空が透明になった。クリスタルも世界も鳥も虎も龍も亀も、一度死んだから透明になった。

ぱっくり開いたエントランスから覗く中庭は見るも無残だ。そしてきっと、中庭から見えるエントランスも無残なのだろう。
私がそれに気付いたのは、日が薄く明けてきた早朝だった。急に襲撃が止んでから既に数時間が経っていたが、そこで初めて魔法が使えないことに気が付いたのだ。
どうするの、と候補生の少女が言う。エントランスには片手で数えられるほどの人しかいない。綺麗な頬に飾られた傷はもう乾き始めていた。どうしようもないだろうと彼女の隣にいた少年が呟くのが、私の耳に届いた。
私はひとり、衣服のほつれた糸でくるりくるりと遊んでいる。
朱雀兵に支給される軍服は鎧と呼ぶにはあまりに心細いが、それでも自分が朱雀を守っているのだと誇りにしていた。初めて袖を通した時は、騎士にでも為ったかのような心持ちだったことを今でも覚えている。
守るはずだった街へはまだ降りていない。きっと戦争の時よりも恐ろしい有り様なのだろう、見たいとは到底思えなかった。
守れなくて崩れたものを眺めれるほど私は強くはない。それはちょうど、傷口に塩を刷り込むことと同じ。

吹き止んだ風の所為で、舞い上がったほこりが沈んだ。吹き曝しのエントランスが可哀想。

どうしよう。また別の声があがる。今度は私と同じ若い兵だった。彼は半分折れた細い剣を見ている。
彼の向かいでその折れた剣を見つめていた少し年上の兵士が何か言いたげに顔を上げた。そして言いたげに辺りを見渡して、また頭を下げてしまった。

折れた剣を握り直そうとして兵士は武器を取り落とした。魔法が使えない候補生は頬の傷に手を伸ばした。
どうしようもない。戦争は終わってしまったのだ。戦うための私達は戦わないことが分からない。
キリ、とほつれた糸を引っ張る。

その時、崩れていた廊下の辺りから物音がした。

「ああ、よかった。まだここにもいたんだね」

瓦礫の向こうから、白衣を着た男が現れた。それは、いつも私達に指令を下す声と似ていた。似ているけれど違うものだった。
頬の傷を引っ掻こうとしていた少女に、白衣を着た男が優しげに笑いかける。もう大丈夫だから、と。
彼女は涙を流した。傷に染みて痛いだろうに、泣いて泣いて、隣の少年が肩をさすった。言いたげに顔を上げた兵士ですら泣きそうだった。

「ごめんね。これまで戦わせてしまっていて。すべてを若いキミ達に押し付けて、安全圏で息をしていたのはボクらだ」

男はそう言って、少しだけ眉をひそめて微笑んだ。そんなことはないのに、と思う。大人になれば魔力は衰えてしまう、それは仕方のないことだ。それに前線に立つ大人だっているし、この白衣の男も魔導院にいる以上、軍部か候補生へ技術なんかを与えてくれているのだろう。なにも、私達は強いられて戦っていたのではないのに。

私の頬を何かが伝う感触がした。切り詰めて千切れそうだった糸が緩んだ。
白衣の男はヒビの入った眼鏡を外すと、反対側の廊下へ近付いた。そちらの側も崩れていて、そこには死んだ幼い子供が寝ているのを私は知っている。
瓦礫の影に隠れて見えなくなった男は、しばらくしてまた姿を見せた。その体に白衣は掛かっていなかった。
日が差して少しだけ周囲が明るくなっていた。男は微笑みながら高らかに言う。
――戦争は終わった。さあ、これからの話をしようか。


▲ 世界が透明になった日
戦いに生きた騎士達よ


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