昔、むかし。それほど遠くない過去。初めてヒトの命を奪った夜。
子供達は怯えていた。殺すということの重大さを、命の重みを知り、ただ震えていた。怖いと呟いたり、返り血を見つめていたり、無理やり泣き笑いをしたり、空を睨んだり、無表情で俯いたり、床を殴ったり。皆血だらけだった。怯えていた。日が暮れた空は、青か黄か紺かよく解らない色をしていた。
私はまだ笛を吹いている。
人を傷付けた時とは別の、思い付いた音を鳴らせただけの曲。音楽ではなく、武器でもない、それはただの雑音。

「デュース、もう止めろよ」

言ったのは誰だったか、それでも笛の音を止めなかった。指が言うことを聞かなかったから。私の意識を無視して、雑音を奏でたから。
だから、紛れもなく私のせいで、彼らは泣くのを止めてしまった。泣いてはいけないと、怯えてはいけないと、彼らは立ち上がってしまった。皆優しいから、私の手を取って歩こうと言った。震える指をそっと握って、音を止めた。
誰かの未来を奪うことに、慣れてしまってはいけないのに。他者の死を、自らの死を、恐れなければならないのに。

皆の涙を連れ去った、私はまるでハーメルンの笛吹。おとぎ話に自分を重ねるなんて、それはそれは愚かな行為。

今日も笛を吹く。連れ去った涙が、戻って来てくれないだろうかと。
そんなことしか出来ない自分が嫌い。皆こんなにも優しいのに。
優しくなりたいから、皆の良いところを探した。探して比べて、やっぱり私が嫌いになった。
今日も偽物の優しさを振り撒く。優しくなりたいと、思ってみただけで、それはただの真似事。いつか本物になれば良いのにと、戦い以外のことをこっそり学んでみた。本の中に広がる世界はとても美しかった。

雨の中、消えそうな笛の音が響く。硝煙混じりの濁った雨が、誰かの頬を伝う。私の目の前に転がる、名をなくしたその人は泣いてはいない。死んでしまえば泣けない。なら、泣けるとしたらその誰かは生きていると言うの?泣けないから、私は生きていないと言うの?皆は生きていないと言うの?
震える指で奏でる音に、意味なんてない。ただの雑音。雨音の方がよっぽど綺麗な音楽だ。黒い雫は、きっと私の涙より綺麗。それを降らす空は、黒か灰か赤かよく解らない色をしていた。
この音に、意味なんてないのです。ただ鳴らせただけなのです。さっきからこうして話している昔話も、聞かなかったことにしてください。意味など無いと、そういうことにしてください。頬を伝うこの雫が、雨か涙かも解らないのです。やはり皆は、生きているとは言えないのでしょうか。そうだとしたらそれは私のせいです。ごめんなさい、ごめんなさい。
名の無い死体に謝ったところで、それこそ意味なんてない。それは知ってる。雫は止めどなく流れる。雨か涙か解らないから悲しい。

だから今日も笛を吹く。この雫も、どうか連れ去ってくれないだろうかと。


▲ ハーメルンの笛吹少女
そう思える貴女が優しい


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