! BLっぽい


「痛いなぁ」

夜空を見上げてナギは呟く。
痛いのは身体なんかじゃない。
確かに今日負った傷は痛い。魔法を以てしても、痛みを痕を完全に消し去ることは出来ない。今はそう、こころが痛い。ありきたりで、使い古された表現だな。ナギは自嘲するように少し笑った。おそらく彼のこのような表情を見た者は今まで一人もいないだろう。
何を感傷に浸っているのか。この程度のこと、慣れたもんだろ。
9組は落ちこぼれクラス。運で候補生になれた者の集まり。誰もがそう信じている。
そう、あれはまだ候補生になったばかりのころ。任務で一緒になった他組のやつらがナギを馬鹿にしたように笑って言った。

『足引っ張んじゃねぇぞ』

引っ張ってるのはどっちだ。そう言いそうになるのを、すんでのところで呑み込んでいつもの笑顔を貼り付けた。ナギが居なければ、そいつは間違いなく死んでた。気付いていないだけ。
9組は落ちこぼれクラスではない。諜報4課の隠れ蓑だ。朱雀の裏の仕事を一手に引き受ける、汚れたエリートの集まり。一部の人間しか知らないこと。
今ナギは0組だけれど、それでもたいして他人の態度が変わるわけでもない。だって落ちこぼれだから。そうだろ?
なんて、言ったところで何になるっていうんだ。くだらない。なんて馬鹿馬鹿しい。手を固く握る。

「そのくだらない世界で生きてる俺が一番くだらない、か」

絞り出すように言った。幸い夜のテラスには人が居らず、ナギの呟きは誰かに聞かれることもなかった。

「(くだらない俺は、このくだらない世界で生まれて、くだらない人生を送り、そして死ぬんだ)」

じゃあ何のために自分は生きるのだ。そう思うとなんだか泣けてきて、気付くとぼろぼろ涙がこぼれていた。もう何年も流していないその雫が、痛みを和らげる訳でもないのに、ナギは涙を拭おうとしなかった。拭うだけ、無駄だった。あとからあとから、ぼろぼろこぼれた。辛うじて嗚咽を抑える。空を見上げて、泣いた。
痛いなぁ。
今度は心の内で呟いた。俺はこんなに弱かっただろうか。

「……ナギ?」

澄んだ声が背後からナギを呼ぶ。しまった、と思った。いつのまにか人が居たのだ。いつもなら、ここですぐ振り返って笑顔を見せるのに。泣いていたから、知った声だったから、ナギは動けなかった。せめて何か答えなければ。彼がこちらに来る前に。けれど、声をあげようとすると嗚咽が混じりそうになる。
ぎり、と手を握りしめた。これは何かを耐えるときの癖だ。おかげで掌の生傷が絶えない。
肩を小さく震わせ俯く姿が泣いているのだと、この声の主が気付かぬはずがない。
彼は――マキナは、優しいから。
彼の優しさに触れたら、もう二度と立ち上がることさえ出来なくなる。そう思った。
だから早く、笑わないと。
大丈夫って、言わないと。
後ろで戸惑う気配がした。そのまま、気配は近付いてくる。ナギは必死で涙を止めようとして、一層強く手を握った。古い傷が開き血を滲ませ、食い込んだ爪が新たな傷を創る。

とうとうナギが笑顔を作るより前に、マキナは隣まで来てしまった。逃げ出そうとしたけど、足が言うことを聞かなかった。
そっと、思っていたより随分傷だらけで大きな手が、ナギの手をとった。筋が見えるほど強く握られた指を開かせる。ひとつ、ふたつ、みっつ。きれいに開いた掌は、案の定傷が増えていた。無理をするなと、彼は消え入りそうな声で言った。悲しそうに笑った。
包み込むその温かさが、苦しくて。涙の止め方を知らない少年は、枯れるまで泣き続けた。


▲ 強い弱い心
後ろには下がれないけれど、前にももう進めない


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