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イヴが自分で選んだ道だ。子供でもあるまいしずっと傍に居なきゃ恋人じゃねェなんて思わねェ。
それでも船への帰り道半ば無意識に何度か振り返ったのは、何かを期待していたんだろう。おれらしくもねェ。
別に、これで良い。またここに来れば良いだけの話だろ。
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「遅かったな、イヴ!」
「待たせてごめんなさい!」
「イヴー!早くー!」
「ベポうるさいぞ!船長に聞こえる!」
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ローは船に戻ると出迎えたクルーに「出航しろ」と覇気なく命令して部屋へと歩を進めた。
船長室のドアノブに手を掛けると同時に遠くから「せ、船長!」と慌てた様子でローの名を呼ぶ声がした。
ローが振り返るとその声の主はシャチだった。
「どうした」
「動力室でトラブルがあったみてぇで出航までもう少しかかるそうです」
「何やってんだここの船大工は」
「大したことはないそうなので、そんなに掛からないかと」
「そうか。準備出来次第出航しろ、出航した後状況説明に来い」
「了解です」
シャチがびしっと敬礼するとローは船長室のドアノブを回した。
ローが船長室に戻ってから十分程して、船は動き始めた。
ソファーに座りぼんやりと読み進めていた本の内容は殆ど入って来なかったが、そうしていなければ外に出てイヴがいないか確認しに行ってしまいそうで、閉じかけた本をまた開いた。
「船長」
そう言って部屋に入って来たのは、ハートのクルーである皆と同じ白いつなぎを着た人物だった。しかし、ローはその声に当てはまるクルーが思い当たらず、訝しげに目線を上げた。
その人物は黒の帽子をペンギンと同じように目深に被っていて、はっきりと顔を伺い知る事が出来なかった。
しかし、女の身体のラインをしている事は大きめのつなぎの上からでも分かった。
「お前、まさか……」
「今日からこの船でお世話になります」
白いつなぎの人物はそう言い帽子のつばに手をかけ勢い良く帽子を脱ぐと、帽子の中に隠していた肩程まであるセミロングの髪がぱさっと落ちた。
「イヴです」
にこりと笑うイヴにローは目を見開いて驚いた。
「イヴ……!?」
「えへへ、びっくりした?」
イヴはおどけて笑って見せ、ローに近付いた。
「ロー、これからよろしくね。ハートの一員として」
ローは反射的に本を閉じて立ち上がり、イヴを抱き寄せた。
「海軍に戻ると言っただろう」
「あの場で船に乗りたいって言ったらどうしてた?」
「戦ってでも奪って行った」
「でしょう?争うところなんて見たくなかったの。大丈夫、ちゃんと説得出来たから」
「何やったんだ」
「秘密。それより、つなぎ似合ってる?」
「……まあまあだな」
「そう?私結構気に入ったわ。これ、驚かせようと思って借りたの。あ、トラブルで出航が遅くなったって言うのは嘘だから。ペンギンとシャチには事前に話しててね、待ってもらえるようにお願いしてたの」
「……そうか」
イヴはローの背中に手を回しぎゅっと抱きしめた。
「ロー、好き」
「…………」
「……どうしたの?」
「別に」
付けた身体を離すと、ローは再びソファーに座り、足を組んだ。
「……拗ねてる?」
「拗ねてねェよ」
不機嫌そうな顔で本を開くローに訊ねると、即答で否定した。
「嬉しくない?」
「…………」
「もう、騙したのは悪かったわよ。……でも私、嬉しかった、海軍に戻っても愛してくれるって言ってくれて」
ローの顔を覗き込むように顔を近付けると、ローはイヴに目線をやった。
「これからずっと一緒に居させて?」
「二度と離れるなんて言うんじゃねェ」
ローが言うと、どちらともなく口付けた。
唇を離すと、ローが漸く笑顔を見せた。
「船長ー!」
「キャプテンー!」
もう一度唇を重ねようとした瞬間、バタンと勢い良く扉が開き、ベポとシャチが嬉しそうな顔をしながら騒々しく部屋に入ってきた。
「宴の準備出来たってー!」
「お前ら、ノックくらいしろ」
ローは二人を睨んだがいつものような威圧感はなく、片方の口角を上げて立ち上がり、イヴの手を握った。
「行くぞ」
「ええ」
イヴは満面の笑みでその手を握り返し、並んで食堂へ歩き始めた。
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