親と娘の無償と信疑




「アニス! 怪我はないかい?」

傷だらけのパパはそう言って、自分の傷よりもあたしのことを心配する言葉をかけた。

「まあまあアニスちゃん。そんな言葉何処で覚えてきたの?」

ぼろぼろになったママはそう言って、パパとママを殴った借金取りに「月夜ばかりと思うなよ」と吐き捨てたあたしを悲しそうに窘めた。





親と娘の無償と信疑





そんな言葉何処で覚えてきたの?って、思い当ることがないみたい不思議そうに、そんなこと言わないでよ。

まるで自分には何も責任がないみたいに、あたしが汚い言葉を使ったことを悲しむのは止めてよ。

何度も何度も聞いてきた、借金取りの口汚い罵倒や脅迫を覚えてないの?

ついさっき借金取りが怒鳴ってた言葉も忘れたの?

あんな大声が、直ぐ近くにいたあたしの耳に届かなかったと思ってるの?

あたしが人を罵ることに悲しんでいるのなら、今まで負わされた傷を覚えてないの?

ついさっき借金取りが振るった暴力も忘れたの?

借金取りがパパとママを殴っているのを見て、あたしが憎まないでいられると思うの?

借金取りがパパとママを罵って殴っているのを見て聞いて育ったあたしが、綺麗なものしか知らず人を憎まない純真な子でいられるわけないじゃない。

あたしを言葉遣いが綺麗で人を罵ったりしない子でいさせたいと思うなら、そんな言葉や憎しみを覚えたことが悲しいなら、どうしてその原因になっている借金や保証人になるのを止めようとは思わないの?

パパとママは自分が傷つくことを厭わない。

自分が傷だらけの時にだって、自分よりあたしや人のことを心配してる。

……でも、傷付いた、傷付けられたパパとママを見て、あたしがどんな気持ちを抱くのかは気にしてくれない。

怪我はないかって? 確かに『今は』怪我はないよ。

さっきの奴等はあたしが譜術で攻撃してやってから怯えて逃げるようになったけれど、何度もそんなことを繰り返していれば、そのうちあたしを恨んで復讐する奴だって出てくるかもしれないし、腕の立つ用心棒を抱えている借金取りにあたることだってあるかもしれない。

譜術道場を覗いて覚えただけでちゃんと習ったわけでもなく、酒場で働いているから訓練に時間をとれるわけでもないあたしの腕なんかじゃ、いくら術との相性が良くても敵わない相手はいくらでもいるってことくらい、あたしだってわかってる。

そこまでいかなくても、できることならこのクソガキを酷い目に遭わせて仕返ししてやりたいって恨みの籠った目で見られたことは一度や二度じゃない。

それでも、パパとママが傷付いたり、酷い脅され方をしているのを見れば、後の禍根に気付いていても攻撃してでも追い払わないわけにはいかなかった。

他人を罵る言葉、脅かす言葉、卑しむ言葉、向けられる憎悪と害意、そんなものを覚えようとしなくても覚えてしまうほどに繰り返される環境で、あたしは育ってきた。

ついさっきのように、家の周りに借金取りが集まっているのも、パパと、時にはママまで殴られて傷ついてぼろぼろになっているのも見慣れて、『払えねぇってんなら、目でも内臓でも、売れるもん全部売って金を作れ!』とまで脅される声も聞き慣れて。

貧民街の中でも特に貧しい掘っ立て小屋のこの家も、パパとママが今まで人にあげたり奪われてきたお金があったら、もっと環境のいい街中に移ることもできたのに。

お姫様が住むような広くて豪華なお城やお屋敷じゃなくてもいい、冬の寒さにこんなにも身が凍えることのない家に住みたかった。

パパとママが借金取りに脅かされることも、殴られることもない生活がしたくて、でもそんなことさえあたしにとっては、本当に夢のようなものだった。

玉の輿に乗りたいなんて夢のようなことを言うのは、贅沢がしたいわけじゃなかった。

玉の輿というほどお金のある相手じゃなければ、パパとママの止まない借金を補うことなんてできっこないから、大人になって普通の収入をあたしが稼げるようになっても、稼げる相手と結婚しても、そんな生活なんてきっと手に入らない。

