「あらぁ! あんた毎週毎週こんな店ばっか来て、他に行くとこないのかい!」
「酷いわおばさん、そんなこと言ってあたしが来なかったら来なかったで寂しいくせに!」
「なんだい、あんたときたら可愛くない子だねえ!」


 ケラケラと軽い調子で笑った小太りの女将は、毎週甘味を食べにくる少女にメニューを手渡す。この店のメニューはほぼ網羅しているのではないかというほど、少女はこの店に通い詰めていた。それを示すように少女はメニューを見ることなく「今日はクリームあんみつが食べたいわ」と女将に注文する。オフスダールではまだ珍しい東の国の甘味を提供する店だが、路地の奥でひっそりと営業していることもあってか客の姿はまばらだ。大通りに出店すれば有名になる店だとは思うが、土地代等を考えればこの路地奥のほうが都合がよいのだろう。噂でこの店の存在を知ったもののみが来店できる、所謂穴場の店である。

 女将は注文を終えた少女からメニューを受け取ろうとした。しかしその時少女の後ろにもう一つ、小さな影があることに気づく。


「あら?」


 声を上げた女将に対し、少女は「ああ」と得心が言ったように言った。どうも自分の身長で後ろの人物が見えていないことに気づいていなかったようである。

 少女は一歩後ろに下がると、自身の後ろにいた小柄な人物を女将にもよく見えるように前に出した。少女をもう一回り二回り小さくしたようなサイズのその人物はもじもじとしながら女将の前に出る。帽子を目深にかぶっているため顔立ちははっきりとわからないが、わずかに見える頬から顎にかけてのラインはどこかぞっとするような造形伸びを感じさせる。

 身に着けているものもその人物の魅力を引き立てていた。麻の生地だが仕立ての良さが伺えるクリームベージュのシャツに、濃紺のショートパンツ。腰回りが細いためか、サスペンダーが華奢な体からずり落ちそうなショートパンツをかろうじて支えているといった印象だ。そのうえ太ももの中ほどまで伸びた同色のソックスに包まれた足は生まれたての草食動物と見紛うほどに細い。全体的に肉付きはほとんどない、“細い”というよりは“薄い”という印象を与えるような体つきである。しかしながらその姿には得も言われぬ美しさがある。そうして目前の少女の髪色と同じ溌溂とした印象を与えるキャスケットから僅かに覗く髪は、美しい夜闇の色であった。

 女将は思わずその彫像のような美しさにほう、と息をつく。


「あらあらまあまあ! オリヴィア、あんたどこの“お坊ちゃん”を連れてきたんだい!」


 嬉しそうな女将の声に少女――オフスダール王国近衛兵長たるオリヴィアはニッと笑みを返した。いたずらの成功した子供のような笑顔のまま、言葉を続ける。


「退屈そうにしてたもんだから、家から連れてきてやったのよ。あたしの親戚でリアンっていうの」






§3 姫と騎士とのお忍びデート






 リアンと呼ばれた少年はぺこりと女将に礼をする。何も言わずに礼をするあたりが少年らしい気恥ずかしさや緊張を感じさせたのだろう、女将はそれ以上何も言わなかった。目元が蕩け切っていたので口を開けば可愛い可愛いと褒めそやすだろうからちょうどいい。


「リアン、あんた何が食べたい?」


 オリヴィアが声をかけるとリアンはきょろきょろとあたりを見回すようなしぐさをする。首をかしげるオリヴィアだったが、その背後から低い声がした。


「……メニューを」
「ひっ!」


 驚いたのかリアンが声にならない悲鳴を上げる。人の気配を感じていたオリヴィアはなんてことはないという風に振り返ると、声をかけてきた男性に笑いかけた。


「おやっさん、リアンはあたしと違って気配察知できないんだから事前に声かけてやってよ」
「む……驚かせたか……すまない……」


 白い割烹着に身を包んだ大柄な男性は心なしかしょんぼりとした表情でそう言うとリアンの手にメニューを渡す。オリヴィアの腰元にしがみついて怯えた様相をしたリアンを怖がらせないようにしたのか、あるいはそのリアクションに傷ついたのか。彼は店の奥、厨房のほうへと消えていった。オリヴィアのお気に入りである“可愛い甘味”を出すこの店のすべてのメニューを監修・提供しているパティシエは彼であるが、リアンにそれを知る由はない。オリヴィアも最初は強盗かなにかと見間違うような店主の姿に度肝を抜かれたものである。実際は甘味と小さな生き物とフリルを好む可愛らしいオヤジなのだが。


