足りない、足りないのだ。何かが圧倒的に不足して、欠如している。何が?
一体何が足りない?
この感情をどうすればいいのだろう。風が吹き抜けるみたいなこの感覚に、名前を付けるとしたらどうだろう。
不足したのは何で、欠如したのは何か。
ひとまずこの感覚を喪失感と呼ぶ。

広げられた失ったものリスト。並べられた名前を追う。ぐるり、世界がまわる。
冷や汗が伝う、足りないのはどれだ。どれもこれも覚えがない。急がなければ。早く不足を欠乏を満たさなければならないのだ。でないと僕は立っていられない。
リストに新たな名前が加わった。歴史を動かすべき人間を置いて廻る世界に吐き気がする。
この感覚は、焦燥感と呼ぶことにする。

世界がそんなものだと気付いたのは随分と過去の話だというのに、僕は未だこの世の理を嘆かずにはいられない。
羅列する文字が多すぎて目が回る。ああ本当に吐いてしまいそうだ。足りない。
リストから視線を剥がして呼吸を一つ。冷たい空気が肺へ。そのまま全身を巡り涙となって外へ。ぽっかり世界に空いた穴を、人間が流す唯一綺麗な液体で満たす。

喪失感
焦燥感
無力感
罪悪感
失望感
倦怠感
脱力感
虚無感
違和感
既視感

そうして名付けた感情が十を超えるころ、僕のもとにホルマリンの瓶が届いた。黄色がかった液体の中を浮かぶ眼球を、届けてくれた子供は酷く気味悪そうに、けれど惹かれるようにただ見つめていた。

誰かが見たはずの記憶を映す切れ切れの映像。見覚えの無い翠の目。
数日後、何か大事なことを忘れている気がすると例の子供が言いに来た。僕と似たような感情を持っていたらしい。子供はあまり頭が良くないようだったし、名付けこそしていなかったけれど。
喪失感、焦燥感、無力感、あと何だっけ。
覚えが無いのに僕は花を手向ける。取り戻そうと自棄になる。だって立っていられないのだから。あの子供の世界はまだ廻れる。子供というものは存外強いものなのだ。だが、満たさなければ、補わなければ、僕の世界は廻らない。

卓上の写真の僕と彼女ともうひとり。
覚えなど無いのに気付いてしまった。不足し、欠乏したのは恐らく。
さあどうしてくれようか。


▲ 花を左手に持ちかえて
科学を振りかざしこの世の道理に復讐を


title by 不在証明


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