某日、深夜。

 闇夜にとろけるように人影が二つ消える。その直後、爆発するような警報音とすさまじい光が迸った。


「くそっ、どこ行きやがった! ついさっきまでここにいたんじゃないのかよ!?」

「第一部隊は引き続き正面入り口を、第二第三部隊は反対側を確認急げ!」


 豪奢な屋敷の周りをばたばたと大勢の人間が走り回る。

 その物々しさは屋敷の周辺だけでなく距離的に少し離れたところまで聞こえていた。騒ぎを聞いて屋外に出てきた人々ははばかるようにあたりを見回しながら、周囲の人々と声を潜めて話し合う。慌てて家から飛び出してきた男も、手近にいたフードの男に話しかけた。


「とうとう俺らの領土にも“カゾク”が来たんだな……」

「ああ。こう言っちゃなんだが、レムストン子爵家は“カゾク”の格好の獲物だっただろうしな……」

「あんた、早く家に帰ってきておくれよ! 子供たちが起きちまうよ」

「おっと、悪い悪い。明日は忙しくなるだろうし、俺たちも早く寝ちまわないとな」


 どことなく嬉しげな表情で男は言うと、自宅へと帰っていく。それを皮切りにして周りの人間たちも徐々に落ち着きを取り戻し、自分たちの住処へ帰っていった。

 そんな中、先ほど自宅へ帰った男と会話をしていたフードの男は住宅群を抜け、少しずつ森のほうへと歩を進めていく。そうして周囲に人気がなくなったことを確認すると、静かにフードを外す。


「ニィ、ムツキ。いるよなァ?」


 それに呼応して、茂みから二つの人影がまろび出た。一人は自信満々に、もう一人はゆるやかに男の前に立つ。


「はいよ、兄貴。レムストン子爵家が前領主ノラクティア子爵家から不当に奪い取った宝玉、ティアドロップってのはこれであってるだろ?」

「あァ、間違いねえ。ご苦労だったな」

「奪い取ったものを奪い取られたからってあんなに大騒ぎして情けないなの。しかもあんなガバガバの警備でムツキたちを捕まえようなんて笑止千万なの」

「言ってやるな。人間ってのはそういうもンだし、何より俺たちを知っててその程度の対応しかできない相手なんだから、言うだけ無駄ってもンだぜ」


 “カゾク”を知らないのであれば、よほどのバカか国外の人間だ。“カゾク”に狙われるのであれば、よほどの業突く張りか悪人だ。

 アイマルク王国にはそのように語られる窃盗団がいる。

 構成人数や活動場所などの詳細は不明だが、狙う相手が不正や強奪、その他さまざまな“悪評”を抱えた人物に限られるということから、大っぴらには表現できないものの一般階級の人間からは人気がある。その悪評のある人間から盗んだものも、ほとんどが持つべき者の元に返ってくるため、一部では窃盗団ではなく義賊であると呼ばれることもあるくらいだ。

 どんな身分の高い人間が警戒して包囲網を張ろうと、どんな金持ちが警備を山ほど雇おうと、彼らはすんなり目当てのものだけを奪い去り逃げおおせてしまう。

 そんな彼らが元々、アイマルク王国のスラムで生活していた孤児たちだと知っている者はいない。


「よし、これをノラクティアに返しに行くのはまた今度にしとくぞ。今すぐ行こうもんなら足がついちまう」

「そうだな、そろそろ俺たちがそういう行動するってのも知れてきてるし」

「じゃあまたサンガ兄ちゃんに返却に最適な時期を計算しておいてもらうの。それはそうと、ムツキおなか空いてきたの。おうちに帰りたいなの」


 マイペースなムツキに笑いながら、兄貴と呼ばれた男――イチヤは隣に立つ青年、ニィの頭をくしゃくしゃと撫でる。うわっ、と照れたように声を上げるニィから手を離し、イチヤはくいっと森の反対側を指さした。


「アジトでシリュウとイツキがメシの準備をしてる。今日はお手柄だったからな、たっぷり食えよ」

「やったなの〜!」


 無邪気に喜ぶムツキとニィの手を取り、イチヤは嫣然と微笑む。

 ぴ、ぴ、ぴ。

 無機質な機械音が三度鳴り、三度目の音に合わせて一瞬強い光が迸る。しかしその次の瞬間には三人の姿はその場から消えていた。


「おわっ!」

「ただいま〜なの〜!」


 ずてん、というオノマトペをここまで体現したこけ方はないだろう。森から一瞬でアジトまでテレポートした三人のうち、ニィだけが腹から床に落ちた。その上に軽々と着地して彼を足蹴にしたムツキは廊下の奥へかけていく。少し離れたところに着地したらしいイチヤは苦笑しながらニィを助け起こした。


「お前は仕事になったらあんなに運動神経もいいのに、普通にしてるとどンくせぇなあ」

「うう……返す言葉もない」


 それでも昔のお前と比べたらマシだな、とイチヤに言われたニィは気恥ずかしさと妙な誇らしさを感じつつ、ムツキの後を追って廊下の奥、リビングに向かう。

 扉を開ければ暖かな照明と、少ないながらもセンスのいい家具が置かれた空間が姿を現す。

 そこには四人の人間がいた。

 一人目は先ほどニィとイチヤに先んじて走っていったムツキ。線が細く一見すると可憐な少女に見えるが、れっきとした男である。

 その隣に二人目。ムツキとよく似た雰囲気だが顔かたちはそこまで似ていない。線の細い少年のように見えるが、彼女は女だ。ムツキと双子のように育った少女、イツキである。

 キッチンのほうから顔をのぞかせる三人目がかつての女児、シリュウだ。女性らしく成長しつつある美しい少女だが、今現在はおたまを片手に立っているため家庭的な雰囲気が強い。

 シリュウの奥で配膳を手伝っている少年が四人目、かつての男児だったサンガである。眼鏡をかけた知性的な雰囲気の彼は扉を開けた二人に気づくと声変わりしてすっかり落ち着いた声で「おかえりなさい」と言った。


「ただいま、みんな」

「おー、ただいま。ちゃンと迎えにいったぞ」


 キッチンにいるシリュウ以外は二人に駆け寄ってくる。その相手をしながら二人は部屋の中に入っていく。


「腹減ったー、シリュウ、今日のメシなに?」

「今日は寒いからシチュー。でも先に手洗ってきて。じゃないとニィには食べさせないから」

「イチヤ兄さまおかえりなさいなの。お外寒かった?」

「ただいまイツキ、ちょっと冷え込ンでる感じはあるな」

「あ、じゃあ後でムツキお布団追加しておくなの。サンガも手伝ってほしいの」

「ああ、分かったよ。ムツキだけだと高いところのものが届かないだろうから」


 がやがやとにぎやかになったリビングに笑い声が響いた。

 イチヤ、ニィ、サンガにシリュウ、イツキとムツキ、これで六人。

 これがアイマルク王国を騒がせる窃盗団、“カゾク”の全メンバーであり、孤児だった彼らが構成するちょっと変わった家族でもある。




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