真昼の星 | ナノ

編み込みポニーテイル

体育祭といえば今も昔も変わらず運動部が最も輝く行事ではないだろうか。
部活動を引退した高校3年生の彼らも例外ではなく、後輩たちの声援を受けながら競技に臨んでいた。


「……いやあ、みんなタフだねえ」


ぐったりとした様子で天音は声を上げる。
その隣、甲斐甲斐しく彼女の体をうちわで扇ぎながら美子は言葉を返した。


「そうだねえ、特に来栖さんは……」
「ゆいつん、特別足が速いってわけじゃないんだけど、体力すごいから…かっこいいですなあ……」
「うん、本当にかっこいいね来栖さん」


彼らの視線の先には自慢の脚力と跳躍力でいとも簡単に障害物をクリアし、颯爽とゴールテープを切る少女がいる。
チームカラーの鉢巻をリボンのように編みこんだポニーテイルを揺らした結菜は観客席のほうを見て、天音と美子に大きく手を振った。
ひらりと手を振る天音と美子の動きに合わせて彼女たちの編みこみポニーもゆらゆらと揺れる。
その様子に後輩の女子から「ゆいせんぱーい!」と熱いコールが飛んでいた。


「うわ、天音死にかけてんじゃん」
「かげちゃん、カイコーイチバンでそれぇ?うざぁ〜……」
「うざーじゃないだろ。……ほら。陣内さんも」


汗をぬぐいながら二人に近づいてきたこかげは美子と天音にペットボトルに入ったスポーツドリンクを手渡す。
熱中症になんぞ、と自身もスポーツドリンクを飲むこかげに美子は慌てたように礼を言った。
別に大したもんじゃないしと言いつつ、ぐったりと座り込む天音のほうに視線を向けたこかげは大きく1つため息をつく。


「いや、ペットボトルのふたぐらい開けろ?」
「開かないんだよぉ……」


ぱきゅ、軽い音と共に空いたペットボトルを返せば天音は哺乳瓶でも抱えるように両手でペットボトルを持ってスポーツドリンクを飲み下していく。
一通り飲み終わり、息を吐いて彼女はようやく光の戻った目をこかげに向けた。


「第一、屋外で体育祭っていうのがもうすでにきついんだよ……」
「安堵さん、意外と体力ないんだね……?」
「おーおー、そりゃもう。筋力ないし体力ないし睡眠取らないと死ぬし、結構厄介だぞ天音は」
「かげちゃん言いすぎじゃない?」
「事実だろ」


ばっさり切り捨てたこかげの後ろ、爽やかな笑みを浮かべた結城と頬を上気させた結菜が帰ってくる。
気が付けば障害物競走は終わり、次の競技が始まっていた。


「ありゃ〜天音ちゃんちょっとバテてるね」


ちょっと待ってな、と言うが早いか結菜は自分のバッグをごそごそと探り、手慣れた様子で使い捨ての保冷パックをとりだして拳を叩きつける。
徐々に冷えてくる保冷パックをくるくると手持ちのタオルで包み、それを天音の首にかけた。
ひんやりとした感覚に天音は思わず目を細める。

「ほぉぉ……ちべたい……」
「さすが来栖さん、用意がいいね」
「まー、天音ちゃん結構すぐしんどくなっちゃうの知ってるからね」
「さすがオカン……」
「こかげくん!?聞こえてるからね!?」


きゃあきゃあと騒ぐ結菜とこかげに目をやっていた結城は穏やかに笑む。
その笑顔に背後から黄色い悲鳴が上がったが、彼はそれには気にも留めず目の前にいる美子のほうを見やった。


「陣内さんも髪型変えたんだ?」
「えっ……う、うん。安堵さんと、来栖さんと、おそろい……」


いつもは三つ編みにしている豊かな黒髪を高い位置で結んだポニーテイルに触れ、美子は恥じ入るように笑う。
普段はあんまりしないんだけど高校3年の体育祭だから、と言えば結城もうんうんと頷いた。
そうして。


「普段と雰囲気が違うけど、よく似合ってるよ。とってもかわいいね」


そんな女殺しの文句を息でも吐くように軽やかに口にする。
すぐに頬を真っ赤に染め上げた美子の隣、回復してきた天音は「ヒュゥ〜」と口で言った。
ちなみに彼女は口笛が吹けない。


「なるちゃん、それなんてナンパ?」
「ナ……?いや、僕は事実を述べただけだよ?」
「ひぇ、あ、あの、あ、あり、ありが……ありがとう……」
「うん?」


なんでありがとうなんだろう?と小首をかしげる結城は本当に目の前の美子の顔色に心当たりがないのか不思議そうな顔をしている。
少なくとも美子は結城に対して好意を口にしたことがあったはずなのだが……おそらくとぼけているわけではなく、それとこれとが結びついていないだけなのだろう。
好いた男に自分の変化を褒められるというのはどんな女でも嬉しいということに気が付かないのだから、鈍感は罪である。
その証拠に呆れた様子でこかげは結城の脇腹を軽く殴るし、そんなこかげとじゃれていた結菜はすぐさま美子の隣に戻ってきて「大丈夫、あれは悪気があるわけじゃない」とフォローを入れていた。


「痛いよ〜白羽くん」
「物理の痛みで済んでありがたいと思えよ、マジで」
「ええ……?」
「なるちゃん頭いいのにお馬鹿なんだよな〜」
「ええ!?安堵さんまで、なんでそんなこと言うの……」


