドア、ディゴリーの両親を。二人ともここに来ている。スタンドに――」
「ダンブルドア、私がハリーを医務室に連れて行こう。私が連れて行く――」
「いや、むしろここに――」
「ダンブルドア、エイモス・ディゴリーが走って来るぞ――こちらに来る――話したほうがいいのじゃないかね――ディゴリーの目に入る前に?」
「ハリー、ここにじっとしているのじゃ――」
 エイモス・ディゴリーは、息子を見て青ざめ、必死に揺さぶった。シルヴィアは見ていられず、そっと目を逸らした。そしてその先で、ムーディがハリーを無理やり抱えるようにして、城へ入っていく姿を見つけた。ダンブルドアはハリーに動かないよう言ったはず。おかしいと思ったシルヴィアは、ダンブルドアに叫んだ。
「ダンブルドア! ムーディがハリーを――!!」
 ダンブルドアはシルヴィアの指差す方を見て重々しく頷き、セブルスとマクゴナガル先生を呼ぶと、ハリーたちの方へ足を向けた。
 四人は階段を上がり、ムーディの部屋の前に、ダンブルドアを先頭にして立った。
「ステューピファイ!」
 目も眩むような赤い閃光が飛ぶと、轟音をあげて、部屋の扉が吹き飛んだ。床に倒れたムーディと、椅子に座り呆然としているハリーの姿があった。
 ダンブルドアは部屋に入り、意識を失ったムーディの身体の下に足を入れ、蹴り上げて顔がよく見えるようにした。セブルスがあとから入り、自分の顔が映っている敵鏡を覗き込んだ。
 シルヴィアとマクゴナガルは、真っ直ぐハリーのところへと向かった。
「ハリー、大丈夫?」
 ハリーは頷いた。
「さあ、いらっしゃい、ポッター」
 マクゴナガル先生が囁いた。
「さあ、行きましょう――医務室へ――」
「待ちなさい」
 ダンブルドアが鋭く言った。
「ダンブルドア、この子は行かなければ――ごらんなさい――今夜一晩で、もうどんな目に遭ったか」
「ミネルバ、その子はここに留まるのじゃ。ハリーに納得させる必要がある」
 ダンブルドアはきっぱりと言った。
「納得してこそ、はじめて受け入れられる。受け入れてこそ、はじめて回復がある。この子は知らねばならん。今夜、自分をこのような苦しい目に遭わせたものがいったい何者で、なぜなのかを」
「ムーディが――いったい、どうしてムーディが?」
「この者は、アラスター・ムーディではない」
 ダンブルドアが静かに言った。
「ハリー、君はアラスター・ムーディに会ったことがない。本物のムーディなら、今夜のようなことが起こったあとで、私の目の届くところから君を連れ去るはずがない。この者が君を連れて行くのを見た瞬間、私にはわかった――そして、後を追ったのじゃ」
 ダンブルドアは、ぐったりしたムーディの上に屈み込み、そのローブの中に手を入れた。そして、ムーディの携帯用酒瓶と鍵束を取り出した。それから、こちらを振り向いた。
「セブルス、君の持っている真実薬の中で一番強力なものを持って来てくれぬか。シルヴィア、厨房に行って、ウィンキーというハウスエルフを連れてきてくれ。ミネルバ、ハグリッドの小屋に行ってくださらんか。大きな黒い犬がかぼちゃ畑に居るはずじゃ。その犬を私の部屋に連れて行き、まもなく私も行くからとその犬に伝え、それから、ここに戻って来るのじゃ」
 奇妙な指示だとシルヴィアは思ったが、二人と同じくすぐさま向きを変え、部屋から出た。シルヴィアはセブルスと地下に行き、廊下にある絵画の梨をくすぐった。隠れ扉が開き、厨房へ入る。コック服を着たハウスエルフたちが、一斉にこちらを見た。
「ウィンキーっていう子、いる?」
「ウィンキーはこちらでございます!」
 エルフに案内され暖炉の前へ行く。コック服ではなく汚れたスカートとブラウス姿のエルフが丸椅子に座り、ブツブツ何かを呟いていた。
「あなたがウィンキー?」
 ウィンキーは飛び上がるように肩を震わせ、大きな目をより見開いてこちらを見た。シルヴィアは安心させるようにほほえむ。
