真昼の星 | ナノ

何時かの君へ

昔から写真を見ることが好きだった。
撮るのが好きというわけではなく、ただただ、見ているのが好きだった。
写真を通してその人の考え方とかものの見方みたいなものが見える気がして、それが楽しかったのだ。

そんな調子で一番写真というものに興味があったころ、とあるホームページによくアクセスしていた。
今となってはもうほとんど更新されることは無くなってしまったけれど――撮った人の心が伝わるような、そんな写真が多かった。
「ソラ」さんという人が運営するそのホームページから、私生活はまったくというほど見えなかった。

ただ撮られる写真の一枚一枚から、ソラさんが日々を必死に生きているのだろうということは分かった。
それはどんな美しい花であっても、息をのむような夕暮れであっても、どことなく追い詰められたような感覚が漂っていたからだ。
美しい花の上で無造作に死んでいるハチだとか、息をのむような夕暮れの下部に映りこんだ壊されたマンションだとか。
ソラさんの写真は一見すると美しいものが多いのに、細部をよく見ると「死」を連想させるようなものが写りこんでいる。

上手な写真を撮る人だと知っていた。
だからこそ、ソラさんがこんなにも悲しい写真を撮る理由が知りたかったし、心から幸福な写真を撮ってみてほしかった。
自分も若かったから、幸せな風景をとることがソラさんの倖せに直結する、という思い違いをしていた節もあるけれど。

コメントも何もないまま、ただ淡々とあげられていく死を孕んだ写真。
ソラさんのそんな写真も好きだったけれど。
でもやはり本心を言えば、幸せな写真が見たかった。

たった一度だけ、そんな思いからコメントを送ったことがある。


【素敵な写真ですね】


たった一言、なんのひねりもないコメント。
ソラさんからそれに対してコメントがあるわけではなく、また淡々と写真があがるだけのホームページになっていたが。
果たしてあの人は、自分のコメントを見てくれていたのだろうか。


そんなことをふと思い出したのは、珍しく、夢で見たからだった。
昔の出来事を整理するために見た夢だと否が応でもわかるような夢で、思わず笑ってしまう。
そういえばソラさんのホームページはあのコメントをしたきり、ほとんど行かなくなってしまった。
今頃どうしているのだろう。もうホームページなんてものは閉鎖してしまっただろうか。

出来心でお気に入りの一覧からソラさんのホームページにアクセスしてみる。


「――あ!」


思わず声が漏れた。
ソラさんのホームページは更新されていた。
自分の訪れが無くなった後も、時折日付が大きく開くことこそあれど、あれから途切れることなく更新されていた。

最新の日付に至っては、昨日だ。
どんな写真なのだろう、あれから数年経ったソラさんは死を孕む景色を切り取っているのだろうか。
カチリ、左クリック。
写真が展開される。

そこには青空を背景にして嬉しそうにはしゃぐ5人の学生たちが写っていた。
年齢的には高校生ぐらいだろうか、見知らぬ制服を着ていた。

そのうちの一人、きらきら、瞳いっぱいに光を溜めこんで笑う少女に目を惹かれる。
はつらつとした印象を与える笑顔の中、愛おしそうな目だけがレンズ越しに観客に向けられていた。
写真を撮る側の人間の眼差しだと感じる。

「ああ、この人がソラさんだ」。
そんな確信が体の中を巡った。

この写真は変わらず美しい。
今まで見つけていた死を孕む空気はどこにもない。
ただ純粋なまでに生を謳歌する写真。
かつて見たいと焦がれたものがここにあった。


「笑えるように、なったの……」


彼女が今まで笑っていなかったなんて、憶測だ。
気持ちの悪い、ネット上の妄想だ。
けれど確かに写真を見ながら、「ソラさんには幸せに笑っていてほしい」と感じていたのだった。
それを唐突に思い出した。

呆けたように写真を見ていた目線が、写真に添えられた文に止まる。





いつかの誰かへ
あなたがこれを見ているかはわからないので、これは私の独り言です
「素敵な写真ですね」
この言葉を覚えていてくれているでしょうか
なんてことのない一言だったかもしれないけれど、私にとって特別な言葉です
あのとき、この8文字にどれだけ救われたか、きっとあなたは知らないでしょう
あなたが私を見留めてくれたから、私はこれからもこの道で頑張っていこうと思います
写真を撮る時、いつもあなたのくれた言葉を思い出します
ありがとう、いつかの分も含めて、本当にありがとう
ソラ





熱いものが頬を伝っていく。
届いていたのだと、数年越しに知った。
自分の思いはソラさんに、思いもしないほど強烈に届いていた。
数年を経てもなお、彼女の原動力になるほど。こんなにも幸せな写真が撮れるほど。
あの時のたった一言が、彼女の世界を変えていた。

指が動く。
キーボードを軽やかにたたく。
万感の思いを込めて、ただ一言。





ヴーヴーヴー

バイブレーションの音に少女は反応し、するりとスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。
すいすいと慣れた様子で画面に触れて、先ほどの通知の内容を確認する。


「……律儀なひとだなあ」


それから、照れたように、ぽつりとそう呟いて笑った。
彼女が電源を落としたその画面には無機質な文字では語りきれない思いを込めた言葉が表示してあったのだ。




―――――今も昔も、私はあなたの撮る素敵な写真のファンですから。











何時かの君へ















安堵天音が「初めて見留め」られ、その数年後、その誰かが安堵天音に「認め」られる話でした。




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