昼時を過ぎたリフレッシュルームに客は少ない。任務を終え、空きっ腹に何か与えようと立ち寄ったサイスは、どかりとテーブル席に座った。ひそひそ、辺りでは他クラスの候補生が赤いマントをちらちら見て何か話す。気分の良いものではないが、特に手を出してくるわけでもないので無視をする。日常茶飯事、0組は嫌われ者。しかし彼女にとってはどうでもいい事。後ろで一つにまとめられた銀の髪が揺れる。

「何か食べるかい?」

尋ねてきたマスターに、適当に頼むと告げる。差し出されたカップを受け取った。
サイスは食べ物にこだわりを持たない。飲み物もそうだ。栄養を胃へ流し込む、食事とはただそれだけの行為に過ぎない。それ以上も、それ以下も無い。
カップに満たされた液体を口にして初めて、それが何だろうかと見る。今日も紅茶だ。種類なんて知らないが、さすがにここ数日、紅茶ばかりを飲んでいた彼女はいつもと何か違うことに気付いた。
にこにこしたマスターと目が合う。サイスの眉間にシワがよったのを見て、マスターはまた笑った。
なんだかマスターが気持ち悪いが気にしない彼女は、カップに口を付け、紅茶を飲む。

「ちゃおちゃおー、サイスじゃない。おひとりかしら?」

視線を上げるとそこにはカルラがいた。守銭奴。舌打ちと共に、不機嫌そうに言うと水色の髪はけらけら笑った。そのままサイスの隣に座る。ひそひそ声と痛いような視線が人の少ない空間に溢れたが、カルラは気に止めなかった。

「マスター、私にも同じの下さいなー」

ふざけた声で叫ぶカルラ。こちらもいつもと何か違う気がした。
サイスは微妙な居心地の悪さに心の中で首を傾げる。ひそひそ、ちらちら。いつものことだが、いつもより耳につくのは何故だ?

「どうぞ」

目の前に皿がことりと置かれる。白い円の上には湯気の出ている何か。その形は、所謂ハート。
サイスは盛大に顔をしかめた。隣で同じ物を出されたカルラが、またけらけらと笑う。彼女のは、普通の円形。そちらを見て、皿の上の物がパンケーキだと気付く。
甘いのは嫌いじゃないが、好きでもない。

「甘いのは嫌い?」

聞いたのは紺のマント。問題なのはそこじゃなくて、この、形。
自分ほどハートが似合わない者はいないとサイスは思う。

「何か悩み事なら聞くわよ。もちろん有料で」

相変わらず笑ったままのカルラが言う。カウンターに引き下がったマスターは、まだにやにやしている。
何故、と目だけで問うサイスの周囲、半径1メートルに漂ういかにも不機嫌なオーラ。

「だって疲れてるんでしょ?顔、酷いわ」

円いパンケーキにフォークを突き刺しカルラは言った。食べながら皿の横に置かれた蜂蜜を取って、カルラのではなくサイスのハートの生地にかける。笑った顔が茶色のキャンパスに描かれた。
なるほどいつもと違ったのはサイスの方だったらしい。立て続けに言い渡される任務に、そういえばイライラしていたことを思い出す。

「食べるってのは気分転換になるぞ」

まだにやにやしているマスターが、紅茶の入ったポットを手にやってきて、空になったカップに注いだ。今日のは良い紅茶なんだ、と嬉しそうに言う。
再び液体が満たされたカップと、サイスに笑いかけるハートのパンケーキ。
ぶす。
なんとなく顔を避けてフォークを突き刺した。
甘いのは嫌いじゃない。
食事とはただ栄養を胃に流し込むという事で、それ以外の意味は持たない。

「(違う)」

他に何かあるはずだ。栄養を摂る、ではない食べる事の意義。探す為に、明日もリフレに来ようかと心の隅で思い、サイスはフォークを口に運んだ。
ひそひそ声も視線も、もう気にならなかった。それはまるで平穏な日々みたいだと誰かが言った気がした。


▲ 飴色アフタヌーン


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