*06
イヴに昼食を摂らせた後、ペンギンはローの居る船長室へと向かった。
2回ノックをすると、「入れ」とローの声が聞こえ、扉を開けた。
「失礼します。」
ローはソファーに座ってコーヒーを片手に医学書を開いていた。ローがペンギンに視線をやると、医学書を開いたままソファー脇のサイドテーブルに置いた。
「まだ次の島にはまだ着かないみたいですね」
「後少しだそうだ。」
前の島を出て2日経って、それからずっと潜水している状態だった。
ペンギンは座っているローの前で歩を止めローと向き合った。
「あの患者、イヴの事ですが。」
「何だ。」
「火拳のエースを追っているそうです。海軍としてではなく、一人の女として。」
「……ほォ。」
ローは微妙に眉を上げたが、すぐに元の無表情に戻った。
「まあ、それも予想はしていたが。……ペンギン、今朝の新聞は読んだか。」
「いえ、まだ」
首を横に振って答える。
「……火拳屋が、海軍に引き渡されたそうだ。」
ペンギンが分かり易く驚いた顔をした。
「また、タイムリーな……」
「処分についてはまだ決まってねェ様だが、自然に考えれば、インペルダウンに幽閉されるか、処刑になるか……」
ローがカップに半分ほどあるコーヒーを眺める。
「白ひげも黙ってないでしょう。」
「そうだろうな。」
「イヴも海軍なら会うことは出来るかも知れないが、慕ってる奴の捕まってる姿なんて見たくねぇよな……」
「この事はあいつには暫く言わねェ方が良いだろう、今の状態での精神的ショックは、文字通り身を滅ぼす。」
「それが賢明でしょうね。他の奴らにもくれぐれも言っておきます。」
その後、船で足りなくなりそうな備品などの確認をして、ローが飲み干したコーヒーカップを机に置いた頃、ペンギンが船長室を後にしようと踵を返す。すると、ローが「ペンギン」と呼び止めた。
ペンギンが振り返る。
「どうしました?」
「……今夜からはおれもあいつを看る。」
ペンギンは視線を数秒宙にやって、はあ、と溜め息に似た吐息を漏らし、ローに視線を戻した。
「……哀れみや慰め、ではなさそうですね。」
「利用する為だ。これから先、海の上で有利に働くかも知れねェからな」
恐らく船長は、イヴのエースへの恋心を、過去のものにさせようと考えている。船長は大事に想う人を失うことがどれだけ精神的、ひいては身体的なダメージになるのかを知っている。回復が大幅に遅れたり、万が一、死なれでもしたら困る。だから、船長は、事実を伝える前に……。
ペンギンはそう憶測した。
「……女心ってそう簡単にどうこうなるもんですかね。」
「なるだろう。」
女に困った事がないからそう言えるんですよ、とは口に出さなかった。
「分かりました、では失礼します。」
と、ペンギンは船長室の扉を出て、廊下を歩いた。
途中シャチとべポが掃除をしていて、「ペンギン!」と声を掛けた。
「掃除頑張ってるか?」
「ペンギンはずるいよなー女の世話して雑用免除なんて」
箒の柄に掌と顎を乗せてシャチは口を尖らせる。
「じゃあ代わるか?」
「いいのか!?」
「嫌だ」
「何だよ!」
シャチがちぇっと舌打ちして、また箒を動かし始めた。
「早く終わらせて昼寝しようよーシャチ」
べポがあくびをして言う。
「時にシャチ、船長って本当、負けず嫌いだよな」
「急にどうした。」
「何だかんだ言いながら、対抗心もあるよな、あれは」
「何の話だ?」
シャチが動きを止めて首を傾げる。
「たぶん、この船に乗ってるのがあの男を慕ってる奴だと知って気に食わねぇ部分もあるんだろう」
ペンギンが独り言の様にぼそぼそと口から漏らす。
「何ぶつぶつ言ってんだよ!おれにも教えてくれよ!」
「あの患者も退屈だろうから、暇な時は話し相手にでもなってやれ。ただしシャチ、べポ、あの患者に"エース"という名前を出すな。船長命令だ」
むくれるシャチの言葉を無視してペンギンが提案と忠告をすると、その忠告にシャチが再び首を傾け、眉を寄せた。
「まあ、深いことは考えるな。とにかくそういう事だ。」
べポは「良く分からないけど、キャプテン命令なら、アイアイ!」と素直に敬礼した。
腑に落ちないという表情のままのシャチに「じゃあまた後でな」と軽く手を挙げるとペンギンはまた足を進め始めた。
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