離れに造られた9組の教室はいつもの如く閑散としていて、人の気配なんて微塵も無い。最近は裏切り者の始末とかそんなのばかりで、まともな授業なんてここ数ヶ月受けていないからだ。戦争が本格化してきたということだろう。埃被った机に座って、ナギはぶらぶらと足を揺らす。鼻歌を歌ってみるが、気が滅入って仕方がない。
特にこれといった理由は思い付かないが、どうにもこうにも目の前が暗いのだ。気が重い。

――がたん。

教室の外で物音、同時に人の気配。何者かと一瞬体を強ばらせたが、開け放していたドアから覗いたのはクラスメイトだった。
何かしら任務をこなした後だったのだろう、彼女は酷く疲れたような顔をしていた。よく見ると腕を庇って歩いているのが分かる。
おう、と短く声を掛けると、何か用かアイドル、と彼女は答えた。後ろで団子状にまとめられた赤毛は、いつものように返してくれた。それに少しだけほっとして、ナギは机から飛び降りた。スラックスに埃が残った。

「これから暇なら、飯食いにいかねえ?」
「奢ってくれんの? でも残念、お誘いは嬉しいけれどまた今度ね。取り敢えず寝たいわ」
「おっと、そりゃいけないな。睡眠不足は美容の敵だ」

けらけら笑い合って、いつものノリで二人は話す。普段と何ら変わりのない、これが彼らの日常。他愛のない会話の中に、さりげなく次に会う約束をする。言葉ではなく約束という形で、死ぬなと言う。
この教室は破られた約束でいっぱいだ。

また今度ね、と彼女は手を振る。腕は庇ったままだった。死ぬなよとナギは目だけで伝えて、教室は空同然の姿に戻った。
もう一度机に座って、足をぶらぶら。そもそも何故この教室に居るのかが思い出せない。

死者数で言えば、1組や2組の方が断然多い。またねと言って二度と会うことがなかった、なんて、日常茶飯事なのだろう。
それでもここは酷く寂れて見える。破られてしまった約束で溢れかえっているように見える。他と離れていて音が少ないからか、任務の内容が内容なだけに、幾分余計に寂れて見える。

今、思えば。気分が上がらない理由に、ここにいる理由に、心当たりが無いわけでもない。
メモ書きがあったのだ。今日、この時間、ここに、誰かと会う予定があったはずなのだ。なのにここにナギ一人ということは。
思い出せないということは。

「(……いや、止めよう。過ぎたことを考えるのは、止めよう)」

一人で苦しむのはもう懲り懲りだ。なら今日あったはずのことは忘れようじゃないか。それが良い、そうしよう。
言い聞かせて、それでも彼は次会ったときには彼女の腕に治癒魔法を唱えようか、と結局懲りもせずにまた自分に約束を取り付ける。そうでなければ、とてもじゃないけどやっていけない。

――がたん。

また、教室の外で物音。けれど人の気配は無い。何も起きない。時計を見ると、メモにあった時間ぴったり。ついに果たされなかった約束が落ちた音にも聴こえた。
スラックスに残った埃は、その残骸なのだろうか。
鼻歌が寂しく響いた。


▲ 無音パレード


title by 不在証明


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