確かに広い甲板へ二人は移動していた。計算していたのだ。
それからは一進一退の戦いで、クリークの方が優勢に見えた。しかし――。
「生きるか死ぬかの海賊の戦場じゃあ、一瞬でも死に臆した奴はモロく崩れる。少なくともあの小僧にためらいはない。生きるための装備か…死を恐れぬ信念か…」
結果、信念が勝った。
「ゴムゴムのォ!!!」
「あああああああ」
「大槌!!!!」
ドゴンと大きな音とともにクリークはヒレにぶつかる。
「やったぜ雑用ォオ!!!」
コックたちが雄叫びを上げる。ララもほっと胸をなでおろした。
「……クリークのかき集めた艦隊も武力、百の武器も毒も武力なら、あの小僧の”槍”も…同じ武力ってわけだ」
「槍…信念…」
「くだらねェ理由で…その槍をかみ殺してるバカをおれは知ってるがね……」
サンジのことだ、とララはすぐに分かった。
「何してる、さっさと助けてやれ。あいつは浮いちゃこねェぞ。悪魔の実の能力者は海に嫌われカナヅチになるんだ」
「!! バ…バカ野郎それを早く言えよクソジジイ!!!」
ジャケットと靴を脱ぎ、サンジは海に飛び込む。しばらくしてルフィを連れて上がってきた。
「ルフィくん大丈夫!?」
「たぶん大丈夫だろ…オイ、くたばるなよ」
バンバンとルフィの顔をサンジが叩く。ルフィとサンジが甲板に上がるのを手伝うと、クリークの声が聞こえてきた。
「おれが最強じゃねェのかァ!!! 誰もおれに逆らうな!!!!」
「やめて下さいドン!!!」
「そんなに叫んだら体が…!!!」
傍にいる手下たちが言うが、クリークは止まらない。
「今日まで全ての戦闘に勝ってきた!! おれの武力にかなうものはありえねェ!!! おれは勝ぢ…ガ…勝ぢ続ガ…ア!!! おれは最強の男だ」
ドムっと言う音とともにギンがクリークの腹に拳を入れた。
「ドン・クリーク…おれたちは敗けました。潔く退いてゼロからやり直しましょう。世話になったな、サンジさん…」
「おォ、おとといきやがれ」
「おい下っ端!! お前毒吸ってんだぞ猛毒っ!!」
「しかもてめェを殺そうとしたその男連れてどうしようってんだ!!」
いつの間に下にいたのか、パティとカルネが叫んだ。二人を無視してギンは言う。
「サンジさん…その人が目ェ覚ましたら言っといてくれるかい。『グランドラインでまた会おう』ってよ」
「お前…まだ海賊を…?」
「よく考えてみたら、おれのやりてェことはそれしかねェんだ。いつの間にかドン・クリークの野望はおれの野望になってたらしい…」
ガフっと突然ギンは血を吐いた。
「ギン!!」
「もしかしたら…おれはもうあと数時間の命かもしれねェな…時間がねェから覚悟が決まるってのも間抜けな話だが、いい薬だよ。今度はおれの意志でやってみようと思う…好きなように。そしたらもう逃げ場はねェだろう? 覚悟決めりゃあ、くだらねェこと考えなくて済むことを、その人に教えてもらったよ……!」
サンジはじっとギンを見つめ、言った。
「パティ、カルネ! こいつらに買い出し用の船やれ」
「何ィ!!? バカかてめェは!!」
「おれたちの買い出しはどうすんだよバカ野郎!」
「いいから出せ!!!」
怒鳴ったサンジに、二人は泣きながらも船の方に走っていった。
「打算っつーのかね……ためらいとか……」
ギンがふと呟く。
「あ?」
「そういうのバカバカしく思えてくるぜ。その男見てると…!!」
指差された当のルフィはすかーっと寝ている。確かに、とララは思い、笑みを漏らした。
パティたちが持ってきた船にギンは仲間たちを積み上げ、じゃあなとこちらに挨拶する。
「ありがたくもらってくよ。返さなくていいんだろ? この船」
「返しに来る勇気があったら来てみろよ。ザコ野郎」
サンジの返事にギンは笑った。
「おっかねェレストランだな」
「おーよ、脳みそに打ち込んどけ。ここは戦う海上レストラン『バラティエ』だ!!」
皆がうおーっと雄叫びをあげる中、ララは笑ってギンに手を振る。彼もまた手を振り返してくれた。
「パティ、こいつを俺の部屋に運んでくれ」
ギンの船が見えなくなると、サンジがルフィを指差しながら言った。パティはルフィを抱え、階段を上っていく。
「ルフィ君もそうだけど、みんなの手当てもしないと……包帯足りるかな」
「ララ、おれたちは自分でやるから大丈夫だ」
「雑用とサンジの手当てを優先してくれ」
「……おれは大丈夫だ」
そう言ってサンジは立ち上がる。しかし助骨を何本か骨折しているはずだ。ララは声をかける。
「だめ、手当てしなきゃ」
こっち、とサンジを連れてララの部屋に行く。タオルを渡すと、サンジの服をクローゼットから出した。シャツを脱いだサンジの腹には、痛々しい痣が多くあった。上下を着替え、ベッドに腰掛けたサンジに、ララはしゃがんでそっと抱きついた。
「ララ……?」
「……サンジはね、自分の優先度が低すぎるの」
先ほどの光景がよみがえり、ララは涙を浮かべる。サンジは誰よりも優しい。けれど一番大切にしてほしい人には、優しくない。
「サンジが死んだら悲しむ人がいるってこと、忘れないで……今度あんなマネしたら、許さないからね」
「…………」
落ちてこない声に、ララは不安になって顔を上げる。サンジは少し驚いたようにこちらを見つめていた。目が合うと、彼はふっと微笑み、ララの頭を撫でた。
「……わかった。ごめんな、ララ」
ううん、と首を振り、サンジから離れる。ララは持ってきた救急箱を開けた。
20180314
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