――鳥になりたい、と願わない日はなかった。
ずぶ、と襲いかかってくる男の胸にナイフを突き刺す。腕や顔に血が飛んだ。

『ターゲットはちょうどその先の建物だ』

COMMからノイズ混じりに聞こえて来た指示に、了解、とだけ応えてナギはナイフを抜いた。倒れた男は朱雀兵の格好だったが、そのわりには随分小柄だった。
――鳥になれば、翼があれば、ここから抜け出せると思ったから。
ターゲットは案外簡単に見つかった。指示された建物の、一番奥の部屋。蒼龍に情報を流していた裏切者がそこに居た。ゆっくりと歩み寄る。そこそこ地位のある武官だったから、ナギのマントを見て彼の目的を悟ったようだ。
なら話が早い。

「あんたに処分命令が下った」
「情報が早いな。流石諜報――」

武官が言い終わる前にナイフを振りかざす。心臓に命中したようで、ごぼりと赤い血を吐いてナギに凭れてきた。汚い、そう思って武官の体を押し退ける。さようなら。もう名も解らない武官が倒れた。
――自由な空を飛びたかった。ここから逃げたかった。
機密文書を発見したのですべて燃やした。あとの細かいことは他に任せよう。

「任務完了、これより帰投する」

COMMに向かって告げた声は、酷く無感情だった。
――きっともう、今の俺ではだめだろう。たとえ翼があったとしても。
血だまりを踏みしめて、それに何も感じなくなった自分に舌打ちをした。感情が、消えていくように、心が、麻痺していく。そんな自分が嫌いだった。
空気が汚いと思って、建物を出る。
――翼があっても、人は空を飛べない。その身を焦がし、地へ落ちるだけ。
外に出ても、空気は汚い。
歩き進めると小柄な朱雀兵の死体に会った。いや、正しくは朱雀兵の姿をした蒼龍兵か。
――血で汚れた俺は、無垢な空を渡ることはできない。
光と影が対なら、青く白い空と赤く黒い大地が対だ。鳥と人も、また同じ。
汚いのは空気ではなく、自分の体だと気付いた。
――もう嫌だ。ここから抜け出したい。

「麻痺した心で何を嘆く?それがお前の選んだ道だ」

そう、死んだはずの男が言った気がした。

「そんなこと、知ってる。それでも、」

――それでも、俺は
彼は振り返らずに歩き去った。


▲ イカロスの覚悟


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -