水面がぴしゃりと揺れる。この世界は相変わらず、なんとなしに暗い。青い空も太陽もない。
そろそろ仲間達のところへ帰ろう、とセシルは水面から目を離して歩こうとしたが、間延びした声に引き留められた。

「あれ〜セシルじゃん」

後ろを振り返ると、足を引き摺ったジャックが笑っていた。
秩序の戦士は変わった人が多いけれど、彼は異質だった。ふわふわと笑うその目に、闇を見付けたからかもしれない。

「みんなのところへ行くんでしょ。僕も一緒にいい?」

引き摺る足なんて知らないと言うように笑う彼に、いいよ、とつられて笑って返した。
白のスラックスと、赤い短めのマント。どうやら制服であるようだ。学生だったのだろうか。
彼には戦争も血も似合わない、そう思った。オニオンナイトみたいに彼より幼い戦士も、ここには居るのに。

他愛のない話をしながら二人は歩いた。今日のご飯は何かなぁ、とかあの時のあいつは間抜けだったよね、とかあれって尻尾なの? とか。

「そういえばさあ。セシルって元居た世界のこと、覚えてる?」

突然、話題が変わる。少し驚いたセシルは、間を開けて質問に答えた。

「、いや、まだほとんど思い出せていないんだ」

「ふぅん、そっか。……僕さ、時々、こっち側に居て良いのかなあ、って思うんだー」

また話が変わる。言葉の意味を掴みかねて、セシルは彼を見つめた。ジャックは空を見ていた。空には何もなかった。

ふと、前から敵の姿が見えた。イミテーション。数は少ない。二人でやれそうだと思ったときには、ジャックは武器を取り出し走っていた。めしり、ばりん、そんな音を立てながら崩れ去る、ガラスのような人形。誰もが一瞬怯む、仲間の姿をしたそれに、彼は躊躇なく刀を降り下ろした。

ジャックは、自分のことをあまり話さない。元の世界のことを覚えていない人も多いから、話す機会もない。それぞれ初めてあった時、ざっくり自己紹介しただけ。セシルが彼のことで知っているのも、ジャックという名前と、16歳であることくらいだ。武器も今初めて知った。神経を尖らせ一撃必殺を狙い刀を振る。そう、本来ならば返り血を一番浴びる、およそこの少年には似つかわしくない戦い方だった。敵がイミテーションであるから、彼は汚れていないけれど。
いつもの笑顔は姿を潜め、ただ黙々と敵を薙ぎ倒す少年を、セシルは戦いながらも呆然と眺めていた。

あっという間にすべての敵を倒したジャックは、イミテーションに手を翳すようにしたが、顔をしかめてすぐに下ろした。
そういえばさっき、彼は足を引き摺ってはいなかったか。大丈夫かと問えば、ジャックは驚いたように目を見開いてセシルを見た。まさか聞かれるとは思わなかったのだろう。
何か言いたげに口を開いて、閉じて、開いて、繰り返してようやく言葉を発した。

「……セシルは、優しいんだねえ」

「え?」

「さっきも、コレ壊すの躊躇ってた。そんなのじゃ、だめだよ。優しすぎるよ」

選んだ言葉をまた捨てるように、ジャックの顔をしたガラスを蹴る。そのまま踏み潰して、彼は淡々と言った。優しさや情けは、戦場には不要だと。
ばき、ばりん、そんな音を立てて、崩れた透明な欠片を見る。その目はとても暗かった。

「また戦うのかって、ここに最初に来た時思った。でも敵はほとんど人じゃないし、武器が血で汚れないだけマシだね」

暗い目のまま、ジャックは悲しそうに笑ってみせる。
ああ、この子は一体何を見てきたのだろう。元の世界で、この子は何を敵としていたのだろう。先程ジャックが言った"こっち側"とは、きっと秩序の戦士のことだ。自分の姿のイミテーションを踏みつけたのは、戦う自分が嫌いだからだろうか。

武器をしまって、彼は歩き出した。足は引き摺ったままだった。
血塗れの彼を想像して、やっぱり似合わないよ、と呟いた。
戦うこと以外知らない自分自身を何より嫌う彼を、哀れに思ったからかもしれない。


▲ 青息吐息


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