若干しょげた様子の結城の背中をばしばしと叩いて「ムチはツミだね!」と天音は笑う。
こかげは意味分かってねえんだろうなあと独りごちたが、その声は幸いにも天音には届かなかったらしい。


――プログラム23番、クラブ対抗リレーに出場する生徒は待機2番に集合してください――


そんな放送を聞いて、天音は大きな声を上げる。


「あ!たーいへん、ゆいつん、かげちゃん、あたし次の競技写真撮りに行かなきゃいけなかったんだ!でも一人で行くの怖いなーついてきてほしいなー」
「えっ?でも天音ちゃん、さっきまで結構普通に」
「お、いいじゃん。というわけで王子、ちょっと陣内さんと話しといてくれよ」


さっきまでのへばり具合はどこへやら、ゴム鞠のような勢いで天音は立ち上がるとカメラを構えて結菜とこかげのもとへ走り寄る。
ニヤニヤと笑うこかげは天音のへたくそな演技の意味が分かっているのだろう、そんな言葉を結城に向ける。
ようやく合点がいったらしい結菜も「ああ」と頷き、美子のほうに向きなおった。


「陣内さん、せっかくだから、ね?」
「あ、あうぅ……」
「だいじょーぶだいじょーぶ!ここちゃん、はいっ、すまーいる!」


ぱしゃり、軽い調子でシャッターが切られる。
引き攣ったような表情を浮かべていた美子はそのテンションに押し切られる形で微笑んだ。
その様子をほほえましそうに眺めていた結城の耳元にこかげが何事かを囁く。
真剣な顔でそれを聞いていた結城は一度こかげの顔を見ると「なるほど」といつになく真面目なトーンでそう言った。


「ま、あとはなんとかしろよ」
「ありがとう白羽くん!お礼に今日の夕飯は僕が作るね!」
「ばっ、ヤメロ!今日泊まるなんて一言も言ってないだろ!」
「え、来ないの?」
「行くわ馬鹿!その顔やめろ俺が悪いみたいだろ!」
「おーいそこの夫婦漫才のツッコミ、そろそろいくよぉ」
「夫婦じゃねえよ!」


半ギレで自分たちの元に走ってくるこかげを見て結菜は「いやあれはどう見ても夫婦漫才でしょ」と言い、更にこかげはヒートアップして否定する。
その二人の背中を押しながら振り向いた天音は美子に向けてぱちんとウインクをした。
「が・ん・ば・れ」と丁寧に口パクを残して3人はぎゃあぎゃあと競技場のほうへ向かっていく。

後に残された美子は何をがんばればいいの、と半ば呆然としながらそこに立っていた。
そんな彼女に結城は再び話しかける。


「陣内さんは何に出るの?」
「あ、このあとは玉入れに……安堵さんと来栖さんも一緒に……」
「そうなんだ。頑張ってね」
「う、うん……」


照れてしまってまともに会話ができない美子を結城はじっと見つめる。
視線は感じるのだろう、おそるおそる自分のほうに顔を向けてきた美子に穏やかに微笑んだ。
その笑顔がどれほどの殺傷力を持つのか本人だけが知らない。
美子は可哀想なくらい真っ赤になり、それを察したのだろう、あわてて自分の顔をタオルで覆った。
あまりの勢いにポニーテイルがゆらり。また揺れる。


「あ、陣内さん」
「こ、今度はなんでしょうか……?」


タオルから目元だけを覗かせた美子は思ったより近い位置にあった結城の顔にひゃあ、と声を上げると僅かに後ずさる。
まっすぐに美子と目を合わせ、結城は言葉を紡ぐ。


「             」


ぽひゅん、という効果音が最も似つかわしかっただろう。
その言葉を聞いた途端、美子は顔どころか首から真っ赤になってその場に座り込んだ。
慌てて抱きかかえようとする結城を手で制しながら。


「もう、成瀬くん、それはずるいよ」


そう言って、照れたように笑った。
彼女の熱が伝播したのか、僅かばかり、結城の頬も色味がさしていたのは気のせいではあるまい。





「そういえばこかげくん、結城くんに何か言ってなかった?」
「お?おー言った言った」
「なに?今日の夕飯はハンバーグが食べたいって話?」
「ちげーよ!つかなんで俺が王子の家に泊まりに行くみたいな話の流れなんだよ!」
「「いつものことだからじゃん」」
「ハモんな!」


疾走する生徒たちの写真を撮る天音とその後ろに付き添う結菜とこかげはそんな話をしている。
同学年の生徒たちが「また安堵が両親引き連れてんぞ」「いや父親は成瀬ほったらかして何してんだ」などと口々に言いながら通過していくが、わりといつものことなので3人ともスルーしていた。


「で?かげちゃん結局なんて言ったの?」
「別にお前らに話しても面白くねーけど」
「面白いか面白くないかじゃなくてさ。陣内さんになんか悪いこと言うようにとか言ってないでしょうね?」


言わねーよ!オカンかよ!と突っ込むこかげに結菜は「こかげくんのそういうとこに関してはお母さんくらいの勢いないとダメでしょ!」と反論する。
ぐう、と言葉に詰まり、しばらくの間を開けて。


「別に大したことは言ってねえよ」


そう呟き、それでも聞きたそうな顔をしている2人にため息をついてこかげは口を開く。
寸分たがわず、先ほど結城の耳に入れた言葉を。



「『さっきの言葉は本心だよ、似合ってる』って、それくらい言ってもいいだろ」




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