「ダンブルドア校長が、あなたを呼んでるの。一緒に来てくれる?」
「ダンブルドア校長様が、私を?」
 ウィンキーは困惑していたが、頷いた。彼女を連れ廊下へ出ると、セブルスと鉢合い三人で足早に階段を上がる。途中でマクゴナガルが合流し、ムーディの部屋へ急いだ。最初に入ろうとしたセブルスが、戸口で立ちすくんだ。
「クラウチ! バーティ・クラウチ!」
 シルヴィアが中を見ると、そこにはムーディではなく、金髪で色白の男が倒れていた。
「どういう……?」
「なんてことでしょう」
 マクゴナガル先生も、立ちすくんで床の男を見つめた。よれよれのウィンキーが、シルヴィアの足下から覗き込んだ。ウィンキーは、口をあんぐり開け、金切り声を上げた。
「バーティさま。バーティさま。こんなところでなにを?」
 ウィンキーは飛び出して、その主人の胸にすがった。
「あなたたちは、この人を殺した! この人を殺した! ご主人さまの坊っちゃまを!」
「失神術にかかっているだけじゃ、ウィンキー」
 ダンブルドアが言った。
「どいておくれ。セブルス、薬は持っておるか?」
 セブルスが、ダンブルドアにベリタセラムを渡した。ダンブルドアは立ち上がり、床の男の上に屈み込み、男の上半身を起こして敵鏡の下の壁に寄り掛からせた。ウィンキーは膝まずいたまま、顔を手で覆って震えていた。ダンブルドアは、男の口をこじ開け、薬を三滴流し込んだ。それから、杖を男の胸に向け、「リネルベート」と唱えた。
 バーテミウス・クラウチの息子は、目を開けた。顔が緩み、焦点の合わない目をしていた。クラウチは深く身体を震わせて、深々と息を吸い込み、抑揚のない、感情のない声で話しはじめた。
 それは信じられない事実だった。彼はアズカバンで母親と入れ替わり、父親に服従の呪文をかけられ管理されていた。ある時ウィンキーが父親を説き伏せ、クィディッチワールドカップに行った――その頃はすでに服従の呪文を破りはじめていた――そこで前の席の少年のポケットから杖を盗み、闇の印を打ち上げた。その印を見た例のあの人が自宅を訪れ、父親に服従の呪文をかけた。
 ハリー・ポッターが、確実に優勝杯に辿り着くようにする従者になるために、アラスター・ムーディが必要だった。クラウチはそこでムーディの髪を取り、ポリジュース薬に入れムーディになりすまし、そして父親を殺した。
「今夜、私は夕食前に、優勝杯を迷路に運び込む仕事を申し出た」
 バーティ・クラウチが囁くように言った。
「私はそれをポートキーに変えた。ご主人様の計画はうまくいった。あの方は、権力の座に戻ったのだ。そして私は、ほかの魔法使いが夢見ることもかなわぬ栄誉を、あの方から与えられるだろう」
 狂気の笑みが再び顔を輝かせ、クラウチは頭をだらりと肩にもたせかけた。その傍らで、ウィンキーが泣き叫んで啜り泣き続けていた。
 ダンブルドアが立ち上がった。ダンブルドアは、嫌悪の色を顔に浮かべ、しばらくバーティ・クラウチを見つめていた。そして、もう一度杖を上げると、杖先から飛び出した縄が、バーティ・クラウチの身体に巻きついてしっかりと縛り上げた。そして、マクゴナガル先生のほうを見た。
「ミネルバ、ハリーを上に連れて行く間、ここで見張りを頼んでもよいかの?」
「もちろんですわ」
 マクゴナガルが答えた。
「シルヴィア、マダム・ポンフリーに、ここに降りて来るように頼んでくれんか? アラスター・ムーディを、医務室に運ばねばならん。セブルス、校庭に行ってコーネリウス・ファッジを探して、この部屋に連れて来てくれんか。ファッジは間違いなく、自分でクラウチを尋問したいことじゃろう。ファッジには、私に用があれば、あと三〇分もしたら、私は医務室に行っておると伝えてもらいたい」
