足跡は消え

過去に書いた話がいくつか前提になっている ガジトアザリの遺体は無い 尻切れトンボ
-----




 今日とうとう、英雄と呼ばれた人物が光の戦士とも、闇の戦士とも呼ばれた人が死んだ。

 男がその訃報を伝え聞いた時には、かの人のちいさな葬儀はすでに終わっていたが、未だに古巣に音信不通で各地を転々とする男の耳に、その報せが届いたのがその日のうちであったことの方が驚くべき事であったので、今際の際に間に合わなかったことも、葬送に間に合わなかったことも、男は何とも思っていなかった。
 わざわざ大きな翼を伸ばして男を探し出したドラゴンが故郷へと帰るのを見送りながら、男はどうしたものかと考える。英雄と呼ばれた己が相棒は、まかり間違ってもうら若い乙女ではないし、花を手向けるのは似合わない気がして躊躇われた。
 きっとこれから、あちらこちらで彼を偲ぶ催しが、大小問わずに行われるだろうとは思ったが。その列に並ぶには、男はもう少しばかり彼に近いところにいた。
 そんなことを考えてあるいは、半ば呆然と目の前の景色をただ眺めていたら、鼻先数センチで空気が揺れた。瞠目する男をよそに、揺れる空気から朱色の花が咲くように、蝶より薄く鮮やかな翅が開き、若枝のように伸びやかな、けれど小さな手脚が、ぽん、と現れる。かつて英雄から聞かされていたシルフ族に少し似て、しかしそれよりヒトに近い姿をしたそれは、鈴の鳴るような声で妖精王ティターニアと名乗った。月に似た彼に対して、太陽に似た王だった。

 英雄の死は、遠く遠く離れた地、男がついぞ訪れることのなかった異世界とやらにも、瞬く間に伝えられたらしかった。

 たとえ死んでしまっても、自分は彼の枝なのだと誰にともなく言った妖精王が男に語り掛ける。それから、一度しか言わないから、何かに書き付けるなりしなさい、と。

南西にしばらく歩くと、大きなトレントの枯木があって、そこからさらに西へ歩いて、川にぶつかったら流れに沿って下って、一つ目の橋に出た時に、チョコボキャリッジが通った。それに乗せてもらったんだ。

「若木は、これを誰に伝えて欲しいとも、どうして欲しいとも言わなかったわ。それでも、若木のはじまりを知っていて、まだ生きているのが貴方だけだというのは聞いていたの。それだけ」

 それだけよ。小さな王は男に微笑んでみせたあと、くるりと宙返りをして、現れた時と同じ唐突さで消えてしまった。

 なるほどつまり男は、英雄と呼ばれた人間がかつて一度だけ溢した悩みのようなもの自分の故郷はなかったのかもしれない、自分はハイデリンの産み出した何らかであって、真っ当な人間ではないのかもしれないという恐れを、確かめてやらなければならなくなった。正確には、かの王も、彼女の言い分が正しければ彼自身も、どうしろとは言わなかったのだから、「確かめてやらなければ」と思ったのは男の意志に他ならないのだが、ともかく男はそう受け取った。
 死んでからでないと確かめられないというのも、なんとまあ、臆病なことだ。英雄らしからぬが、彼はほんの時々、そういうところがあった。
 男は踵を返して、エオルゼアに向けて足を踏み出す。踏み出して考える。己のように故郷を失うことと、あったと思い込んでいた故郷が無いと知ることのどちらが恐ろしいのだろう。いつかの病室を思い出す。男の答えはあの日と同じで、きっとどちらもそう変わりはないのだろう。


 曖昧な道案内を辿るのは、非常に骨の折れることだった。森の中の道と言えぬ道は、何年か経てば変わってしまうし、竜騎士となる前も草原で羊を追っていただけの男は、深い深い森の歩き方が上手いとはお世辞にも言えない。
 それでも苦心して、途中見つけた別のムーンキーパーの家族にすらどうにかこうにか手を借りて、彼らが使うという古い標を辿った。

 チョコボキャリッジの通る橋から、川の流れに逆らって上って、東の方向にあった大きなトレントの枯木まで。件の一家の話では、この辺りにあるトレントの枯木はそれ一つしかない。それから、北東へ歩く。少し開けた場所まで。


 果たしてそこには、何も残っていなかった。

 正確には、人が暮らしていた痕跡は確認できる。建造物の跡。狩りに使うのであろう、小ぶりの弓や槍。けれど、それらが遺棄されたのは、数年ではきかないだろうほど昔。それと、彼が集落を出た年月は、合致するかどうか。
 どこかへ移り住んだのか、何かに襲われてしまったのか、そもそも曖昧な道を男が間違えたのか、彼が思い出した記憶が間違っていたのか。初めから誰もなかったのか。もしかしたら、彼が見たと思った走馬灯がそもそも違ったのかもしれない。男は過去視とやらが一体どのように見えていたのか知る由もなかったが、あるいはそれと混同したのかもしれないとも思った。

 いずれにせよ確かなのは、英雄たる人間の、光の戦士と呼ばれた彼の故郷を、ついぞ見つけることが出来なかったということだけだった。




表紙

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -