少年は降り積もる雪を見た。染みていく血を見た。ろくに手入れもせず錆びたレイピアを握り、ただ立っていた。周囲には死亡した白の兵。目前には負傷した朱の兵。彼はただ見ているだけだった。

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マキナは人知を超えた強大な力を、レムを守るために手にした。唯一残された、大切な人。彼女を守るためなら、たとえそれがどんなものだとしても関係なかった。どうでもよかった。彼女が幸せになってくれるのなら、何でもよかった。自分は無力だから、力が必要だった。だから手を伸ばした。しかしクリスタルは、運命はただそれだけを望む彼のその手から何もかも根こそぎ奪っていったのだ。
最初は魔法のコントロールが上手く出来ない程度だった。ぼんやりする時間が増えて、踏み潰された花に何の感情も抱かなくなって、おかしいなと気付いた頃には鳥を絞め殺そうとしていた。覗いた鏡の向こうの自分は、死んだ魚ようなの目でマキナを睨んだ。恨みすらこもっていなかった。ルシになるということがどういうことかを初めて知った。
今の自分を、レムに、仲間達に見られたくない。逃げるように皇国へ向かった。

いつか見た雪の街、そこで彼はルシとして過ごした。乙型ルシ・クンミの後を継ぎ、兵器の性能を上げるテストに参加した。かつての仲間を殺すための武器を作っているのだと思い出すのにかなりの時間が必要なほど、『マキナ』は薄れていた。もう彼女の幸せを想う余裕も無く、必死に自分を保つことしか出来なかった。彼女は大丈夫だと言い聞かせられたのは、心のどこかでクラスメイトをまだ信じていたから。
薄らぐ意識は解っていたのだ。軍令部長が言ったことは間違ってはいないだろうけど、彼が、否、彼等が故意に兄を殺したわけではないことを。なんだかんだ言って優しい彼等が、助けれる人物を理由もなく見殺しになんてしないことを。

時が経つにつれ、ますます自我は消えていく。力を手にしても彼女を守れないなら、なんだやっぱり俺は無力だ。操れない力に、意味なんて無い。そう思った。
せめてこの刃が、自分の知らないうちに誰かを傷付けてしまわないようにと、あえてレイピアの手入れをしなかった。

雪の街に住む人々は、思っていたより優しかった。親切で、温かかった。忘れかけていた人の温もりを思い出して、泣きそうになった。白虎の人々は子供を兵器のように扱う朱雀を悪としていた。子供が戦うことを嫌う、その考えは解らないけど、彼等には彼等の守るものと正義があった。
敵対するものの温もりを、両方知ってしまったから、あぁもう戦えないなあとマキナは呟いた。
ほどなく、自我は白い絵具に塗り潰された。何の為に戦うのかも、何と戦うのかも、自分が何者かも解らないまま、ルシは武器を取った。錆びて欠けた刃は、使い物にはなりそうになかった。

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ルシは降り積もる白を見た。染みていく朱を見た。もう役に立たない武器を握り、ただ立っていた。周囲には死亡した仲間。目前には負傷したかつての仲間。どちらかを選ぶことなんてできず、彼はただ見ていた。負傷した兵がその傷により死亡しても、雪を染める朱と、その血を隠すように降る白を見ていた。
ふと、何を思ったのかルシは欠けた刃を手首に当てた。ぐっと力を入れて引くと、真っ赤な血が視界を染めた。刃は久方ぶりの血を吸って、歓喜の声を上げる。
流れるそれをしばらく眺め、時々思い出したように処置をし、血が止まればまた傷を付けて繰り返した。
気付いた白虎兵が止めに入るまで、彼はキチガイじみた行為を止めなかった。
刃は血を、戦いを求めて狂ったように叫ぶ。錆びて動かない歯車を無理に廻して求める。それに応えるように、全て吐き出すくらいに血を流し続けて、手が落ちるくらい深く深く傷を付けて、ルシは無感情の嗤いを浮かべた。

どこか遠くで、誰かが泣いている。黒い髪を揺らして、肩を震わせて、苦しいと喘いでいる。
この身に流れる朱だけが、俺に残された最後の守るべきものだから。これ以上奪わないでくれと、泣いていた。


▲ 奪うもの、奪われるもの
何も守れなかったこの手すら、


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