 シルヴィアとセブルスは頷き、さっと部屋を出た。四階の医務室からマダム・ポンフリーを連れムーディの部屋に行くと、マクゴナガルたちと一緒に本物のアラスター・ムーディをトランクから助け出し、マダム・ポンフリーが彼を医務室へ連れて行った。少ししてファッジ――そして、ディメンターがきた。シルヴィアは驚き、マクゴナガルが怒りながら言った。
「何故、ディメンターを校内に入れたのですか!?」
 ファッジが口を開く前に、ディメンターはするりと部屋の中に入ってきた。はっとする間も無く、ディメンターはクラウチに覆い被さり――そして――
「いやああああっ!」
 シルヴィアはあまりのおぞましさに叫んでいた。ディメンターが離れると、クラウチは虚ろに目を見開いていた――魂を吸い取られたのだ。
 セブルスが慌てたように部屋に入って来た。クラウチとディメンターを見、何があったのかわかったようだった。
「何ということを――大臣、どういうつもりなんです!?」
 マクゴナガルの声は震えていた。
「残念だが、ミネルバ、仕方ない――」
「仕方ないで済むとでも思っているんですか? ダンブルドアが知ったら――」
 ファッジは部屋を出た。彼を追いかけるように、シルヴィアたちも部屋を出る。
「絶対に、あれを城の中に入れてはならなかったのです!」
 マクゴナガルが叫んだ。ファッジは医務室へ向かっているようだった。マクゴナガルと怒鳴りあいながら、ファッジはそのドアを勢いよく開いた。中には、ウィーズリー夫人と息子らしき赤毛の青年、ロン、ハーマイオニー、そして犬に変身したブラックがいた。
「ダンブルドアは、どこかね?」
 ファッジが、ウィーズリー夫人に詰め寄った。
「ここには、いらっしゃいませんわ」
 夫人が怒ったように答えた。
「大臣、ここは病室です。少しお静かに――」
 そのときドアが開き、ダンブルドアがさっと入って来た。
「何事じゃ」
 ダンブルドアは、鋭い目でファッジを、そしてマクゴナガル先生を見た。
「病人たちに迷惑じゃろう? ミネルバ、あなたらしくもない――バーティ・クラウチを監視するようにお願いしたはずじゃが――」
「もう、見張る必要がなくなりました、ダンブルドア! 大臣が、その必要がないようになさったのです!」
 マクゴナガル先生は、怒りのあまり頬はまだらに赤くなり、両手はこぶしを握り締め、ワナワナと震えていた。
「今夜の事件を引き起こしたデスイーターを捕らえたと、ファッジ大臣にご報告したのですが」
 セブルスが低い声で言った。
「すると、大臣はご自分の身が危険だと思われたらしく、城に入るためにディメンターを一体呼んで自分に付き添わせると主張なさったのです。大臣は、バーティ・クラウチの居る部屋に、ディメンターを連れて入った――」
「ダンブルドア、私はあなたが反対なさるだろうと大臣に申し上げた! 申し上げたとも。ディメンターが一歩たりとも城内に入ることは、あなたがお許しになりませんと。それなのに――」
「失礼だが!」
 ファッジも、喚き返した。
「魔法省大臣として、護衛を連れて行くかどうかは私が決めることだ。尋問する相手が危険性のある者であれば――」
 しかし、マクゴナガル先生の声がファッジの声を圧倒した。
「あの者が――あの者が部屋に入った瞬間」
 彼女は全身を震わせ、ファッジを指差して叫んだ。
「クラウチに覆い被さって、そして――そして――」
 マクゴナガル先生が、何が起こったのかを説明する言葉を必死に探している間、皆は何が起こったのか悟ったようだった。青ざめた顔でマクゴナガルを見ていた。
「どのみち、クラウチがどうなろうと、なんの損失にもなりはせん!」
 ファッジが、怒鳴り散らした。
「どうせやつは、もう何人も殺しているんだ!」
「しかし、コーネリウス、もはや証言ができまい」と、ダンブルドアが言った。「なぜ、何人も殺したのか、クラウチはなんら証言ができまい」