あたしが酒場でお皿を洗ってなんとか稼いだお金だって、何かあった時のためにとできるだけ渡さないようにしてはいるけれど、それでもパパやママが連れて行かれそうになったりすれば、借金取りの脅しや噂で聞く借金取りに連れて行かれた人達の末路を思い出せば、パパやママをそうしないために後で渡さない訳にはいかなくて、すぐになくなってしまう。

今の稼ぎじゃとても足りない、節約して切りつめても全然足りない、大人になってもっと稼げるようになってもきっとあたしひとりの収入じゃ追いつかない。

もっとお金が欲しい、もっともっと稼げる手段が欲しい、稼げるならいっそ危険なことでも……と悩んで、我に返って思い直して……。

お金、お金、お金、あたしは何時も何時もお金のことを考えてる。

考えなければ、考えてどうにかしなければ、でもいくら考えても稼いで返しても追いつかなくて。

でもパパとママは、お金を人にあげて、借金の保証人なって、詐欺にあって、あたしがそういう奴等を疑う言葉なんて聞いてくれるどころか窘めて。

あたしがパパとママにお医者さんに診てもらうように言うと、お支払いするお金がないからって断るけれど、だったらどうして殴られて怪我をするような、目や内臓を売れとまで脅されるような借金を重ねるのよ。

パパやママはあたしが稼いだお金は自分のために使いなさいって言うけれど、パパやママが借金を重ねて、そのために酷い目に遭わされるのが分かってるこの状況じゃ、そんなことあたしにはできないのに、もしもできたとしてもその後にパパとママに何かあったら苦しい思いをすることになるのに、そんな風に微笑んであたしのためを思っているみたいに言わないでよ。

本当はあたしの教育に関心なんてないくせに、口だけで関心を持ってるふりをするのはやめてよ!

いつもいつもその場しのぎの上辺だけで、先のことなんて考えてくれない、過去のことなんて忘れたみたいに。

あたしの気持ちも、安全も、命さえも、本当はどうでもいいって思ってるんじゃないの!?

あたしの言葉遣いや態度がどんどん荒れていっても自分のせいだと悔いることも、これからはそうならないように改めることもないくせに!

もしもあたしがパパとママを守るために攻撃した借金取りに仕返しされて本当に怪我をしたり、代わりに返せって危険な仕事をさせられたりいやらしいことをされたり、稼ぐために非合法なことに手を出して捕まったとしても、パパとママはそのままなんじゃないの!?

もしかしたら、あたしが殺されてしまったとしても……そんな風に、パパとママを想う気持ちさえ荒れていって、憎くなって、心の中で罵るようになっていた。

あたしが稼いだお金をパパとママのために使おうとするのを優しそうにあたしのために使いなさいと止めることも、借金取りへの罵倒を何処で覚えてきたのと悲しそうに窘めることも、あたしのためなんかじゃなく上辺だけの取り繕いで、かえってパパとママのあたしへの無関心を鮮明にしているようで、何もかもが疑わしく見えていく。

パパとママはあたしに無償の愛情を注いでくれていると思っていた、それももう信じられなくなってしまいそうで。

それとも人を信じて疑わず無償で助け続けるパパとママは、あたしのことも、何があってもパパとママを見捨てずに無償で愛し続けると信じて疑ってないの?

あたしは、パパとママに無償の愛は抱けない。

パパとママは何も返って来なくても、お金も食べ物さえも人に分け与え続けているけど、あたしは違う。

愛情を行動で返してほしい、口だけ上辺だけじゃない本当に愛されているという実感が欲しい。

あたしは、パパとママを疑わずにはいられない。

パパとママはいくら詐欺にひっかかっても、連帯保証人になって逃げられて借金を背負わされても人を疑わずに、あたしがパパとママに近づいて怪しい話をもってくる奴等を疑うと『アニス、人を疑ってはいけないよ』と窘めるけれど、あたしは違う。

根拠もなくパパとママを疑うわけじゃない、あたしだってパパとママを信じたい。

でも信じるには足りなくて、疑わしいものがばかりが増えていって。

これ以上、あたしのパパとママへの愛情をすり減らさないで。

あたしは愛し返してくれない、例え愛しているとしても行動で返してくれないパパとママを、何時までも愛せるわけじゃない。

この馬鹿夫婦、なんて心の中で向けている罵りが、本気の軽蔑と憎しみになる前に、どうか、どうか……。




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