「ほらリアン、あとでおやっさんに謝ってあげなさいよ。あの人ああ見えてあんたの反応に傷つくくらいには繊細なんだから」
「きゅ、急に言われたって分かんないよ」


 細い声でリアンが答える。鈴を転がしたような、という慣用表現はこういう時に使うのだろうと女将はその声を聴きながら思う。落ち着いた声色に聞こえるけれど、どこか心をざわつかせるような響きを孕んでいる。不思議な声だが気味の悪さはなくただただ心地よい。オリヴィアの親戚だと言っていたが、彼女の溌溂として小気味いい声とはまた異次元の美声である。


「で、どれを食べるの? あたしはクリームあんみつにするって朝から決めてたけど」
「これ、どれがおいしいの? わ……ボク、わかんない」
「え? あー、そうね。あんた甘いものオンリーだと途中で飽きるもんねえ……」


 鼻先が触れそうなほど近い距離でメニューを眺める二人はどう見ても似ていない。しかしそのリラックスしきった親密な様子は彼らの中の良さを感じさせた。遠縁の親戚なのかしらね、と一人で納得した女将は二人から視線を外し、他の客の応対を始める。

 その様子を横目で見ていたリアンはふうっと溜息をついた。


「……まさかこういうことをさせられるとはね」
「あら、あんたは素の話し方が楽でしょう? まさか周りの人間もこんなナリでそんな喋り方をしている人間があんただとは思わないでしょうし」


 リアン――男装したルーシェリアはその言葉にもう一度溜息をつく。キャスケットの中に団子状にして束ねた髪を入れているため、外目からは髪の短い少年のように見えているだろう。細身で女性らしい体つきには程遠いということもあって服装を変えるだけで少年と言い張って通るようにはなっている。
 加えて彼女の生来の話し方が少年らしいことも男装を選んだ要因である。彼女は姫君としての話し方は心得ているものの、裕福な家の娘や一般的な町娘の話し方はほとんど知らない。そのような姿に変装したとて無理をすれば必ずぼろが出る。ならば最初から少年のような話し方をさせて少年の装いをさせたほうがよほどリスクは少なかった。加えてほとんどの人間は“ルーシェリアは生粋の姫君である”と思っているのだから、よもや男装に賛成するような人間だとは思っているまい。人間は“そうかもしれない”と思っていれば気づける変化であっても、“そんなことはないだろう”と思っていると気づかないものである。


「さっさと注文決めちゃって。今日の目的地はここだけじゃないんだから」


 どことなく楽しそうにオリヴィアは言う。城を出るまでは渋っていたが、気持ちが休暇に切り替わりつつあるのだろう。いつもの彼女より声のトーンもわずかに高い。

 楽しそうな恋人の様子を見せられてずっと文句を言い続けるほどルーシェリアは子供でもなかった。親戚の子ども扱いをされているし、なんなら男扱いもされているのだが、まあいいだろう。普段なら二人っきりになってもデートの話はおろか惚れた腫れたの甘さもない。それに比べればこうして二人きりで出かけることができているのだから十分すぎるといえた。


「うーん、じゃあオリヴィア、ボクが好きそうなのを選んでよ。好みは知ってるでしょ?」


 げぇ、と見るからに面倒くさそうな顔になったオリヴィアに、追撃のように「お願い」と微笑みかける。本人は隠しているつもりのようだが、彼女がルーシェリアのお願いに弱いことなど百も承知である。どの角度で見上げながらどのような声色で声をかければ自分の提案に対してオリヴィアが頷くのかを、ルーシェリアはよく知っていた。いつも凛々しい(ように見えている)恋人の甘さなのでルーシェリア自身は気に入っている。本人に言うと二度とお願いを聞いてくれなさそうなので絶対に言わないが。


「ええー……そうねえ……」


 面倒くさそうな口調と態度をしているが、なんやかんやとメニュー名を挙げてはああでもないこうでもないと考えこんでいる。こういうお人好しで、自分に甘いオリヴィアの姿が可愛いんだよなあとルーシェリアはにこやかに笑った。ふと顔を上げたオリヴィアには「何ニヤニヤしてるのよ、ちょっと気持ち悪いわよ」と言われてしまったが、気にするほどではない。

 オリヴィアはルーシェリアに団子の盛り合わせを頼んだらしい。甘いだけのものだと飽きてしまうから、という配慮のもとで選ばれたそれは東国料理でよく使われるショーユと砂糖でできたたれがかかっていたり、アンコなる甘く煮た豆を纏わせていたりと見目も悪くない。美しいものを好み、味の変化を好むルーシェリアに提供するにはまず間違いのない品であろう。添えてある飲み物も紅茶ではなく、リョクチャという向こうの飲み物だ。原材料は紅茶と同じだと聞いているが、香りも色合いも全く違う。


「いい香りだね……落ち着く香りがするよ」
「そうでしょう!?」


 ルーシェリアの言葉にオリヴィアは思わずといったように反応した。驚いて目を見開くルーシェリアを気にもせず、「団子と合わせて食べてみてよ、緑茶の香りが際立つから!」とはしゃいでいる。

 知り合ってからすでに3年になるが、こんなにもはしゃぐオリヴィアを見るのは初めてである。ルーシェリアは彼女にしてはたいそう珍しく、おっかなびっくりしながらたれのかかった団子の串を手に取った。

 とろり、茶色とも金色ともつかないたれが若干焦げ目の付いた団子から垂れてくる。これはどう食べるものなのだ。おろおろとオリヴィアのほうを見れば、彼女は先に出された自分の分の緑茶を飲みながら親指を立てた。そのままいけ、ということだろう。普段王城で食事をするときには口を大きく開けてものを食べたりしない。ナイフやフォークで小さく切り、できる限り口を開けずに済むようにして食べるのがマナーだと言われていた。しかしここには小さく切るためのものもなければ、気にしなければいけない周囲の目というものもない。


(たれが零れそうだ……)


一度皿に団子を着地させ、零れそうなたれを団子に絡めなおす。そうしてそのまま、串の先端にある団子にかぶりついた。

ほにゃん。団子を噛み切るために差し入れられた歯と唇はそんな触感をルーシェリアに伝えてきた。思ったよりもよほど柔らかく切れたのに、団子の中はもちもちとして弾力が強い。じわじわと甘みが舌の上に広がっていく。これは団子の味かと認識した次の瞬間、鼻腔を香ばしく、どこか懐かしい甘さを感じる香りが走り抜けていった。

たれだ。ショーユというのは聞き及んでいたように大豆から作られる調味料らしく、どこか煮豆と似た香りがする。しかしどうしたことだろう、砂糖が入っているからだろうか? 塩辛さはなくまろい旨みだけがとろみとともに口の中に残っている。


「リアン」


 呆然としたまま団子を食べていたルーシェリアをオリヴィアの声が現実に引き戻す。ふらふらと顔を上げれば、ニヤリと口角を上げた彼女の顔がそこにあった。稽古の跡が垣間見える、タコだらけの指がルーシェリアの湯飲みを指さす。


「それ、飲んで」


 リョクチャ。さわやかな香りがする暖かな飲み物をほんの少し口に含む。口の中にあったとろみと旨みはリョクチャによって喉の奥へ押し流されたが、代わりと言わんばかりに清廉な香りが口内を満たした。さながらフライ料理の合間のパセリ、クリームがふんだんに乗ったケーキに添えられたミント。あっさりとした香りに支配された口の中は再びあのまろい旨みを欲している。

