▽ scent(ロー)
「ローさんっ、居ますか?」
イヴはそう言ってローの部屋の扉をコンコンと叩いた。
部屋の中から「ああ」と返事が来たので扉を開けた。
ローはベッドの背に凭れかかかって本を読んでいた。
「ローさんの本借りようと思って。良いですか?」
「ああ」
許可を得たイヴはローの本棚に向かった。どれを読もうかと本たちを眺める。殆どは医学書ばかり。だが、イヴの目に止まったのは違う本達だった。
「小説もあるんですね」
「ミステリー物だがな」
「へー。読んでみようかな」
「女が読んで面白いかは分からないぞ」
「ものは試しですよ。たまには医学書以外のものも読んでみたいと思ってたところですし」
イヴは本棚から小説の本を取り出した。
「じゃあ部屋に戻りますね」
「ここで読んでいけ」
「この部屋でですか?良いですけど……」
「ここでだ」
ローは両足を開いてそこを指差した。
「ローさんの腕の中でですか?」
「そうだ」
「邪魔になりません?」
「ならねェよ」
「大丈夫なら……」
イヴは本を持ってローのいるベッドへ向かった。
「……襲ったりしませんよね?」
「しねェよ、今日は」
「今日はって……」
イヴは苦笑いをしながらローの左腕の中に治まった。
ローの大きな身体はイヴの小さい身体を収めるには十分だった。
その体勢でローは医学書を、イヴは小説を読み始めた。
ぺらぺらとページをめくる音だけが二人の耳に入った。時折ローはイヴの頭を撫でながら読書を続けた。
「ローさんって良い匂いしますね」
ふとイヴはローの方を振り返って言った。
「そうか?」
「香水でも付けてるんですか?」
「いや、付けてねェ」
「何だか甘くて優しい匂い、落ち着きます」
「洗剤じゃねェのか」
「いや、ペンギンやシャチとは違う匂いですね」
「汗臭ェ匂いしかしなさそうだがな」
「すきな人の匂いって特別なのかもしれませんね」
そう言ってイヴはローの首筋をくんくんと嗅いだ。ローはそんなイヴの顎をくいっと上げてひとつキスをした。
それから読書に戻った二人は日の暮れるまで読書を続けた。
「……イヴ?」
イヴはローの腕の中で船を漕いでいた。
「……ん……居眠りしちゃってました」
そう言ってふわあ、とイヴは欠伸をした。
「やはり女には面白くなかったか」
「いや、そう言う訳じゃないんですけどね、ローさんの腕の中が心地よくて」
「……そうか」
ローは微かに口角を上げて言った。
「そろそろ飯の時間だ、行くぞ」
「はあい。また、こうやって続き読ませて下さいね」
「ああ、いつでも来い」
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