俺たちは生ゴミみたいに扱われながら生きてきた。親に見捨てられた奴もいれば、商人に売れ残りとして処分された奴もいた。ありとあらゆる路地裏が家で、ありとあらゆる廃棄物がおもちゃで、そしてそこに暮らすありとあらゆる奴らが家族だった。どれだけ価値のないものとして扱われたって、俺たちは家族のために生きていく必要があった。


「強くなって、俺たちの生活をひっくり返してやろう」


 いつだったか、兄貴はそう言った。俺の隣には弟と妹がいた。


「今俺たちがいくら吠えたって、なンにも変わらねえ。路地裏で生きてる汚いガキの言葉なんて届くわけねえからな」

「でも兄貴、強くったってどうやって? 兄貴の言う通り、僕たちは路地裏育ちの子供だよ。真っ当な生まれの奴らみたいに強くなれって言われたって、そんなの……」


 隣で妹も居心地悪そうに頷く。弟が心配そうに言ったその言葉を聞いて、兄貴は笑った。


「なアに、簡単なことだ。真っ当に……正道とやらがダメなら、俺たちは生まれを活かして邪道にやってやりゃいいのさ」


 悪戯小僧のように笑った兄貴は困惑した様子の弟と妹の頭をクシャクシャと撫で、それからその隣にいる俺を見た。下二人に向けるのとよく似た、それでいてもう少し不躾なその視線は俺を対等に見ている時の兄貴のくせだ。何か意見を求められている。俺は頭をフル回転させて、そしてたった一つ、思い当たった可能性を口にした。本当であればとんでもないことをしようとするな、と内心若干怯えながら。


「発言力のあるオトナって連中は……学があったり、弁の立つ連中だ。表舞台にいて、認知度がある。それらしいことを言うと、周りの奴らがついてくる」

「……続けろ」


 ニヤリと兄貴の笑みが深まる。


「俺たちには学も弁も立てる舞台もない。前二つは環境がないと難しいけど……認知度だけなら邪道でもできることは山ほどある」

「例えば?」

「……悪名。やり方はなんだっていいけど、悪名なら学の有無は関係ない」


 俺の答えに兄貴はいっそう笑みを深めた。その上で「五十点だ」と辛辣な点数をつける。どうも俺の答えは半分ほどの正答率らしい。


「悪名だけじゃ動かせる人数に限りがあるだろうが。いつの世の中だってマジョリティさえ味方につけりゃどうとだって動けるって歴史が証明してる。ただ大多数を味方につけるためには悪名だけじゃ足りねエ」


 兄貴の言葉に考え込む。俺たちのようなガキでも大多数を味方につける方法。悪名だけではないということは、もう少し要素が必要なのだろうが今ひとつピンとこない。弟も頭は捻っているものの明確な答えはなさそうだ。

 その奥、先ほどまでむっつりと黙り込んでいた妹が顔をあげた。どことなく高揚したような声色で言葉を紡ぐ。


「悪名に……ストーリー性があればいいの?」


 兄貴の手が妹の頭を鷲掴みにする。そのまま乱暴すぎるほどぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、妹は情けない声を上げた。言葉を聞いたはいいが、未だに理解が及んでいない俺と弟の方を見て兄貴は口を開く。


「世間にいる連中はな、自分よりも下位の人間が必死に戦う様を哀れむ。弱いものが強いものに果敢に挑む様は物語に記される量も段違いだからナ。その上で、戦う相手が大衆よりも強いものであればなおいい。自分たちがどうしても倒せないものを、自分たちよりも弱いものが倒す。……こんなにわかりやすい娯楽はないだろ?」


 それはどうしようもないほど甘美な誘惑。俺たちのようなはぐれものが、虐げられてきた人とも扱われなかったやつらが、自分だけは安全だと思ってるはるか上層の人間を蹴散らす。

 夢物語でしかないと普段なら一蹴できるそれが魅力的なのは、他でもなく発言者が兄貴だったからだろう。

 俺たちと同じようにして生まれながら、溢れるほどのカリスマ性を持ち、自分一人が生きていくにも苦しい中で俺を、弟を、妹を家族と呼んで育ててくれた男。

 認められたい気持ちも、報いたい気持ちも、兄貴がすごいのだと知らしめたい気持ちも、全てがごちゃ混ぜになって俺たちの背中を押す。


「……じゃあ、俺に考えがある」


 へえ? と兄貴が面白そうに片眉を上げた。


「いいぜ、ニィ、言ってみな」


 俺たちは生ゴミみたいに扱われながら生きてきた。だから学も無ければ才もない。兄貴の言う“世の中の連中のゴラク”になるほどできそうなものなど、一つしか思い浮かばなかった。


「……上の連中が大事にしてるものを、盗む。その日暮らしのメシとかじゃなくて、もっと価値のあるものを今より賢く盗むんだ」


 俺の言葉に兄貴は一つ「ふむ」と唸ると顔を上げた。


「窃盗団か……得意分野で勝負できるってのは悪くねエ」


 そして弟と妹に目線を投げると「サンガ、シリュウ」と彼らを呼んだ。


「サンガ、今よりも計画的に盗めそうなもののリストアップを始めろ。シリュウは窃盗団の名前と、サンガのリストアップから俺らのストーリーの軸を作れ。御涙頂戴できそうな、とびッきりのやつをな」


 弟妹が頷く。俺も頷く。兄貴は……イチヤは俺たちの顔をぐるりと見渡すと、よォしと声を上げた。


「やるぜ、お前ら。俺たちの底力、見せてやろうや」



 この日、生ゴミみたいだった俺たちはようやく人として産声を上げた。

 俺たちの窃盗団ーー“カゾク”はこうして始まったのだ。





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