*20



それから数日が経った日の、登った日が朝日でなくなる時間帯だった。
イヴはそのままローの部屋で一日を過ごすようになっていた。



「新聞が読みたいわ」

上体を起こしたイヴがソファーに座って本を広げるローに言う。
ローはイヴを一瞥すると、再び本に目を落とした。


「聞いてる?ロー」

「……最近はニュース・クーが飛んで来てねェな」

勿論嘘だった。
連日記事に載るエース死亡の文字。イヴに見せられる訳がなかった。


「そんな筈ないでしょう」

「本当だ」

「ねぇ……何を隠してるの?」

「何もねェって言ってんだろ」


ローが眉間に皺を寄せて煩わしそうな顔をすると、イヴも不満気に眉を寄せた。


「怪しいわよね……」

「怪しくねェよ」

「何かあるわよね……」

「うるせェよ」

「ああ、もう!何よ!分かったわよ、自分で確かめに行くわ!」


苛立ちに声を荒げたイヴは思うように動かない足を持ち上げベッドの外へ下ろした。
両足を床に付け上半身を捻ると、そのまま身体が床へと落ちた。

それまで本から目を離さなかったローは、ゴトンという大きな音でイヴがベッドから落ちた事に気付き、驚いた様子でイヴの元へ大股で歩み寄った。


「おい、何やってる!」

「這って行くの、邪魔しないで!」

「馬鹿か!」


ローはうつ伏せになって腕を動かそうとするイヴの身体を抱え上げた。

「やめてよ!」


突き離そうとするイヴ。だが、力の入らない腕では何の抵抗にもならず、ベッドに戻された。


「やめてよ」

「こっちの台詞だ」

口を尖らせるイヴにローは小さく溜め息を吐いた。


「……気持ちは分かるが、今は大人しくしてろ」

「私の気持ちなんて分からないくせに!そもそもあなたが何かを隠そうとしてるからでしょ!」

「落ち着け」

「誰のせいよ!」

「何もねェって言ってんだろうが」

「こんな煩わしい身体になるのなら死ねば良かったのよ!」

「イヴ」


一瞬にしてローの目の色が変わり、青筋を立てイヴを睨んだ。

「患者が医者にそんな事言うんじゃねェ」

低い声と鋭い目付きで、イヴに怒りをあらわにした。
ローのその気迫に、イヴは先程までの激昂とは一変して、叱られた子犬の様に眉尻を下げた。


「…………何だか、嫌な予感がするの」

「……心配する事はねェ」

「信じて良いのね?」

「ああ」

「……不安なの、すごく。何でか分からないけれど」


元の表情に戻ったローが、イヴの髪に優しく触れた。
理由のない漠然とした不安が、怖くて、もどかしかった。


「お前に何があろうと、おれが居る」

ローの触れる手、その声がイヴの不安心を和らげた。

「ロー……」

その名前を呼ぶ声は震えていて、イヴの瞳から一筋涙が零れた。


「身体、平気か。打ってねェか」

「……痛い」

「どこだ」

「痛いの……」


身体の痛みを訴えている訳ではなかった。
イヴはローの着ているパーカーに手を伸ばすと、ぎゅっと握った。

「……そうか」

ローがベッドに座ると上半身でイヴを包んだ。ローも精神的な痛みを言っているのだと、いつもより弱々しい声を発するイヴの様子で理解出来た。
イヴは、溢れる涙を堪えることはしなかった。


「ちゃんと、治る?」

イヴがローの背中に手を回して、またパーカーを握った。

「必ず治る」

「前みたいに動けるようになる?」

「当然だ」

ローがイヴの涙をパーカーの袖口で拭う。

「私の事邪魔じゃない?」

「何度も言うな。邪魔な訳ねェだろ」

「また、エースに会える?」

「……ああ」

「エースは、傷痕見て嫌になったりしない?」

「そうなったら、おれがあいつの心臓を握り潰してやる」

「ちゃんと、治る?」

「ああ」

子どものように泣きじゃくりながら、子どもが不安をかき消すためそうするように、質問を繰り返した。


「……ありがとう」

そう言ってイヴは起き上がり、最後に流れた涙を自分の手で拭った。

「落ち着いたか」

「ええ、ごめんなさい」

「良い。辛くなったらおれに当たれ」

「……たまには、甘えても良い?」


『もう大丈夫よ』なんて返しをするだろうと推測していたローは、予想だにしていなかったイヴからの頼みに、微かに目を大きくさせた。


「……当たり前だ」

「良かった」


力なくふにゃりと笑うイヴにローはキスを落とした。
それは今までした一方的なキスとは違っていて、唇を触れ合わせる直前、イヴがほんの少し顔を寄せる動作をした。

「好きだ」とローが零して再び顔を近付けると、一度目と同じようにイヴが顔を寄せ、相互的な二度目の口付けを交わした。




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