summertime

 いつにもまして雪が冷たいのは流れ出る血が冷たいからだった。下級貴族の血統も、流れ出てしまえばなんてことはない、ただの赤いだけの水だった。
 低い声で紡がれるうたに耳を傾ける。
 ようやくはっきり見える視界は、ただ赤いだけの水に仕えてきた男が横たわるのを映していて、その横には最近ここらを出入りする異邦人の姿がある。かれの、獣に似た白い尾には赤く斑の霜が降りて、うたに合わせて少しだけゆれた。

 鋭い爪に抉られたチェーンメイルを剥ぎ捨てたら俺だってもうすぐハルオーネの御許へ行けたのに、かれは俺に治癒魔法を施した。隣で倒れ伏した男は、まるで未練がましく何度も淡く光って、それきり光は消えてしまった。
 ほとんど何の感覚もなかった指が、今更になって痛むのを感じながら、痛みを感じるほどには回復してしまっているのを感じながら、幼少より側にあった男の胸が弱々しく上下するのを見た。
 異邦人は、掲げていた天球儀を――そう、あれは天球儀だ。占星台でも使われない、イシュガルド式ではない占星術の――ばさりと落として、男の横に座り込んだ。
 そうしてしばらくして、低い歌声が聞こえてきた。
 かれの姿と同じく、聴き慣れないメロディだった。下級とはいえ、貴族である身として得た教養と比べるに、それは歌の学のないものが紡ぐ並びだった。学はないが、音をよく知る響きだった。異国の歌なのだろう。
 夏になったら、暮らしも楽になる、魚も綿もよく採れて、父も母もあって、何も心配することはない、と、歌う。それは子守唄だった。

 俺たちはみんな、この厚い雪の下に豊かな緑があったことを覚えている。

――夏になったら。

 蒼く広がるゴルガニュの牧草地を。高く聳える金床の塔を。黒く輝くアイアンブリッジを。スウィフトラン川の流れを。悠々と走るノーススター号を。行き交う多くの人を。覚えている。
 冬が来る前の景色を覚えている。

 痛む指の先にいる、伏した男がとうとう動かなくなって、それでも低く歌われる子守唄はしばらく続いた。
 ただ赤いだけの水よりいくらか温い水が流れて、頬を冷やしていた雪を少しだけ溶かした。

 気が付いた時には、露営地の寝台の上にいた。裂かれた腹はもうほとんど塞がっていた。
 異邦の男が手負いの君を運んでくれたよ。そう言いながら、手渡されたのは古びたリストレットで、俺はそれが誰のものかをよく知っていた。旅人は俺の手当てをした上にここまで運び込んで、挙句わざわざ遺品まで拾ったのだった。

――だから坊や、泣かないでね。

 バラックの窓から外を見る。
 もうその景色が見られないことは誰だって知っていた。
 だからこそ、あの子守唄は、きっとここでは流行らない。
 これからずっと、低い声とわずかに揺れる尾と、弱々しい呼吸の音を、痛む指ごしに見ていただけの己のことを、あの子守唄を、夏という語に連想するのだ。

summertime / DuBose Heyward
      from "Porgy and Bess"




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