聖女の仮装と美化の中の、あからさまな魔女の姿は




「もう! 黙って良い子にしていなさいと、何度言ったら分かるのよこの子は!?」

ティアは幼い我が子をそう叱りつけながら、服の裾を握りしめる小さな手を振り払った。

ティアがガイと結婚したのは、六年前のことだった。

当時のガイはガルディオス伯爵として貴族復帰していたため、ティアも伯爵夫人として内心憧れていた特権階級としての暮らしを期待していたのに、ほどなくヴァンとの共犯や情報隠蔽などの過去の行いを問題にされたり新たな揉め事を起こして没落し、平民のガイ・セシルに戻ってしまった。

既に妊娠していたティアは別れるわけにもいかず、結婚に反対していた祖父の所に出戻ることもできず、今もこうしてガイの妻として、ティア・セシルとして暮らしている。

傭兵として身を立てているガイの給料は安くはなかったが、ほんの一時とはいえ伯爵夫人だった頃の生活を忘れられないティアには何もかも不足に思えた。

それだけでも不満なのに、子供が生まれると育児のストレスが上乗せになり、ガイの前ではなんとか取り繕いながら、不在の間は募らせた苛々を爆発させるのがティアの日常になっていた。

今日もまた、玄関前で出かけようとするティアは、縋りつく甘えん坊の息子に苛立っていた。

「黙りなさいと言っているのがわからないの! 直ぐに帰ってくるから、それまで大人しく昼寝でもしていなさい!」

隣家に聞こえないように声を抑えてまた叱ると、息子は今度はぐすぐすと泣き出してしまう。

それが鬱陶しくて苛々して、また激発しそうになったティアは、ふと思い付いた考えに歪めていた顔を綻ばせた。

「寝なさいと言って……そうだわ。寝ないなら眠らせればいいんだわ」

眠らせる力が自分にはある、聖女の血と共に受け継がれている。

かつてそうしてきたように、邪魔な相手は眠らせて、動けなくしてしまえば邪魔をされずに済む。

敵ではなくても、弱々しい相手にでも、守るべき相手にでも、これなら大丈夫。

だってこの歌は──────。

「まったく、どうしてもっと早く思い付かなかったのかしら? 最初からこうしていれば、夜泣きの時も苦労しなくて済んだのに……」

これで出かけられるし、これからは息子の駄々に苦労させられることもなくなる。

そう思うと浮き立った気持ちになり、心の中で便利な歌を伝えてくれた始祖に感謝を捧げると、『深淵へと誘う旋律』を口ずさみながら再び門へと歩いて行った。

直ぐに後ろでバタンという音が聞こえ、今までのように息子が追いかけて縋ってくることも、泣き声や駄々をこねる声を聞くこともないのに満足して、ティアは弾むような足取りで門から出て行った。






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