つきのいし

 傷を負うと血を流したくせにそのやけに冷たい遺体は持ち上げた途端に割れてしまった。血に塗れていた右腕が落ちる。きらりと光った断面は宝石に見えた。
「ゲッチョウセキだわ」
 月長石。ムーンストーン。夜のようだった彼にふさわしい。
 うすく開いた瞳が月光を受けて瞬いて、まるで生きていた頃のようで。驚いたのか怯えたのか、一緒になって彼を持ち上げていた一人が踏鞴を踏んで手を離す。あ、と、誰かの声が漏れる。重さに耐えきれず、頭が胴から離れていく。
 英雄様はやっぱり人間じゃあなかったのだなと、誰も言わなかったが誰もが思った。
 かしゃんと、完全な劈開を持つムーンストーンが砕ける。割れる。
 誰もがただ見ていた。あまりにうつくしかった。たくさんの人に手を差し伸べ続けた彼が砕けていくのを、誰もがただ見ている。はじめに手を離した男も、離さなかった男も。

 私は、土に還れない彼を、宝石のからだを、どうやって弔うべきかを考えていた。欠けらの一片も残さずにどこかに隠してしまわねばならないことは分かっていた。


表紙

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