薄暗い自室で、ジャックは窓の外を見つめていた。空は雲が立ち込めていて、狂ったように風が窓を叩く。鉛のような色だ。
今日は嵐になるんだろうな、とエイトが呟いた。じきに雨も降りだすだろう。風呂上がりだったジャックは、血とワックスとで傷んだ髪を濡らしたまま、もう10分はそこに立っていた。髪を乾かす気はないようで、申し訳程度に首からタオルをぶら下げているだけだ。このままでは風邪を引きかねない。

「風邪を引くぞ」

声を掛けたが、ぽたぽたと雫を落としながら、今は下ろされた髪が少し揺れただけだった。どうしても彼は動く気がないらしい。
壁に架かった時計は、まだ14時を回ったばかりだ。つい数十時間前に行われていた大規模な作戦の事後処理なんかで今日は休みだというのに、こんな天気では何も出来ない。
いい加減暗い部屋もどうかと思って、エイトは明かりを点けた。ぱちり、音と共にほんの少し部屋が明るくなる。暇なので課題でもしようかと机に座ると、ようやくジャックが口を開いた。彼にしてはやけにゆっくり、言葉が紡がれていく。

「……思い出せない。 誰か逢いたい人がいたのに、 誰か大切な人がいたのに、なんにも思い出せないんだ……」

空気も心も重たいのは、鉛色の空のせいだと、今にも泣き出しそうな声を聴きながらエイトは思った。
彼の片耳のピアスが目に止まる。そうだ、あれはジャックが誰かと分けたものだ。
果たしてそれが誰であったのかを思い出す術を、生憎彼達は持ち合わせてはいない。
きっと、永遠に解らないのだろう。

気が付くと、いつのまにか空と同じ色の雨がざぁざぁと降っていた。


▲ ピアスホールに落ちる


title by 不在証明


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