スパインダイブ

 地響き。竜の咆哮。彼等が屠らんとするもの。彼等の力であるもの。竜騎士とは、多くの剣と盾と――屍の上に立つ一本の槍。

「さすが、アドネールの観測は正確ですね」

 緑豊かなクルザス東部に降り立った竜騎士達から、声が一つ。彼の指す方向には、くろい無数の群れが飛んでいた。邪竜の眷属だろう。

「しかし遅すぎる。これでは、」

 これでは住民の避難は間に合わない。仰いだ方向にあるのは集落。にわかに暗くなり始めた空に、首を傾げた様子の羊飼いたち。クルザスによくある、石造の家々。吹けば崩れてしまうような。地響きに、咆哮に、簡単に負けてしまうような。強いようで脆い家。
 ぎ、と槍を握りしめる音がした。

「屋外の住民を優先して救助を。私は先に集落の方へ向かう」

 アルベリク、と名を呼ぶより前に、当代の蒼の竜騎士は鋭い声で指示を出すと共に駆け出していた。
 残された竜騎士達も一瞬だけ視線を交わし、散開する。後からどこぞの家の騎士隊が来るだろうが、一体何人救えるだろうかという昏い考えを彼等はそろって頭の隅に押しやった。

***

 そうして、その蹂躙はほんの数分のことだった。ハルオーネが長いため息を一つ吐くほどの時間で、見えるほとんどは焼け落ちた。少し前まで羊たちが歩いていた青い地面を、炎が舐めるようにして全てを灰に変えていく。
 家屋の中に隠していた人を竜が喰む。袋に頭を入れて餌を食べるチョコボを連想した。目が眩む。

 満身創痍の竜騎士が一人、手にした槍を一際強く握った。やっとのことで立っていたが、まだ折れていない。多くの無辜の住民を殺されたが、同じだけの竜を屠った。
 再び、邪竜ニーズヘッグの咆哮が聞こえる。おそらくは、全て殺せと命じているのであろうその竜詩に、カッと全身が熱くなるのを彼は感じていた。
 彼はそれを怒りであると信じた。今まさに故郷を焼かれている、人々を殺されている、それに対する、自身の怒りであると。

 その竜騎士は血を浴びすぎていた。流しすぎた己の血にも、人の血にも、竜の血にも。
 竜騎士は竜を屠るために竜の力を使う。――実際に邪竜の眼からそのエーテルを操るのは蒼の竜騎士のみであるが、竜騎士はすべて、竜の血で鍛えた鎧を帯びる。そしてその血の多くは、邪竜の眷属から得られたものである。少なからず、邪竜やその眷属のエーテルを用いているのだ。

 また、一体の竜が、小屋から人を引きずり出すのが彼には見えている。槍を。もう生きてはいないかもしれない。槍を構える。気が遠くなる。とてもでないが歩けない。槍を構える。殺されているのだ。邪竜の咆哮が聞こえている。殺されているのだ。竜詩(うた)が聞こえている。殺されているのだ。全て殺せ。殺されたのだ。憎きものを全て殺せ。殺されたのだ! あの裏切り者達を殺せ!
 竜騎士は吼えた。強く強く地を蹴る。強靭な脚で、まるで翼があるかのように跳び上がり、一度、中空で翻る。ほとんど無意識にエーテルを使い、極小の壁を作る。槍を引き寄せ、生成された壁を強く蹴る。落下の速度を乗せて、その竜の、忌々しい竜の、脊椎を抉らんと、鋭い穂先を――鋭い爪を向け、凄まじいスピードで落ちていく。

 竜を屠るために竜の力を使う。そして彼は、竜の血を浴びすぎていた。竜の血を浴びすぎた、イシュガルドの民だ。その喉が発したのは紛れもなく竜の咆哮だった。

 爪を突き立て、彼はとうとう崩れ落ちた。竜は斃れたが、小屋から引き摺り出されていた人の腰から下はとうに無かった。

 また、邪竜の詩が聞こえている。それは同じく竜の力に呑まれ、溺れた蒼の竜騎士の悲鳴染みたそれであったが、もはや知る由もない。

 伏した竜騎士は、ふう、と、長い息を一つ吐いた。それきり。

 かの神が生きているうち彼を掬うことはない。

 屍の上に、一本の槍だけが残されている。



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