*28
初めてあの苦い薬草の飲み物を飲んでから2週間が過ぎた。イヴは最後だと言われ渡された薬草の飲み物を流し込んだ。
「う、やっぱり最後まで慣れなかったわ……でも、このおかげでだいぶ傷も治ってる」
薬草を使ってからと言うもの、誰が見ても治るペースは早くなっていて、足も動くようになった。
痛み止めの薬は必要なくなり、両腕は殆ど傷口から傷痕になって、自由に動かすのも痛みを感じなくなっていた。
「そろそろ歩けるかしら?」
ベッドから投げ出されたイヴの足首をローが触り、確かめるため少し力を入れた。
「痛みは」
「ほんの少し左足が痛いけれど、大丈夫」
数ヵ所触診をして、ローがぼすんとベッドに座った。
「歩行補助器からだな」
「何でもいいわ、自分で動けるようになりたい」
「後で持って来させる。無理はするなよ」
「ええ」
全身に巻かれていた包帯も左足だけになり、見た目にも回復が近付いてきているのが分かった。
「傷痕、消える?」
「誰がやったと思ってる。消えねェ訳がねェだろ」
「"死の外科医"の腕は確かなのね」
ローはクールに笑い立ち上がると、ソファーに移動しそこに投げていたいつものもこもこの帽子を手にした。
「少し出てくる」
「あなたの少しは信用ならないわ」
「夕方には戻ってくる」
イヴがふと時計を見ると、正午を少し過ぎた時間だった。
「……気を付けて。帰ったら一緒にお酒を飲みましょう」
「ああ。美味いのを買ってくる」
「行ってらっしゃい」とイヴが手を振ると、ローはイヴに背を向けて軽く手を挙げ部屋を出た。
少ししてイヴの居る船長室へ入ってきたのは、ペンギン、シャチ、ベポだった。
「おーい、持ってきたぞー」
松葉杖を手にしたシャチがイヴに近付く。
「ありがとう。何だか賑やかな面子ね」
「船長がおれだけで良いって言って一人で下りていったから暇なんだよ」
「そうなの」
「キャプテン今、心臓を集めてるんだよ」
ベポが腰に手を当て威張るように言った。
「心臓を?」
「賞金首になってる海賊の心臓、海軍への土産物だ」
ペンギンが説明する。
「ああ、七武海に入りたいって言ってたわね」
「これから本格的に動くみたいだから、船長忙しくなりそうだな」
「そう……」
「寂しいか?」
イヴの表情が微かに翳ったのをペンギンは見逃さなかった。
「……そうね、寂しくないと言えば嘘になるわ。私が動けたなら無理矢理にでも着いて行きたいわね」
「そうか。船長もだいぶ愛されるようになったな」
「否定しないわ。恋人ではないけれど」
「お、おれ既に恋人だと思ってた……」
松葉杖に体重を掛け手と顎を乗せたシャチがそう言うと、イヴが首を横に振った。
「それより、それ使わせてくれる?」
「お、おう」
シャチが松葉杖をイヴに手渡すと、それを支えに立ち上がった。
「おー!何だか格好いいよイヴ!」
「少しずつ慣れろな」
「痛みはないか?」
「心配ありがとう、シャチ。大丈夫そう」
左足を浮かせて松葉杖と共に一歩進んだ。
「これで少しは自分で動けるようになったわね」
イヴが嬉しそうに笑うと、シャチが「良かったな!」と大きく笑った。
そのまま軽く部屋を一周して、ベッドに戻った。
「これで食堂に飯食いに来たり出来るな!」
「ええ、みんなで楽しく食事が出来そうだわ」
「わーい!嬉しいね!」
「そう言えばイヴは治ったら海軍に戻るのか?」
ソファーに座ったシャチが問う。
「……海軍には戻りたくない、この船に乗りたいって言ったら、歓迎してくれる?」
「勿論だ!」
シャチとベポが両手を上げて喜び、イヴも「ありがとう」と微笑んだ。
だが、ペンギンだけは複雑そうな表情をしていた。
「……まだ、迷っているんじゃないのか」
「……あなた、本当にエスパーね」
ペンギンの言う通り、イヴはまだ迷いがあった。
ローと一緒に居たい気持ちは日に日に増していくが、これまで積み上げてきた努力で手に入れた大佐職に、まだ未練が残っていた。仕事もそれなりに楽しかったし、まだまだ上を目指せた。それにこのままローの船に乗ってもこの先足手まといになるかもしれない。
そんな気持ちがイヴの中にあった。
「……私、エースと会えてたら、どうしてたんだろう。あの時は会うことだけしか考えてなかったけれど……」
「完治するまで迷えば良い。それで迷いなくこの船に乗りたいと言った時には歓迎するさ」
「そうするわ」
「……船長も少し強引なくらいが良いんだがな」
「何だか色恋には不器用な男ね、ローって」
今までの事を思い出して、イヴがふふ、と笑った。
「恐らく初めてだからな、本気で女を愛するのが」
「ペンギンは、本気で人を愛した事があるの?」
「ああ。聞きたいか?」
「何だその話!おれも聞きてぇ!」
シャチが勢い良く立ち上がってペンギンに詰め寄った。
「あ、おれも聞く!良く分からないだろうけど!」
「暇潰しだ、話してやるよ。お前らイヴの隣座れ」
言われたままベッドに3人並んで座ると、ペンギンがその前に仁王立ちをして、過去の話を語り始めた。
そのペンギンが語る大恋愛話は夕方、ローが部屋に戻ってくるまで語られた。
「うぅ……良い話だった……!ペンギンの事見直したぜ」
「そうね……感動だわ」
「何泣いているんだ、こいつらは」
「いや、おれの作り話を聞かせてたら感動したみたいで」
「作り話だったの!?」
「ああ」
「ペンギン、てめぇ!騙された!」
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