「なぜ殺したか? ああ、そんなことは秘密でもなんでもなかろう? あいつは、支離滅裂だ! セブルスの話では、やつは、すべて例のあの人の命令でやったと思い込んでいたらしい!」
「確かに、ヴォルデモート卿が命令していたのじゃ、コーネリウス。何人かが殺されたのは、ヴォルデモートが再び完全に勢力を回復する計画の布石に過ぎなかった。計画は成功した。ヴォルデモートは肉体を取り戻した」
 ファッジは、誰かに重たいもので顔を殴りつけられたような顔をした。呆然として目を瞬きながら、ファッジはダンブルドアを見つめ返した。いま聞いたことが、にわかには信じ難いという顔だった。
 目を見開いてダンブルドアを見つめたまま、ファッジはブツブツ言いはじめた。
「例のあの人が――復活した? バカバカしい。おいおい、ダンブルドア――」
「セブルスはあなたにお話ししたことと思うが、私たちは、バーティ・クラウチの告白を聞いた。ベリタゼラムの効き目で、クラウチは、私たちにいろいろ語ってくれた。アズカバンからどのようにして隠密に連れ出されたか、ヴォルデモートが――クラウチがまだ生きていることをバーサ・ジョーキンズから聞き出し――クラウチを、どのように父親から解放するにいたったか。そして、ハリーを捕まえるために、ヴォルデモートが、いかにクラウチを利用したかを。計画はうまくいった。よいか、クラウチはヴォルデモートの復活に力を貸した」
「いいか、ダンブルドア」
 ファッジが言った。驚いたことに、ファッジの顔には微かな笑いさえ漂っていた。
「まさか――まさか、そんなことを本気にしているのではあるまいね。例のあの人が――戻った? まあ、まあ、落ち着け――まったく。クラウチは、例のあの人の命令で働いていると、思い込んでいたのだろう――しかし、そんなたわごとを真に受けるとは、ダンブルドア――」
「今夜、ハリーが優勝杯に触れたとき、真っ直ぐにヴォルデモートのところに運ばれて行ったのじゃ」
 ダンブルドアはたじろがずに言った。
「ハリーが、ヴォルデモートの蘇りを目撃した。私の部屋まで来てくだされば、私が一部始終お話しいたしますぞ」
 ダンブルドアは、ハリーのほうをチラリと見た。シルヴィアもそちらを見ると、ハリーは目を覚ましていた。ダンブルドアは首を横に振って言った。
「今夜は、ハリーに質問することを許すわけにはいかぬ」
 ファッジは、奇妙な笑いを漂わせていた。ファッジも、ハリーをチラリと見て、それからダンブルドアに視線を戻した。
「ダンブルドア、あなたは――あー――本件に関して、ハリーの言葉を信じるというわけですな?」
 一瞬、沈黙が流れた。静寂を破って、ブラックが唸った。毛を逆立て、ファッジに向かって歯を剥いて唸った。
「もちろんじゃ。私はハリーを信じる」
 ダンブルドアの瞳は静かに燃えていた。
「私は、クラウチの告白を聞き、優勝杯に触れてからの出来事をハリーから聞いた。二人の話によって説明がつく。バーサ・ジョーキンズがこの夏に消えてから起こったことのすべてが説明できる」
 ファッジは、相変わらず変な笑いを浮かべていた。もう一度ハリーをチラリと見て、ファッジは答えた。
「あなたは、ヴォルデモート卿が帰って来たことを信じるおつもりらしい。異常な殺人者と、こんな少年の、しかも――いや――」
「ファッジ大臣、あなたはリータ・スキーターの記事を読んでいらっしゃるのですね」
 ハリーが静かに言った。
 皆が驚いて飛び上がった。ハリーが起きていることに、気づいていなかったようだ。
 ファッジは、少し顔を赤らめたが、すぐに挑戦的な表情になった。
「そうだとしたら、どうだと言うのかね?」
 ダンブルドアを見ながら、ファッジが言った。
「あなたは、この子に関する事実をいくつか隠していた。そのことを私が知ったとしたらどうなるかね? パーセルタングだって、え? それに、城のいたるところでおかしな発作を起こすとか――」