 一瞬、「行儀が悪いかな」と思った。けれどすぐに思い直す。「今の自分はルーシェリア・オフスダールではなく、オリヴィアの親戚であるリアンという少年」なのだから、少々行儀が悪くともオリヴィアに叱られなければそれでよい。

 手が伸びる。口が大きく開いて団子をかじり取る。たれが零れそうになるのもお構いなしで夢中になって口に運ぶ。緑茶を飲んで一息ついてはすぐに次の串にとりかかる。ルーティン化したようなその動きにオリヴィアは目を細め、自分の前に運ばれてきたクリームあんみつに手を付け始めた。

 享楽の時間は十五分にも満たなかっただろう。二本ずつ盛られていたみたらしとあんこの団子は串だけを残すのみとなっていた。ふーっと長い息を吐いたルーシェリアは無意識のうちにぺろりと口の周りを舐める。唇には旨みが残っているような気がしたのだ。普通に考えればそんなはずはないのに、行儀が悪いと叱られそうなことなのに、やらずにはいられなかった。


「満足したかしら」


 声をかけられて目の前にオリヴィアが座っていたことを思い出す。そちらを見やれば彼女はたいそう嬉しそうに笑っていた。その笑顔に素直な感想が口から零れる。


「あと二セットは食べられそうだよ」
「あらまあ」


 オーバーなリアクションで肩をすくめたオリヴィアはルーシェリアの口の端―それは先ほど彼女が舐めたのとは反対側の口の端―を紙ナプキンで軽く拭く。


「口の端にあんこをつけても気づかないくらい気に入ったならよかったわ。ここ、あたしのお気に入りの店なの」


 機会があったらあんたもまた来たらいいわ。そう言ってオリヴィアはたいそう美しく笑った。ルーシェリアの母である王妃が時折ルーシェリアに対して浮かべるのとよく似た、見守るような笑みである。途端に気恥ずかしさが襲ってきてルーシェリアはキャスケットを目深にかぶりなおした。陰になれば多少なりとも赤くなった頬は隠せるだろうと思ってのことだったが、おそらく目の前に座っているオリヴィアには隠しきれていないだろう。彼女がくつくつと喉の奥で笑っている音がした。


「さて、二セットも食べちゃあこのあとの流れに触りがあるからこの店はここまでよ。おばさん、お会計お願い!」


 はいよぉっと威勢の良い声が厨房の奥から聞こえてくる。手慣れた手つきで財布を取りだしたオリヴィアは「ここはあたしのおごりね」とルーシェリアにウインクをした。テーブルまでやってきてカルトンを差し出した女将はオリヴィアの出した金額から数枚の小銭をとると、そのままオリヴィアに返す。


「あら、なんなの?」


 わずかに眉根を寄せるオリヴィアに対し、女将はからからと明るく笑う。


「なあに、うちの人がね。あの坊ちゃんはあんなにも美味しそうに俺の団子を食べてくれる、嬉しい、お代はそれで十分だって言って聞かないのよ。……坊ちゃん、悪いんだけどねえ。お代の分だと思って、厨房のほうに一言声かけてくれるかい」


 女将の言葉にきょとんとしたルーシェリアはオリヴィアを見上げる。その視線を受けたオリヴィアは彼女を見返すと、「ほらリアン、大きな声でお礼を言うのよ」と軽く背を押した。


「他人の親切は素直に受け取っておきなさい。自分を好ましく思ってくれている相手からの親切はなおのこときちんと受け取って、それに対して感謝の念を伝えることを怠ってはいけないわ」


 オリヴィアの言葉にこくりと頷く。生まれた時から父と母以外に高位の人間を持ったことがない自分と違って、上下関係を重んじる王国騎士団や近衛兵団に身を置くオリヴィアのこういう発言は聞き入れるようにしているのだ。曽祖父や祖父なら「目下の人間が目上の人間に教えをたれるような身の程を弁えない行為をするものではない」と叱るかもしれないが、もうこの世に存在しない人間のことは気にする必要もあるまい。オリヴィアの教えはルーシェリアが気づかないような深みを持っていることがあるのだ。

