光の戦士・闇の戦士

 豪奢な鎧を纏ったその人は、光の戦士と呼ばれていた。なんでも、名乗るべき名前がないのだという。皆、思い思いに彼を呼んでいた。
 では彼の後からやってきて、どうしてだかポッカリと名前だけを失った自分は何と呼ばれれば良いだろう。男は思案する。名前以外で呼ばれていた覚えがあるのは、彼と同じ光の戦士と、あるいは英雄だとか、解放者だとか、闇の戦士だとか、あとは単に、ちょっとそこの冒険者さん、と言った具合だった。アゼムの使い魔と呼ばれたこともあったが、そもそも使い魔でもないし、ここではそう偽る必要もない。当然アゼムは別人の、それも会ったこともない人の呼び名だ。誰かの名前を借りるのであれば、アルバートが一番角が立たないし自分も違和感がないのではないか。
 うんうんと唸りながら、新たに仲間となった人達に確認してみたところ、敵方に英雄と呼ばれるような男がいるから避けたいとの声。まあ全く別の世界の仲間にまで名前の代わりに英雄と呼ばれるのは少々むず痒く、男は素直に却下した。

「そうなると、呼び名として使えそうなのは、解放者か闇の戦士か冒険者か……」

 個人を指すのは前二つであるが、真新しい土地で呼ばれるべきは後者だろうか、と考えていると、仲間達のうちの1人がこう言った。

「光の戦士が居るんだから、闇の戦士って呼ぶと対っぽくてちょっとカッコいいよな」

 なるほど確かにそうかもしれない。男は頷いて、それならばもっと分かりよくしよう、と武器を両手剣に持ち替えた。すなわち、暗黒騎士へジョブチェンジしたのである。
 秩序であり、光とも取れるコスモスの戦士が、仮にも闇の戦士の呼ばれ方で良いのかと、顔を顰める仲間がいないでもなかったが、それを知ってか知らずか男は「光に偏りすぎると良くないから、エーテルのバランスが良くなるかも」などと言ったのだった。
 ともあれ、そんな風にして、コスモスに集う戦士たちに、闇の戦士と呼ばれる男が加わったのだった。






***





 深いところに沈んでいくようだった。血を失いすぎて、立ち上がるどころか身動ぎひとつも出来そうにない。せめて大きな傷だけでも塞げないかと試みたが、適した武器も無しに絞り出したエーテルはまともな形を取らずに霧散していった。

 見上げた空が白く見えて、男は夜を無くした星のことを思い出していた。あの時は確か、内側からの光で目蓋を閉じても眩しかった。同じように目を瞑る。今は、とても、昏い。

「無事か」

 重い鎧の音がして、剣と盾を携えた"光の戦士"が姿を現した。男がとちって仕留め損ねた、残り幾ばくかの敵は、後から来た彼がすっかり片付けてしまったようだ。
 返事をしようとして、ヒュウ、と息を漏らす。それを見た彼が自分の荷物を確認して、もうほとんど中身のないポーションを取り出した。
 使い切っても歩けるほどには回復せず、環境に左右されがちな幻術も占星術も、魔導書さえあれば発動が容易な巴術すら使えないだろう。なけなしのポーションを、未だ血を吐く唇に落とされる。その雫と同じように、彼の鎧から赤いそれが滑り落ちた。自分に使えばいいのに、と思いながら、逆の立場であれば同じことをしたのだろうな、と。よく似ていて、それで一番遠い人を見上げる。
 彼は、美しい剣と盾とを消失させて、倒れた男を抱え上げた。二人分の血が滴り落ちていて、その鎧を汚していく。

「珍しいな」

 無口な彼はそれだけ言って、軽くはない男を抱えて歩く。
 目を閉じても眩しかった。光に飲み込まれた世界のことを思い出していた。あの真っ白い雪のような、漂白されたなだらかな地平のような人だなと思った。
 彼は正しく善人だった。少なくとも、側から見る分には間違いなく。もしかしたら自分と同じように、たとえばあの二本角の大鎧と剣を交える時はただ戦いを楽しむタイプかも知れなかったが。かの調停者が、光に飲まれかけた地で、彼と同じ形を取ったことが、答えのような気もしている。

 がらがらと音を立てて崩れる、仲間と、敵対する者らとを模した有象無象(イミテーション)の残骸。仮にも世界を数度救った実績のある男が、自分の足で立つこともままならないほどの戦闘の跡なのだから、その残骸は比喩などではなく山ひとつほどの大きさだった。
 終わらない戦いを続けている。嬲る相手が命なき人形でよかったのかもしれない。仲間達が聖域と呼ぶ、薄暗くて白くて、建造物の痕跡があるだけの何ない場所は、薄く張った水のせいか、臭いというものはほとんどない。それでも男は、いつかの戦場を幻視する。相手が人間じゃなくてよかった。山のように積まれた帝国兵を見る。血と硝煙の匂いのしない場所でよかった。
 あの、最果ての地で交わした仕合の熱にはあまりに遠い。淡々と人形を屠る作業は、男にとってただ苦痛だった。

 自分で歩くときとは違う歩幅で体が揺れる。だらりと重力に従って垂れ下がる腕から、また血がいくらかこぼれる。鎧の音。無言で歩く"光の戦士"。彼はその作業をどう思うのだろう。エリディブスは知っていたのだろうか。
 流石に疲れて、運ばれる振動で意識が遠のいて行く。それに気が付いた彼は、皆の元へ戻るまでに奴等の気配はないから、そのまま眠るといい、と言った。あの美しく輝く蒼い目で男を見る。返事の代わりに目蓋を閉じる。

 恐れを知らず、影を知らず、まっさらでまっすぐな、あまりに正しい、騎士。
 彼はきっといつの日か、あの光のように、何もかもを平らげて行くのだろう、と、思った。



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