世界は醜い。戦争を繰り返してきた、この世界は醜い。綺麗なものなんて何一つ残ってなどいない。そう信じて疑わなかった。そうやって生きてきた。
事実、男が見てきたのは生臭い戦場や私利私欲を撒き散らした国家ばかりで、そこに綺麗なものはなかった。彼もまた、それを悲観するほど綺麗ではないのだろう。

戦争の為に建てられた急設の基地は脆く、今にも崩れてしまいそうだ。白衣の軍服を纏った将校らしき男は、ふと思った。いくら急設とはいえ崩れはしないのだが、彼にはそう見えた。

まもなく、戦闘が始まる。朱雀が土地を取り返しに来るのだ。
そうやって仕返しばかりで戦争は繰り返される。今こうして続く戦いの最初の理由も男はもう知らない。ただ、男の主がその終わりを願っている、ということだけはハッキリしている。

自分も終わりを望んでいるのだろうか。男はくつくつと嗤った。
戦いを終わらせるために戦う彼らである。本当に戦いを終わらせたいのかと問われて、はいそうですと言うのは憚れる。なら今すぐ止めれば良いだけの話。

空を行く鳥は知っているのだろうか。地を這う虎の渇きと苦悩を。奴等は知っているのだろうか。
裏を返せば。地を歩く虎は、空に溺れる鳥の悲しみを知らないのだ。

踵を返し振り返ったとき、何かが反射して日光が男の目に刺さった。
陽射しを弾いたのは彼らが武器とする鋼機だ。今日はよく晴れていて、実に戦争日和だなと男はまた嗤った。

太陽は嫌いだった。故郷に降り注ぐ日光は男にとっては害でしかなかったからだ。雪原に反射した光はじりじりと肌を焼き、目を痛める。青い空は身近なものでなく、寧ろ何処か気味の悪いものであった。

――ぱた。

何か水滴が男の軍服を叩いた。だが空は雲一つ無い、とは言えないが眩しいほどに快晴である。
気味の悪い色である。

――ぱた、ぱたり。

しかしどう見てもそれは雨だ。晴れているのに雨などあり得るのだろうか。少なくとも男は見たことがなかった。
数滴だった雨は、やがて傘をささねばならないほどまで降りだした。しかし変わらず空は晴れで。気味の悪い色で。

故郷は雪国だった。降るものといえば雪だけで、彼の世界は一面、白。雪は音もなく知らず積もり、痩せた土地は芽吹かなかった。恵みの雨が降るには少々冷えすぎた国。無色無音。それだけだった。

ぱたぱた、雨が軍服を叩く。
男が嫌った太陽は降り注ぐ雫石に各々小さく身を納め、各々輝き、男が気味悪がった空は地上に降りた太陽に青く照らされ、ぽつねんと浮く白い雲と見事に対を成し、基地の隅に咲いた赤い花を雫石が濡らし、土はみずみずしい黒を取り戻した。雨音は跳ねるように歌った。

男はその光景を呆然と見ていた。自分が濡れるのも構わず、ただ見ていた。
まだ、世界はこんなにも美しかったのかと。その景色を奪おうとも壊そうとも思わず、戦うことも忘れて、ただ、綺麗だと。

世界は醜い。戦争を繰り返してきた、この世界は醜い。綺麗なものなんて何一つ残ってなどいない。そう信じて、生きていた。
しかしまだ世界はこんなにも美しく、こんなにも綺麗で。
欲を血で洗ったようなこの世界は、それでも尚美しく逞しい。だから人は生きていようと思うのかもしれない。
たとえそこに戦いしかないとしても。戦うために戦うのではなく、生きるために生きるのだ。この世界にあり続けるために、生きるのだ。

「准将! 何してるんですか濡れてますよ!」

慌てたように走ってきた部下に、そう思ったことを言ってみたらどうなるだろうかと考えた。
やはりくだらぬと、男はくつくつ笑った。彼はまだ、それを美しいと思えるほど綺麗なのだろう。


▲ 戦場は雨
ごきげんよう、愛しい世界


title by 不在証明


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -