一之瀬くんは、あの子を想って笑う。その笑顔はとても綺麗で、わたしはいつも思うの。いいな、と。わたしがどれだけ一之瀬くんを想っても敵わない。わたしが一之瀬くんと出会ったころにはもう、彼の心には彼女がいた。
親の転勤でアメリカに引っ越してきたわたしに、はじめてできた友達が、同じ日本人である男の子、一之瀬くんだった。英語も話せずクラスで孤立していたわたしに、退院してきた一之瀬くんが気さくに話し掛けてきてくれた。そこからわたしは一之瀬くんと仲良くなり、その一之瀬くんを通してクラスメートたちと仲良くなったのだ。わたしにとって一之瀬くんはキラキラと輝いて見えた。同じ日本人なのに、一之瀬くんは英語が得意で、サッカーが得意で、人と話すのが得意だった。一之瀬くんは眩しくて、わたしの憧れだった。わたしが一之瀬くんを好きにならない理由なんてなかった。
「ライオコット島で、秋に告白しようと思う」
だけど一之瀬くんには彼女がいた。一之瀬くんは、わたしと出会う前から、秋ちゃんという女の子が好きだった。わたしは一之瀬くんの話の中でしか知らない女の子だったけど、彼女の話をする一之瀬くんはとても嬉しそうで、幸せそうで、一之瀬くんにこんな笑顔をさせる秋ちゃんは、とても素敵な人なのだろうとわたしは思っていた。実際、少し前に再会したという秋ちゃんの写真を見せてもらったときは、本当に可愛くて優しそうな子だなと思った。
秋ちゃんに嫉妬の気持ちがなかったと言ったら嘘になる。秋ちゃんを想う一之瀬くんを見ていて、悲しくなったことは沢山あった。だけど秋ちゃんを想う一之瀬くんはすごく優しい表情をするから、だからわたしはわたしの初恋は失恋でいいと思っていた。だからわたしは笑えた。
「がんばれ」
笑って言えた。目頭が熱くなっても、泣かずに笑えた。一之瀬くんが幸せならそれで良かった。
◆ ◆ ◆
フットボールフロンティアインターナショナルの本戦が行われる場所は、ライオコット島という島だった。テレビにかぶりつくように見つめたそこには、一之瀬くんがいた。一之瀬くん、かっこいいなあ。そう思いながら、みんなでアメリカのチームを応援した。その一方で、わたしは秋ちゃんを探した。日本代表の中にいるはずの、マネージャーの女の子。一之瀬くんの好きな人。わたしは彼女をすぐに見つけた。そしてわたしはすぐにわかった。
「なまえちゃん、どうしたの?」
一緒にテレビを見ていた友達が怪訝そうな顔をしてそう言った。わたしは泣いていた。失恋しても、一之瀬くんが秋ちゃんのものになると知っても泣かなかったのに、泣いてしまった。わたしは秋を想う一之瀬くんがどんなに優しい顔をするかよく知っている。だから一目でわかってしまったのだ。
彼女は、秋ちゃんは一之瀬くんではない別の人に恋していた。きっとこの、日本の代表選手のキャプテンに。
「こ…ごめん。目にゴミが、入っちゃって」
ずっと思ってた。一之瀬くんは秋ちゃんといつか付き合うのが当たり前のことだと。でもそれはわたしの考えに過ぎなくて、秋ちゃんには秋ちゃんの選択がある。だから一之瀬くんはフられてしまうこともあるわけで、それがどうしようもなく、悲しかった。
「一之瀬くん……」
彼には悲しい顔は似合わない。
◆ ◆ ◆
全てを終えてアメリカに帰ってきた一之瀬くんは、沢山辛いことがあったはずなのに、以前と変わらなかった。怪我のこと。試合に途中までしか出られなかったこと。秋ちゃんのこと。辛いはずなのに一之瀬くんは笑う。そんな一之瀬くんを見ているのは辛かった。
「ねえ一之瀬くん」
だから声をかけた。本当は、わたしごときが気にかけるようなことじゃなかったのかもしれない。放っておいてあげた方が、良かったのかもしれない。それでもわたしは放っておけなかった。
「何?なまえ」
「………あのね」
何を言っても、きっとわたしには彼の心を癒せない。だけど伝えずにはいられなかったのだ。
「好きだよ」
そんなわたしの言葉に一之瀬くんは一度呆然として、それから、視線を落として、またわたしと向き直った。わたしは目を逸らさなかった。ずっと彼を見つめていた。
「好きだから、あなたの悲しみも痛みも受け止めるよ。…ねえ、我慢しないで」
そう言って抱きしめれば一之瀬くんはわたしの腕の中で少しだけ身じろぎをして、それからわたしにありがとうと言って泣いた。ごめんな。一度だけ言われたその言葉に、何故かわたしもまた泣いてしまった。
/ならばあなたを包む毛布になろうか