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「本屋さんに居るのね?」
「あ、ああ」
強張った表情をしたペンギンが上ずった声でイヴの質問に答えた。
例の彼女は、本屋で働いているらしい。
秋島のこの島は、島全体に生えている木、イチネンキイロモミジという葉の紅葉色に彩られていた。林檎やブルーベリーなどの作物を育てる農業が盛んで、綺麗に整備された建物も見当たらない、ノスタルジックな雰囲気のする島だった。
船を降りて十数分程歩いた所でイヴがにわかに立ち止まった。イヴの目線の先には『BOOK』と手書きで表記してある古めかしい看板の建物があった。
「ここね」
「ちょ、ちょっと待たないか、イヴ」
躊躇なくスイングドアを開こうとするイヴの右腕をペンギンが掴んだ。
「ここまで来ておいて辞めるの?」
「いや……」
「じゃあ何?」
「……やっぱり一人で行く」
「まあ、確かに初対面で女と一緒だと印象は良くないわね、でも大丈夫なの?」
ペンギンが一度大きく鼻で息を吸って、勢いよく吐いた。その目には直前までの戸惑いは見えなかった。
「大丈夫。ありがとうな、イヴ」
「お礼は上手く行ってからにしてくれる?」
言ってイヴが一歩後ろに下がると、代わりにペンギンが前に立ち扉に手を伸ばした。
その瞬間、内側から壊れんばかりの勢いで扉が開いた。突然、店の中から出てきた何かにぶつかったペンギンが、尻餅をついた。
その直後店の中から「ど、泥棒!」と女性の悲鳴めいた声が聞こえた。
ペンギンにぶつかった人影は、全速力で逃げていく。イヴは反射的にその人影を追うため駆け出した。
「待て!」
ペンギンが体勢を立ち直しつつイヴを制止した。ペンギンの大声にぴたっとイヴの足が止まる。
「イヴはまだそんなに走っちゃいけねぇ、おれに任せろ」
ペンギンはそう言うとタッ、と駆け出し盗人を追いかけて行った。
「あ、あの……」
取り残されたイヴの背後からか細い声が聞こえた。
イヴが振り向くと、そこには身長がイヴの肩程しかない女性が立っていた。栗色のボブヘアーをしたその可愛らしい女性は、眉尻を下げて今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ここの店員さん?」
イヴが訊ねると、その女性は小さく二回頷いた。
「安心して。うちの仲間が絶対取り返して来てくれるから」
「あ、ありがとうございます」
女性が胸を撫で下ろした様子で眉尻を下げたまま微笑んだ。
『すごくかわいい、天使みたいな子』
女性の微笑みを目にしたイヴの脳裏に、ペンギンの言葉がよぎった。
イヴはこの女性が、ペンギンの想い人だと確信した。
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