「ハリーの傷痕が痛んだことを言いたいのじゃな?」と、ダンブルドアが冷静に言った。
「では、ハリーがそういう痛みを感じていたと認めるわけだな?」と、すかさずファッジが言った。「頭痛か? 悪夢か? もしかしたら――幻覚か?」
「コーネリウス、聞くがよい」
 ダンブルドアが、ファッジに一歩詰め寄った。
「ハリーは正常じゃ。あなたや私と同じように。額の傷痕は、この子の頭脳を乱してはおらぬ。ヴォルデモート卿が近づいたとき、もしくは殊更に残忍な気持ちになったとき、この子の傷痕が痛むのだと、私はそう信じておる」
 ファッジは、ダンブルドアから半歩後ずさりしたが、意固地な表情は変わらなかった。
「お言葉だが、ダンブルドア、呪いの傷痕が警鐘となるなどという話は、これまで一度も聞いたことが――」
「でも、僕はヴォルデモートが復活するのを、見たんだ!」
 ハリーが叫んだ。ハリーは、ベッドから出ようとしたが、ウィーズリー夫人が押し戻した。
「僕は、デスイーターを見たんだ! 名前を皆挙げることだってできる! ルシウス・マルフォイ――」
 セブルスが隣でピクリと動いた。
「マルフォイの潔白は、証明済みだ!」
 ファッジは、侮辱されたかのように感情をあらわにした。
「由緒ある家柄だ――いろいろと立派な寄付をしている――」
「マクネア!」と、ハリーが続けた。
「これも潔白! いまは、魔法省で働いている!」
「エイブリー――ノット――クラッブ――ゴイル」
「君は、一三年前にデスイーターの汚名で無罪になった者の名前を繰り返しているだけだ!」
 ファッジが怒った。
「そんな名前は、古い裁判記録で見つけたのだろう! とりとめもないことを。ダンブルドア――この子は去年も学期末に、さんざん途方も無い話をしていた――話が、だんだん大げさになってくる。それなのに、あなたは、まだそんな話を鵜呑みにしている――この子は蛇と話が出来るのだぞ、ダンブルドア。それなのに、まだ信用できると思うのか?」
「愚かな!」
 マクゴナガル先生が叫んだ。
「セドリック・デイゴリー! バーテミウス・クラウチ! この二人の死が、狂気の無差別殺人だとでも言うのですか!」
「反証はない!」
 ファッジの怒りもマクゴナガル先生に負けず劣らずで、顔を真っ赤にして叫んだ。
「どうやら諸君は、この一三年間、我々が築き上げてきたものを、すべて覆すような大混乱を引き起こそうという魂胆だな!」
 ファッジは、心地よい秩序によって守られた自分の世界が崩壊するかもしれないという状況を、頭から拒否し、受け入れまいとしていた――ヴォルデモートが復活したことを信じまいとしているのだった。
「ヴォルデモートは、帰って来た」と、ダンブルドアが繰り返した。
「ファッジ、あなたがその事実をすぐさま認め、必要な措置を講じれば、我々はまだこの状況を救えるかもしれぬ。最初に取るべき重要な措置は、アズカバンをディメンターの支配から解き放つことじゃ――」
「とんでもない! ディメンターを取り除けと! そんな提案をしようものなら、私は大臣職から蹴り落とされる! 魔法使いの半数が、夜に安眠できるのは、ディメンターがアズカバンの警備に当たっていることを知っているからだ!」
「コーネリウス、あとの半分は、安眠できるどころではない! あの生き物に看視されているのは、ヴォルデモート卿の最も危険な支持者たちだ。そして、あのディメンターは、ヴォルデモートの一声で、たちまちヴォルデモートと手を組むであろう。連中は、いつまでもあなたに忠誠を尽くしたりはしませんぞ、ファッジ! ヴォルデモートはあの者たちに、あなたが与えているよりずっと広範囲な力と楽しみを与えることができる! ディメンターを味方につけ、昔の支持者がヴォルデモートの下に帰れば、ヴォルデモートが十三年前のような力を取り戻すことを阻止するということは、至難の業になりますぞ!」
