*22



時期尚早ではあった。
イヴにとって火拳のエースはまだ、大切な存在だと分かっていた。
確実に、おれよりも。
だが、『嘘をつかないで』と言うイヴを目の前にして、これ以上嘘をついて誤魔化せなかった。







「……火拳のエースは、死んだ」


イヴはその瞬間、頭の中が闇に染まった。
言葉が、出ない。驚くことさえ出来なかった。


「……"Room"」


ローが身体を起こすとサークルを作り出し、その能力で新聞を引き寄せイヴに差し出した。
イヴものろのろと上半身を起こし、力の入らない手でそれを受け取ると、小さな明かりでその新聞の見出しが照らされた。


"頂上決戦、海軍勝利!エドワード・ニューゲート、ポートガス・D・エース死す"


「……え……?」


イヴはその見出しを目にして、信じられないと言うような上ずった声を出した。


「何、これ……」

「火拳屋が捕まり公開処刑になり海軍とやり合った結果、白ひげと火拳屋が死んだ」


端的に、淡々とローは説明した。


「…………しん……だ……?」


イヴは"死"の言葉の意味が分からなくなる。


「し、んだ、ってどういう、こと……?」


もう、居ない?会うことも出来ないの?
あの私を元気にしてくれる笑顔は?

ローにそう問い掛けた視線をやると、ローは光のない目で小さく首を横に振った。

"エースは、もう居ない"

頭の中に居るもう一人の自分が、死を理解して、そう零した。

時が止まったように固まっていたイヴの身体が震えだすと、哀惜に満ちたその瞳から大粒の涙が溢れ、一筋、二筋と頬を伝った。


「 っく……エース……、エース……っ! 」


何度もその名前を呼びながら嗚咽を漏らし、イヴが持つ新聞は涙で濡れて文字が滲み、くしゃくしゃになった。


「エースっ、会えないなんて……、やだよお……っ!」


ローは叫びにも似た泣き声を上げるイヴの頭に手を伸ばそうとした。


「イヴ」

「っ、やめて……っ」


イヴが首を振って拒否した。
触れることを拒絶されたローの手は、拳になってぼすん、とベッドに落ちた。


「あなたが何故、隠そうとしていたのか……、っく、分かるけれど、でも……恨まずには、いられないの……っ!」


哀れみや励ましの言葉も掛けられず、絶え間なく頬を流れ続ける涙を拭うことも出来ない。
ローは悔しさを覚えながらも、イヴの傍を離れなかった。


夜が明けるまで泣き続けたイヴは、力尽きるように眠りに落ちた。
それまで動かずイヴの隣に居たローは、ベッドから下りクローゼットから一枚フェイスタオルを取り出した。洗面台へ行き、それを水で濡らし絞ると、イヴの赤く腫れた瞼の上にそっと乗せた。


「イヴ」


名前を呼んでイヴに触れようとしたが、その手を拒絶するイヴの声が甦って、出しかけた手を止めた。

眉を顰めたローはソファーに座ると、腕を組み目を瞑って、そのまま睡魔の誘いを待った。









「ひっく……うぅ……」


ローは、嗚咽の声ではっと目を覚ました。

すぐに自分の身体を抱いて上半身を丸めるイヴの元へ向かい、様子を見るとイヴは涙を落としながら下唇を強く噛んでいた。



「痛ェのか。薬は」

「しばらく……放っておいて……っ……」


ベッド脇をちらりと見ると、そこに置いておいた薬は減っていなかった。
飲んでいなければ痛みが襲うであろう時間を、優に過ぎていた。


「放っておいて……っ」



声を絞り出してそう繰り返すイヴに、ローが奥歯を噛み締めると、不快な音が頭に響いた。




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