木々の隙間

 まさか、島を一つ、ぽんと。渡されるとは思わなかった。

「(ほんとうに、俺しかいない……)」

 小さいながらも未開の地。いや、ヒト一人で使うにはあまりに大きいが。まだ名前のつけられていない川、まだ踏みしめられていない土。魔法人形たちの、ちいさく忙しない足音と、獣たちの声。
 はじめは戸惑いもそれなりだったが、開拓を始めてみると存外心地好いものだと気付く。ヒトの気配は遠く、……血と土埃と、あるいは嘘や欺瞞も、過剰な期待の匂いも遠く。ただただ、手付かずの木々があるだけの場所。森と呼ぶにはさもしいが。
 せっせと柱を立てる魔法人形を横目に、石やつるで道具を作る。

 ふ、と。少女の声が聞こえた気がして振り返った。
 もちろん無人島にはヒト一人。

――はやく作らないと、兄さんにおいてかれるよ。

 過去視、ではない。ただの幻聴。あるいは妄想の類。

――――、ほらはやく。
――ああ、そんなに適当にしちゃ……
――にいさんはだまってて!

 随分幼い声だった。子供の影がふたつ。きっともうひとつはまだ母の胎にもいない頃。おそらく今よりずっと小さな手で、同じように道具を作っていたのだろう。
 不意に聞こえたその幻に、これが本当に己の過去であれば良いが、と目を伏せる。
 家族の記憶は、全く無いと言ってもいい。兄弟がいた気がする。けど、それも定かじゃない。制御できない力が見せた別の誰かの記憶を、己のものだと勘違いしている可能性もあった。
 子供たちの笑い声が遠ざかる。突然手を止めた自分を、魔法人形が不思議そうに見上げる。いつも後ろをついて回るアラグ謹製の玉っころが、ぴろりと音を立てる。音は立てるが、何かを言うつもりはないらしい。

 この島にはヒト一人。それから、忙しなく働くちいさな魔法人形。未開の地。幻と戯れたとて、文句を垂れる者もなし。
 石斧を手に立ち上がり、駆けていく子供の笑い声を辿る。流石に話しかけるなんて馬鹿なことはしないが、森で生きた子供たちの声を追うように、島の奥へと足を踏み出した。





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