守ると誓った。大切なひとを必ず守る、決して傷つけさせやしないと。

「その為なら何だってやるわ。可愛い兄弟達を守れるのなら、他人の命を奪うことくらい簡単よ」

マキナに笑顔を見せてクイーンが言う。その顔は血に塗れ、かつて人であったはずの肉塊から剣を抜いた彼女を、鎮められる者は居ない。肝心の彼女の可愛い兄弟達はそのほとんどが、部隊が違ったので別行動だったのだ。ここにはマキナとクイーンしか居ない。敵は皆、ただの肉と為ってしまった。
ケタケタと嗤う、彼女が彼女でないようでマキナは後ずさった。どうにもここは息が詰まっていけない。

話は数日前に遡る。裏庭のベンチで本を読んでいたクイーンに、マキナは何気に声をかけた。

「何を読んでいるんだ?」

読書の邪魔をするべきではないとは思った。だが、彼女が開いている本の装丁が禿げかけていて、随分古いもののようだったから気になった。背表紙の文字はもう読めないほど消えていて、白い指が捲る頁も黄ばんで破れていた。

「……古い、日記です」

誰の、と聞こうとしたが妙に重々しく彼女が口を開いたものだから、それ以上追及してはいけない気がした。近くの椅子に座って、ふうん、とだけ言った。
それで会話は途切れてしまって、沈黙だけが流れた。少し居心地なさげにマキナは身動ぎをして、好奇心だけが宙を踊る。

「文字が文字に見えないのよ」

ぽつりとクイーンが呟いた。文字であるはずの線が、ただの線にしか見えないと。
これは何と読むのだったかしら、と彼女はその日記を見せてきた。古びた頁に書かれていたのは、おそらくまだ幼い子供のものと思われる文字。クイーンが指し示したところは、守る、と読めた。彼女が指さなかったところも、守る、と。
どこかで聞いたことによると確か、文字を見つめすぎるとその線を集合として見れなくなるそうだ。いくつかの線が集まってそのカタチに意味が付与される。線自体に意味は無いから、分からなくなる。つまり彼女はあまりにこの字を見つめすぎたらしいのだ。よく見るとその頁は一つの単語で溢れていた。
マキナはなんとなく怖くなって、好奇心はしゅるしゅると萎んだ。この日記が誰のものかなんて、聞きたくなくなってしまった。

その後はあまり覚えていない。多分、彼女に答えだけを告げて、逃げるように裏庭を離れたんだと思う。あの時以来、彼女とまともに会話していない。
どういうわけか、彼女と同じ部隊になって、それで今に至る。随分話を省略してしまった気もするが、マキナにとってはそのくらいの時間しか経っていないように感じれた。

ケタケタ、クイーンは嗤う。否、もはやあれはクイーンではない。彼女に潜む悪魔のようなものだ。だって普段の彼女はもっともっと優しい。兄弟を大事にしているところは似ているけど、あの悪魔は度が行き過ぎている。
守る、とまた彼女が言った。それは呪いのようにも聴こえた。

しばらくしてクイーンがクイーンに戻ったら、彼女は恐怖に戦くのだ。繰り広げられた惨劇の残骸を見て、自分が怖くなるのだ。そこまで判っていて何も出来ないマキナもまた、いつか自らにそんな日が来るのではないかと恐れている。

守るという言葉が、呪いとなり悪魔を生むのだとは、どの辞書にも載っていない。どの報告書にも書いていない。机上の記録では判らない。あの日記はその片鱗を見せていたが、それでも戦場に立たねば判らない。
マキナは自身にかつて誓ったことを思い出す。

――大切なひとを必ず守る、決して傷つけさせやしない。その為なら何だってやる。

新手が来た、と嬉しげに彼女があの日と同じ色の目をして剣を握り直した。飛び散る血を浴びながら、マキナは呆然とその光景を見つめる。
肉を抉る彼女の口に浮かぶ笑みに、呪いは解けないのだろうかと問うた。さあどうだろうなぁ、と嗤う声が頭の中から聴こえて響いた。どうにもここは息がしづらい。


▲ 救命ボートが足りないの
誰か此処から出して頂戴


title by 浮世フレィズ


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