 すうっと息を吸う。キャスケットがずり落ちないようにつばを抑え、大きく口を開けた。


「お団子、美味しかったです! ボクみたらしがすごく好きだから、また食べにきたいです! ごちそうさまでした!」


 朝とは違う、演技ではない本気の声が出る。がなり声のようにも聞こえる大声は厨房にも聞こえたらしい。店内と厨房を仕切るのれんの隙間からいかつい顔がひょこりと覗いた。


「……こちらこそ、美味そうに食ってもらえて嬉しかった。どうぞ、ご贔屓に」


 ふわり、店主の顔が緩む。目尻が下がり切り、どこに目があるのかわからないくらいに笑んだ店主の顔はたいそう幸せそうであった。

 ルーシェリアの左胸の奥がきゅうっと締め付けられたように熱を帯びる。思わず胸元を抑えれば、隣にいたオリヴィアが肩を抱いて支えてくれた。


「おばさん、おやっさん、ごちそうさま! また来るわ!」
「あーあー、いいよ。またおいで」


 軽い調子でそう言ったオリヴィアは「ほら、リアン行こう」とルーシェリアの手を取った。手をつないだまま路地へ出て、大通りから一本入った細い道を進んでいく。そうして店から店、路地から路地を進んでいった。

 オフスダール名産の砂糖漬けにした果物を出す店や、硝子か宝石かわからない石のはまったアクセサリーを出す露店、若い女性たちがこぞって向かう甘い飲み物のスタンドに、小さな子供があつまる駄菓子屋……。どこもルーシェリアが視察として見たり入ったりことはあっても、客として訪れたことのない場所ばかりだった。

 どれほど歩いただろうか。真上にあった太陽が傾きだしたころ、人気の少ない丘まで来たオリヴィアは立ち止まり、後ろを見た。キャスケットを目深にかぶったままでうつむいたルーシェリアの表情は見えない。そのキャスケットの上からオリヴィアはわしわしと乱暴なほど大きな動きで頭を撫でる。その乱雑さにルーシェリアは何も言わない。


「ルーチェ」


 名前を呼べばルーシェリアはゆっくりと顔を上げた。

 笑いだしそうな口を必死に曲げて、いまにも零れそうなほど目のふちには涙がたまっている。その表情をなんと形容するのが正解なのか、オリヴィアにはわからない。だから思ったことをそのまま伝えてみることにした。


「本音での感情のやり取りって王城だと難しいけど……こういうことができるのって、結構気持ちいいでしょう?」
「……はは、気持ち良すぎてどうにかなっちゃうところだったよ」


 少々震えた声ではあったが、ルーシェリアははっきりと言い切った。満足げに笑んだオリヴィアは「あなたの国になるのよ」とルーシェリアに語りかける。


「あんたはこれから、あの気のいいおばさんやおやっさん、ウエイトレスのお嬢さんだの怪しい露店の店主だのが生きるこの国を背負って立っていくの。楽しそうでしょう?」


 その言葉にルーシェリアも笑みを浮かべる。


「最高。市民の声はその都度リヴィが知らせてくれるってわけだ」
「バカ。サボらずあんたがいくのよ。実地調査よ」


 軽く頭を小突いたオリヴィアは、ルーシェリアが繋いだ手に力を込めたのを感じた。が、何も言わずにただ握り返すにとどめる。


「……じゃ、実地調査のお供はわたしの騎士に頼むとしようかな」


 伺うようにこちらを見上げるルーシェリアの瞳が、夕日を反射して赤く燃えている。仕方がないなぁ、と言おうとした口が閉じる。美しい瞳だとオリヴィアは見とれた。自然と頭が下がり、片膝をつく。


「――我が姫君の御心のままに」


 握った手の甲に忠誠の口づけを落とす。逆光の中、ルーシェリアの瞳だけが煌めいている。

燃えるような夕闇の中で2つの影がゆらゆらと揺れていた。
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