ばたん、と大きな音が教室に響いた。扉を叩きつけるみたいに乱暴に開いて、マキナは教室に駆け込んだ。掠れたような薄い景色の中、12人の少年少女達が寄り添って眠っているのを見つけた。
ただ眠っているんじゃないことくらいすぐに気付いたけれど、理解するのには時間がかかったらしい。信じたくないとでも言うようにマキナは駆け寄って揺する。彼らの名を呼んで、起きろよと叫ぶ。少し遅れてきたレムが、息を呑んでそれを見てる。
そんな二人を、エースは後ろから眺めていた。

薄いとはいえ、色の付いた景色と二人と自分達の亡骸。けれど教室のちょうど真ん中あたりに居るエースは白黒だった。色彩が無かった。
驚いて声をあげたが、二人が気付いた様子は無い。幽霊か何かにでも成ったのだろうかと首を傾げた。マキナに揺すられているのは確かに自分である。

さて、どうしたものか。
掠れた景色を見ながら、ぼんやり考えた。まだマキナは慟哭してるし、レムはようやく彼に向かって足を踏み出したところだ。辺りに他の人達は居ないし、空は薄暗いまま。兄弟達が居ないというのが少し寂しい。

それでも時は流れている。死んでしまった人々を残して、泣いている人々を無視して。この世界で一番残酷なのはきっと、流れ続ける時間なのだろう。誰にだって何にだって、平等に訪れるから。
いつかあの身体は朽ちる。あれはただの脱け殻だが、それにだって時は平等に流れる。時が流れれば肉は腐る、腐れれば崩れ、そして消える。死んだ人の記憶は無くなるから、脱け殻が消えてしまえばそれでおしまい。

ふと目を落とすと、腕が透けているのが解った。ここに居られるのも、あと少しなのかもしれない。
声も姿も、マキナとレムには感じれていないのだろう。そもそも0組の間に別れの言葉なんて必要ないけれど、何か伝えたいことがあるような、ないような。

「(ああ、そうだ。マザーが昔教えてくれた、あの唄を歌おう)」

どうしても思い出せなかった歌詞の続きが今なら解る気がして、短く息を吸った。

「迷子の――」

しゃがみこんだままの少年を見つめる。きっと立ち上がれるさ、マキナは強いんだから。エースは笑いながら歌った。薄暗い空が、分厚い雲が、太陽の為の道を開けるように退いていくのが見える。赤い雨はもう降らない。
灰色の空が青くなり、虹が架かる。それで周りの景色の色が濃くなって、エースの色彩のなさが引き立った。

「……もう、いいのか」

何処からか声がした。それは懐かしい、優しい声。なんだ隊長かと呟いたら、隣に同じく白黒のクラサメが立っていた。彼の視線の先はマントで作った朱い旗と脱け殻。

「うん。あの二人が居るなら、大丈夫だよ」

0組の仲間なんだから。この世界は大丈夫。僕らが居なくても、もう大丈夫。
半ば呪文のようにエースは大丈夫と答えてみせた。クラサメはマスクの下でため息を吐いて、それでから少し笑った。彼岸と此岸を繋ぐ、七色の橋を見つめた。

「そうだな」

▲▼

皆のマントで旗を作ろう、と、誰かが言った。唐突な提案だったけれど、誰も反対なんてしなかった。痛む身体を引き摺って道具を揃えて、マントを皆で縫い合わせた。武器や崩れた魔導院の瓦礫なんかを立てて、それを掲げた。ぼろぼろで歪な、大きな朱い旗が出来た。ありもしない未来の話をした。ありもしない夢の話をした。

――目の前の死が怖かった。でも、確かにその時は楽しかったんだ。幸せだったんだ。もう戦わなくていいんだって思うと、随分肩が軽くなった気がしたんだよ。たとえこの先が無いとしても。それは多分、戦うことしか知らなかった僕達に、二人がたくさんのことを教えてくれたからだ。

流れ続ける時間に背中を押される。そう、これでもうおしまい。視界が何かで滲んで、それでもエースは微笑んだ。
伝えたいことはたくさんあるけれど今はただ歌って、ただ笑って。どうか世界よ、幸せに。


▲ 舞台裏のスタンディング・オベーション
これにて終演


title by 不在証明


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