 ファッジは、怒りを表す言葉が見つからないかのように、口を開けたり閉じたりしていた。
「第二に取るべき措置は――」と、ダンブルドアが迫った。「巨人に使者を送ることじゃ。しかも、早急に」
「巨人に使者?」
 ファッジが甲高く叫んだ。舌が戻ってきたかのようだった。
「狂気の沙汰だ」
「友好の手を差し伸べるのじゃ、いますぐ。手遅れにならぬうちに。さもないと、ヴォルデモートが、以前にもやったように、巨人を説得するじゃろう。魔法使いの中で自分だけが、巨人に権利と自由を与えるのだと言って!」
「ま、まさか本気でそんなことを!」
 ファッジは息を呑み、頭を振りふり、さらにダンブルドアから遠ざかった。
「私が巨人と接触したなどと、魔法界に噂が流れたら――ダンブルドア、皆巨人を毛嫌いしているのに――私の政治生命は終わりだ――」
「あなたは、物事が見えなくなっている」
 ダンブルドアは声を荒らげていた。手で触れられそうなほど強烈なパワーのオーラを身体から発散していた。その目は再び燃えていた。
「自分の役職に固執しているからじゃ、コーネリウス! あなたはいつでも、いわゆる純血をあまりにも大切に考えてきた。大事なのはどう生まれついたかではなく、どう育ったかなのだということを、認めることができなかった! あなたの連れて来たディメンターが、たったいま、純血の家柄の中でも旧家とされる家系の、最後の生存者を破滅させた――しかも、その者は、その人生でいったい何をしようとしたか! いま、ここで、はっきり言おう――私の言う措置を取るのじゃ。そうすれば、大臣職に留まろうが、去ろうが、あなたは歴代の魔法省大臣の中で、最も勇敢で偉大な大臣として名を残すであろう。もし、行動しなければ――歴史はあなたを、我々が立て直そうとしてきた世界を、ヴォルデモートが破壊するのを、ただ傍観しただけの男として記憶するじゃろう!」
「正気の沙汰ではない」
 またしても後ずさりしながら、ファッジが小声で言った。
「狂っている――」
 そして、沈黙が流れた。マダム・ポンフリーが、ハリーのベッドの足元で、口を手で覆い、凍りついたように突っ立っていた。ウィーズリー夫人は、ハリーに覆い被さるようにして、ハリーの肩を手で押さえ、立ち上がらないようにしていた。他の皆はファッジを睨みつけていた。
「目を瞑ろうという決意がそれほど固いなら、コーネリウス。袂を分かつときが来た。あなたは、あなたの考えどおりにするがよい。そして、私は――私の考えどおりに行動する」
 ダンブルドアの声には、威嚇の響きは微塵もなかった。淡々とした言い方だった。しかし、ファッジは、ダンブルドアが杖を持って迫ってきたかのように、いきり立った。
「いいか、言っておくが、ダンブルドア」
 ファッジは、人差し指を立て、脅すように指を振った。
「私は、いつだってあなたの好きなように、自由にやらせてきた。あなたを非常に尊敬してきた。あなたの決定に同意できないことがあっても、何も言わなかった。魔法省に相談なしに、狼人間を雇ったり、ハグリッドをここに置いておいたり、生徒に何を教えるかを決めたり、そうしたことを黙ってやらせておく者はそう多くないぞ。しかも、あなたがこの私に逆らうというのなら――」
「私が逆らう相手は、一人しか居ない。ヴォルデモート卿じゃ。あなたも彼に抵抗するのであれば、コーネリウス、我々は同じ陣営じゃ」
 ファッジは、どう答えていいのか思いつかないようだった。しばらくの間、短い足の上で、身体を前後に揺すり、山高帽を両手でクルクル回していた。ついに、ファッジが弁解がましい口調で言った。
「戻って来るはずがない。ダンブルドア、そんなことは有り得ない――」
 セブルスが、左の袖を捲り上げながら、ダンブルドアの前に進み出た。そして、腕を突き出し、ファッジに見せた。ファッジが怯んだ。
