雨は嫌いだ。それは頭痛を呼び、頭痛は鬱々とした気分を呼ぶ。うるさいくらいに降り続けて、俺の邪魔をする。
世界の終わりを告げる鐘のように響く痛みを抱えて、ベッドから硝子越しの空を見た。眠ることもできないまま、少し冷えた空気を吸う。バケツどころじゃない、プールをひっくり返したくらいの水は、ざばざばと音をたてて、ばしばしと壁を叩く。痛む頭は、ろくなことを考えない。だから雨は嫌い。

もう死んでしまった人達のこととか、思い出そうとしてみた。昔のアルバムや日記なんかを開いても、解る顔も名前も少ない。家族ですら、俺の手には弟しか残っていない。
そういえば今朝、街で泣いていた子供はどうしたのだろうか。大好きなおもちゃをなくしたと、母親を困らせるほど叫んでいた。俺達が大切なものをなくしても涙が出ないのは、やはりクリスタルの所為か。あの子のようにおもちゃを失っただけなら、悲しむことも出来るけれど。それすらも出来ない。ただ、虚しさが残るだけ。
今もほら、ただぎりぎりと頭が痛むだけ。
ああ、雨がうるさい。

「兄さん、大丈夫?」

ギギ、と扉を押し開け、まだ幼い弟が心配そうに俺を見た。綺麗な、翡翠色の瞳。俺と同じ色のはずなのに、やけに綺麗に見えた。こういうのを、純粋、というのだろうか。
ざばざばと、雨は止まない。頭痛は酷くなる一方だ。ますます雨が嫌いになる。
小さな腕で、山ほどの薬を抱えてマキナはやってきた。おそらくどれが良いのか解らなかったのだろう。胃腸薬から睡眠薬まで、家のありとあらゆる薬を持ってきた。後で部屋を片付けなければならない。きっと薬箱をひっくり返したろうから。

戦争は相も変わらず続いていて、状況は刻々と悪化している。ごく僅かな変化だが、確実に悪くなっている。それは坂を転がる石のように。と、誰かが言った。石は壊れるまで転がるのだそうだ。坂の終わりまで、自力ではもう止まれないと。
これ以上悪くなるというのか。弟があと少し大きくなる頃にも、戦争は終わらないのだろうか。俺の幸せはもう良いんだ。それはもう諦めたんだ。けれどせめて、俺を見返すこの翡翠は曇らせないでくれ。彼が幸せであればそれだけで良いから。
決して賢くはない俺が出来ることは限られている。候補生にはなれないから、軍に入ろうか。それが、唯一弟を守る方法。

マキナが持ってきた薬の中から、ようやっと頭痛薬を探し出す。ぽたりと溢しながら水を運ぶ彼に、ありがとう、と言ってコップを受けとる。柔らかい髪を撫でると、くすぐったそうに笑った。この笑顔を守るためなら、何だって出来るように思える。

明日あたり、志願書を出しに行こうか。気が変わってしまう前に。今日ばかりは雨に感謝しよう。頭痛で正気じゃないから出来る選択は、俺の人生を一切変えてしまうだろうけど、それで良い。それが良いんだ。
出来ればマキナには戦ってほしくない。でも多分無理だよな。だってお前は優しいから。頭も良いし、もしかしたら候補生になるかもしれない。ぴょこぴょこと跳ねるように走る、小さな小さな背中に目をやった。
せめてその頃には石が止まってくれることを願う。

雨は嫌いだ。脳を直接締め付けるような痛みをそのままに、硝子越しの空を再び見た。空は、重い重いと叫ぶように雨音を奏でた。抱えた悲しみに耐えきれずに、雨を降らせた。暗い雲が自分みたいで、だから雨が嫌い。冷えた空気を肺に押し込んで、虚しさが曇らせた翡翠を瞼の裏に閉じ込めた。
薬を飲んだら少し眠ろう。そして目が覚めたら、戦場に身を投げる一人になる。
まだ雨は止まない。


▲ 錆びて朽ちてやがて果てて
そうしていつか土に還る


title by 不在証明


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