今日もまたジャックは怪我をした。誰よりも前に出て戦うから、戦おうとするから、生傷が絶えない。

「何、してるの」

ジャックは青い目をくりくりさせて問う。表情も言葉も子供臭かった。

「包帯巻いてる」

マキナは白い帯をくるくる巻くことを止めないで答える。
夜中、まだ朝が来ない内にマキナが作戦から戻ったのが一時間前。ジャックがぼんやり座っていた無人の教室にやって来たのが十分前。彼らには魔法という非常に便利なものがあるというのに、わざわざ薬を取って既に傷の消えたジャックの腕の治療を始めたのが二分前。
その間ジャックは、黙って謎とも言えるクラスメイトの行動を見ていた。そしてようやく声を発したのがついさっき。
多くの候補生にとって、治癒に時間のかかる非効率的なそのやり方は正しい方法ではない。故にその方法を取る彼のことも正しくないと捉えることが出来る。

12人の枠の――外局で育った幼馴染み達もしくは兄弟の――外から来た少年は、ジャックにとって珍妙な存在だった。
時々こうして、"正しくないこと"をするから。

「何で、わざわざ?」
「こっちの方が治りが早いんだ」

そんな馬鹿な。
思わず呑み込んだ言葉がジャックの腹の中で響いた。魔法なら一瞬で跡形もなく傷は消えるというのに。

包帯の端を止めて、ぽんぽんと軽く叩く。驚いて声も出ないジャックを置いて彼はこれで終わり、と呟いた。
もともと小さな怪我だったから包帯に血が滲むこともないし、それこそ唾つけてれば治る程度だったし、こんなに大袈裟にしなくてもいいだろうに、とジャックが思ったことくらいはマキナも見抜いている。

「早く、治るといいな」

子供臭い、鼻が曲がりそうな程。そう思ったのはどちらか。
マキナはそれ以上言わない代わりに笑った。ジャックは訳がわからなくなって曖昧に笑ってみせた。
他にもたくさん怪我をしたはずの皮膚は傷ひとつなくて、それがかえって痛ましい。
跡を消すだけの魔法に頼っていては、傷はいつまで経っても治らない。癒えることはない。

『ほら、こうやって手を当てれば痛くないだろう? 早く治ると良いな』

記憶は虫食いで穴だらけだ。台詞だけが浮かんで、誰の言葉か分からない。誰かの声と笑顔がぼやけた脳内の隅。
マキナは丁寧に包帯の巻かれた腕に自らの手のひらをそっと置いた。彼の低い体温がじわりと滲んだ。

ジャックは戦闘中、必ず人の前へ出ようとする。彼が使う武器の性質上仕方ないことなのだろうが、マキナにはどうもそれがわざとのような気がしてならないのだ。そんな筈はないのだけれど。
負傷しても笑っていられるジャックの顔を見ていたら、そう思えた。
誰かを、思い出させた。

傷の無い傷だらけの腕に乗せていた手のひらに少しだけ力を込めた。マキナは黙ったまま、やはり何も言わなかった。

「マキナ……?」

ジャックが小さな声で呼ぶ。彼の戸惑いも見えた。明らかに不審なマキナのことが心配なのか、自分の腕に乗せられた手に手を重ねる。マキナの目が泳いで震えていることに気付いた。

「どうしたの。何か、怖いものでも見たの」

「(嗚呼、止めてくれ)」

無い記憶を引っ掻き回さないでくれ。その言葉が、笑顔が、自分を省みない優しさが、他人を庇おうとするそれが、誰かみたいで寂しくなるから。

「怖いなら、何も、知らないフリしてて良いよ」

死んでも死ねない彼らが知ってしまうことは多い。例えば、死の直前の感覚とか。普通は知らなくて良いことを、知ってしまう。それを辛く感じるのは仕方の無いことだとジャックは笑う。だから何も知らなかったことにして、目を瞑ってしまえば良いんだよと。

「見なくて、良いよ。心配しないで。代わりに僕が前へ出るから」

『マキナ、心配すんな。代わりに俺が――』

止めてくれ。止めてくれ止めてくれ、そうやって掻き回すのは。無い記憶が泣くんだ、誰かみたいだって。思い出せないくせに。悲しいんだ。
腕を掴む手に力を込めた。真新しい包帯の感触がざらざらと、きっとしばらくはこの手に残るんだろう。
布越しの体温が寂しさを呼んだ。誰かを思い出させる。泣きたくなった。

今日もまた彼は傷を負う。人を庇って、何も知らないで済むように、誰よりも前に出て戦うから生傷が絶えない。
明日もまた傷を負う。明後日も、明明後日も。

「(出来るなら、消しても消しても癒えない傷で動けなくならないように、包帯を巻いて、キミはもう傷だらけなんだと教えたい)」

無い記憶が言うんだ。これ以上誰も居なくならないでって。


▲ 盲目メリーゴーランド
無知と恐怖と包帯

title by 不在証明


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