「見るがいい」
 セブルスが厳しい声で言った。
「さあ、闇の印だ。一時間ほど前には、黒く焼け焦げて、もっとはっきりしていた。しかし、いまでも見えるはずだ。デスイーターは、皆この印を闇の帝王によって焼きつけられている。互いに見分ける手段でもあり、我々を召集する手段でもあった。あの人が、誰か一人のデスイーターの印に触れたときは、全員が姿くらましをして、すぐさまあの人の下に姿現しすることになっていた。この印が、今年になってからずっと、鮮明になってきていた。カルカロフの印もだ。カルカロフは、なぜ今夜逃げ出したと思う? 我々は、二人ともこの印が焼けるのを感じたのだ。二人とも、あの人が戻って来たことを知った。カルカロフは、闇の帝王の復讐を恐れた。やつは、あまりに多くの仲間のデスイーターを裏切った。仲間として歓迎されるはずがない」
 ファッジは、セブルスからも後ずさりした。頭を振り、セブルスの言ったことの意味がわかっていないようだった。印に嫌悪感を抱いたらしく、じっと見つめて、それからダンブルドアを見上げ、囁くように言った。
「あなたも先生方も、いったい何をふざけているのやら、ダンブルドア、私にはさっぱり。しかし、もう聞くだけ聞いた。私も、もう何も言うことはない。この学校の運営について話があるので、ダンブルドア、明日連絡する。私は省に戻らねばならん」
 ファッジは、ほとんどドアを出るところまで行ったが、そこで立ち止まった。向きを変え、大股で病室を横切り、ハリーのベッドの前まで戻って来て止まった。
「君の賞金だ」
 そっけなく言ったファッジは、大きな金貨の袋をポケットから取り出し、その袋をハリーのベッド脇のテーブルにドサリと置いた。
「一〇〇〇ガリオンだ。授賞式が行われる予定だったが、この状況では――」
 ファッジは山高帽をグイと被り、ドアをバタンと閉めて部屋から出て行った。その姿が消えるとすぐに、ダンブルドアがハリーのベッドのまわりに居る人々のほうに向き直った。
「やるべきことがある。モリー――あなたとアーサーは、頼りに出来ると考えてよいかな?」
「もちろんですわ」
 ウィーズリー夫人が言った。彼女は唇まで青ざめていたが、決然とした面持ちだった。
「ファッジがどんな魔法使いか、アーサーはよく知ってますわ。アーサーは、マグルが好きだから、ここ何年も魔法省で昇進できなかったのです。ファッジは、アーサーが魔法使いとしてのプライドに欠けていると考えていますわ」
「では、アーサーに伝言を送らねばならぬ。真実が何かを、納得させることができる者には、ただちに知らせなければならぬ。魔法省内部で、コーネリウスと違って先を見通せる者たちと接触するには、アーサーは格好の位置に居る」
「僕が、父のところに行きます」
 赤毛の青年が立ち上がった。
「すぐ、出発します」
「それは、上々じゃ。アーサーに、何が起こったかを伝えてほしい。近々私が直接連絡するからと。ただし、アーサーは目立たぬように事を運ばねばならん。私が魔法省の内政干渉をしていると、ファッジにそう思われると――」
「そのようにします」
 青年は、ハリーの肩をぽんと叩き、母親の頬にキスすると、マントを着て、足早に部屋を出て行った。
「ミネルバ、私の部屋で、できるだけ早くハグリッドに会いたい。それから――もし、来ていただけるようなら――マダム・マクシームも」
 マクゴナガル先生は頷いて、黙って部屋を出て行った。
「ポピー、頼みがある。ムーディの部屋に行って、そこに、ウィンキーというハウスエルフがひどく落ち込んでいるはずだから、探してくれるかの? できるだけの手を尽くして、それから厨房に連れて帰るように。ドビーが面倒を見てくれるはずじゃ」
「は、はい」
 マダム・ポンフリーも、驚いたような顔をしながら、出て行った。
 ダンブルドアは、ドアが閉まっていることを確認し、マダム・ポンフリーの足音が消え去るまで待ってから、再び口を開いた。
「さて、そこでじゃ。ここにいる者の中で二名の者が、お互いに真の姿で認め合うべきときが来た。シリウス――普通の姿に戻ってくれぬか」
 大きな黒い犬が、ダンブルドアを見上げ、一瞬で男の姿に戻った。ウィーズリー夫人が、叫び声を上げてベッドから飛び退いた。
「シリウス・ブラック!」
 夫人がブラックを指差して金切り声をあげた。ロンは声を張り上げた。
「母さん、静かにして! 大丈夫だから!」
 セブルスは叫びもせず、飛び退きもしなかったが、怒りと恐怖の入り混じった表情をしていた。彼に負けず劣らず嫌悪の表情を見せているブラックに向かって、「こいつ!」と、怒鳴った。
「こいつが、なんでここに居るのだ?」
「私が招待したのじゃ。セブルス、君も私の招待じゃ。私は、二人とも信頼しておる。そろそろ二人とも、昔のいざこざは水に流し、お互いに信頼し合うべきときじゃ」
 ブラックとセブルスは互いに、これ以上の憎しみはないという目つきで睨み合っていた。
「妥協するのじゃ」
 ダンブルドアの声が少し苛立っているようだった。
「あからさまな敵意をしばらく棚上げにするということでもよい。握手するのじゃ。君たちは同じ陣営なのだから。時間がない。真実を知る数少ない我々が、結束して事に当たらねば、望みはない」
 ゆっくりと――しかし、互いの不幸を願っているかのように睨み合ったが――ブラックとセブルスは歩み寄り、握手をした。そして、素早く手を離した。
 ――感動的な場面ね。
 シルヴィアは心の中で拍手した。
「当座は、それで十分じゃ」
 ダンブルドアが、再び二人の間に立った。
「さて、それぞれにやってもらいたいことがある。予想していなかったわけではないが、ファッジがあのような態度を取るのであれば、すべてが変わってくる。シリウス、君にはすぐに出発してもらいたい。昔の仲間に警戒態勢を取るように伝えてほしいのじゃ――リーマス・ルーピン、アラベラ・フィッグ、マンダンガス・フレッチャー。しばらくは、ルーピンのところに潜伏していてもらいたい。私からそこに連絡する」
「でも――」と、ハリーが言った。
「また、すぐ会えるよ、ハリー。約束する。しかし、俺は自分にできることをしなければならない、わかるね?」
「はい。うん――もちろん、わかります」
 ブラックは、ハリーの手を握り、ダンブルドアのほうに頷くと、再び黒い犬に変身して、ひと飛びにドアに駆け寄り、前脚で取っ手を回し出て行った。
「セブルス」
 ダンブルドアが、セブルスのほうを向いた。
「君に何を頼まねばならぬのか、もうわかっておろう。もし、準備ができているなら――もし、やってくれるなら――」
「大丈夫です」
 セブルスは、いつもより青ざめているようだった。何を頼まれたのだろう。そっと彼の腕に手を置くと、大丈夫だというように、セブルスは頷いた。
「それでは、幸運を祈る」
 ダンブルドアがそう言うと、セブルスの後ろ姿を、微かに心配そうな色を浮かべて見送った。セブルスはシリウスのあとから、無言で立ち去った。
「シルヴィア、君にはアーサーたちとは別に、魔法省の動向を探ってもらいたい。そして――もう一つの任務を覚えているね?」
 シルヴィアは頷いた。
「はい、もちろんです」
「これから、その任務がとても大事になってくる――君にしか頼めないことじゃ。心に留めておいてくれ」
「……わかりました」
 ヒールを鳴らしながら、医務室を後にする。ダンブルドアの言い方からして、セブルスは、何かとても重要な任務を負うことになるのだろうか。自室に向かいながら、シルヴィアはセブルスのことを思った。
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