雨が降る。小粒の、決して大雨とは言えないほどの雨が降る。さらさらと歌うように、けれど止むことなく降り続けている。

シンクは珍しく一人、傘もささずに街を歩いていた。
つい数時間前まで人の生活感を漂わせ賑わっていたこの街は、再び訪れてみるとその喧騒もまるで嘘だったかのように静まり返っていて、雨の音だけがよく響いた。夜の空に星は無く、ただ厚いような薄いような雲が覆っているだけだ。月明かりすら当てにならない。道を照らすだけの灯をシンクは持ち合わせていなかったので、手ぶらのまま、彼女はただ黙々と街の中を歩いた。

何処かで子供が泣いている声が聴こえる。さらさらと歌う雨に掻き消されそうになりながらも、彼女の耳にそれは届いた。声の元へ足を向ける。濡れた髪からはしとどに雫が落ちていた。
果たして、大通りの隅に、声の主がうずくまっているのを見つけた。どうやら泣いていたのはほんの幼い少年で、彼もまた雨に濡れていた。

「こんばんは」

その声は空気を揺らし、雨に掻き消されることなく街に響く。彼女は、いつもの優しい笑みを作った。
声に驚いた少年はビクッと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げる。少年と目が合ったことを確認すると、彼女はポケットをごそごそと探り始めた。
そうして取り出したのは、可愛らしい水玉模様の包み紙。少し大きめの飴玉だった。

「あめ、食べるー?」

どうやら彼が迷子であるらしいと判断した彼女は、その飴玉を手のひらに乗せ差し出した。
彼は泣き腫らし真っ赤に染めた頬で、困ったように辺りを見回す。怪しい人に物をもらってはいけないと、誰か大人に言われたのであろう言葉を呟いた。

「シンクちゃんは怪しい人じゃないよ。ちょっと散歩、してただけ」

ちょっと散歩するのに何故傘を持っていないのかとか、何故こんな時間にこんな街に居るのかとか、怪しくないと定義付けるには怪しい点が多すぎて、彼は更に困ったような顔をした。
そんな子供とは対照的に、彼女はケロリと笑う。膝を抱えていた彼の手のひらを開かせて、雨に濡れた飴玉を乗せた。

「ほら」

そしてそのまま手を取って彼を立たせる。濡れた髪を揺らし、先刻と同じ笑みを見せた。雨は歌うように降っていて、まるで子守唄のようで、鎮魂歌のようだった。
帰ろう。それだけ言って、彼女は手を繋いで歩き出す。飴玉を握りしめたまま、彼もそれに従った。

雨がさらさらと歌うように、子守唄を、鎮魂歌を歌うように降り続ける道を二人きり。誰かの生活と喧騒は置いてけぼりで、家々に灯る明かりをのぞみ、誰もいない道をただ歩いた。


▲ 夢を売って靴を買った子供の話
買い取った夢は如何致しましょうか


title by 不在証明


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