*18
「浮上しろ」
潜水艦から海面に出したスコープを覗いているローが言った。
スコープには白ひげと海軍本部による頂上決戦の様子が映し出されていた。
イヴの想うエースが命を断たれる瞬間も、ローは目にしていた。罪人のエースが死んでもなお、戦争は終わらない。
「どうなってるの!?キャプテンおれも見たい!」
「駄目だ。麦わら屋が気を失っている。救出する、早くしろ」
「アイアイ!」
「シャチ」
「はい」
ローの後ろで腕を組むシャチが返事をするとローはスコープから目を離した。
「イヴをおれの部屋に連れていけ。ペンギンはおれと来い」
言ってシャチの返事を聞かずに操縦室から出ていった。
「恐らく、近付けたくないんだろう。麦わらとイヴを」
シャチの隣にいるペンギンがぼそりと言ってローの後に続いた。
イヴのいる処置室は、手術室の向かいに位置していた。
エースの弟である麦わらとイヴが顔を合わせるのはまずいので、離れた船長室へ行かせるよう命令したのだろうとペンギンは推測した。
ーーーー
外が、騒がしい。
もう海の中ではないようだ。
処置室に窓はなく、外の様子は窺えない。
妙な胸騒ぎを感じたイヴがそわそわ落ち着かないでいると、処置室にシャチが現れた。
「ねえ、何があってるの?」
シャチが口を開くより先にイヴが言った。
「あ、ああ。何でもねぇよ」
目を泳がせるシャチにイヴは怪訝そうな表情になる。
「怪しすぎるわ」
「気にすんな。それより」
シャチはいそいそとイヴの身体を抱き上げた。
「船長命令だ。船長室に連れていく」
「どうして?」
「理由は聞くな。痛くねぇか?」
「大丈夫だけど……」
急ぎ足でローの部屋へ行くと、イヴをローのベッドに寝かせた。
「じゃあ、おれ行くな」
そそくさと船長室を出ていくシャチに不満を抱きながら、ローの部屋を眺めた。
高級感溢れる家具に多く並んだ書物。
ローの姿の時、ベポに連れられて外から見たことはあったが、入るのは初めてだった。
それよりも今は外の様子が気になったが、身体は思うように動かず、部屋の窓からは海しか見えなくて、その喧騒の理由は窺い知ることが出来なかった。
いつしか外の声も聞こえなくなって船は潜水を始め、いつもローが食事を持って来る時間になってもローは姿を現さなかった。
少し遅れて顔を出したのは、イヴが顔の合わせた事のないクルーだった。
ペンギンやシャチと同じ白い繋ぎを着ていて、ふたりより少し若く見えた。
「食事をお持ちしました」
ベッド脇のサイドテーブルに食事の乗ったトレイが置かれた。
「ローは?」
「少し立て込んでまして。ペンギンさんやシャチさん、ベポさんもです」
「そう……。何があったの?」
「重傷患者二名の手術をしています」
「誰なの?さっき騒がしかったのも関係あるの?」
「『お前は黙ってろ』と、船長からの伝言です」
明るく笑ってローの毒舌を真似するそのクルーに若干の不快感を覚えながらイヴはゆっくりと身体を起こした。
「あれ、起きられるんですね。まだ起きられないって聞いてましたが」
「ええ。今やってみたら出来たところよ」
ぶっきらぼうに言ってイヴはベッドの端に座ってスプーンに手を伸ばした。
今だ笑顔のそのクルーに不快感をあらわにして眉を寄せた。
「一人で食べられるから大丈夫よ。出ていってくれる?」
完全に八つ当たりだった。
胸騒ぎと、事実をひた隠すクルーたち。事実を確かめに行けない自分の身体。口に入れたスープがいつもより不味く感じて、更に眉の皺を深くさせた。
「……分かりました。また終わった頃に来ます」
その少年のようなクルーは不気味な笑みを終始見せたまま、船長室を去った。
大丈夫とは言ったものの、まだ完全に思い通りの動作が出来ない手に悪戦苦闘しながら、食事を口に運んだ。
もう何日も毎食欠かさずローが食べさせていた。手が動くようになってもおぼつかないイヴの手つきを見かねたローが、結局食べさせてくれた。
『お前、肉好きだな』
『お肉嫌いな人なんているの?』
『おれは魚の方が好きだ』
そんな会話を思い出しながらスプーンから持ち変えたフォークで、小さく切られた肉を刺した。
それから四度、美味しさを感じない食事を摂った。
ローがイヴの前に姿を見せたのはその五度目の一人での食事の少し後だった。
「イヴ」
名前を呼んだその声と一日ぶりに見るその姿に、ひどく安心感を覚えた。
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