「きーらーきーら、ひーかーる」

暗く濁った空を、真っ直ぐに見た。太陽もない、月もない、星のような数多の光と雲だけがある空。
青空なら、次元城へ行けば見れる。夕暮れなら、ふたつある月なら、町並みなら、見れる。けれど、たったひとつしかない太陽と月は何処にも見付からなかった。

歩こうと、足を出せば砕け散った透明を踏んだ。

この世界には何もない。継いで接いで創られた此処は不安定だ。たったひとつの物などない。
我々は数多あるうちのひとつでしかない。代えなどいくらでも、それこそ星の数ほどあるのだ。

「よーぞーらーの、ほーし、よ」

そして何度となく同じ戦争を繰り返す。消滅しても再び現れて。
遠くにある白い塔が仄かに輝いている。哀れな女神の根城で、憐れな戦士の墓場でもある、あの場で一体何人が過去に死んだだろう。
しゃらしゃらと声は歌う。自分の後ろの方で奏でられるそれがあまりに耳につくので、これまで口を閉ざしていた青年が制すように言った。

「……うるさいよ」

しかし声はしゃらしゃらと歌いつづける。同じフレーズを繰り返した。

「きーらーきーら、」
我々は同じ線路の上にいる。同じ戦いを繰り返す。駒が代わる時はあれど、所詮どれも複数のうちのひとつなのだ。
踏みつけた透明な人形も、いつかの自分。

「そこしか知らないのだろう。耳障りだから止めなよ」

歌いながら少女は空を見ていた。銀髪の青年は振り返ってそれを見て、呆れて溜め息を吐いた。
戦いは繰り返される、幾度となく。それはこの世界のルールであり真理だ。覆されることはない。
秩序の戦士はそれを知らずに向かってくる。自らループを促すようなものだ。混沌の戦士も各々のしたいように、ただ破壊を繰り返す。

酷いシナリオだと彼は嘆いた。喜劇にもなりはしない。

「ひーかーる、」

依然少女の声は淡々と歌い続ける。感情の抜け落ちたような歌が、月も太陽もない淀んだ空に良く似合った。

たったひとつのものがほしい。
数ある駒のどれかではなく、たったひとつの貴方が大切なのだという言葉がほしい。

真理を知っていながら、終わりを望むことは愚かなのだろうか。
けれど少女の持ち主である道化は笑うのだろう。そんなものは幻想だ、終わりなど有りはしないのだから。

「……おほしさま。わたしたち、おほしさまみたいね」

青年の力によって少しだけ自我を取り戻すことが許された少女がぼやいた。いつもは破壊としか言わないその口が、歳に不相応な言葉を吐いた。
珍しい、と青年は思った。こうして時々、気まぐれに少女に掛けられた術を緩めていたが、まともなことを話したの久しぶりだった。出鱈目な歌は歌ってたが、会話はなかった。

「おほしさまは知っているのかしら」
「……何を?」
「おひさまが、どこにいるのか。おつきさまがどこへ行ったのか」

たったひとつの。たったひとつのわたしをあいしてほしい。たったひとりのあなたをあいしてほしい。わたしたちはたしかにいきている。だからあいしてほしい。たったひとつの、たったひとりのものとして。
それが戦う意味に、延いては生きる意味となるのだから。

滑稽なシナリオだと道化は笑うだろうか。悲劇にも喜劇にもなれないのなら幕を閉じてしまえ、なんて言うのだろうか。

我々は同じ線路の上にいる。女神も男神も戦士達も等しく、繰り返す輪の上にある。
踏みつけた透明はいつかの自分。複数のうちのどれか。
太陽も月も、たったひとつのものがないここで、未だ少女の歌だけが響いている。

悲劇でも喜劇でもない物語は何処へ行くのか。
青年は少女の方へ腕を伸ばした。火花を散らす音がして一瞬光って、彼と彼女の紫の瞳がかち合う。

「……君はもう自由だ。何処へでも行きなよ」

彼女の行く末が結末になると信じた、青年は真理が覆されることを望んだのだ。環状線に一石を投じるつもりだった。
彼女は優秀な駒であったから、戦局が変われば辿り着く先も変わるはずである。

ぱちくり。瞬きした少女はしばらく青年を見つめて、道化がいないかと辺りを見回して、また、彼の方を見た。そしてまっすぐに言った。

「どこへ行けるというの? ここだけがわたしの居場所なのに」

青年の所に留まれば、彼女の持ち主に見付かることは間違いなかった。しかしここに居る、と彼女言ってのけた。
継いで接いだ不安定な世界で、それでも彼女はまっすぐだった。

「だからわたしは、どこへも行かないわ。あなただってどこへも行かなかったもの」

まっすぐな彼女ならば、太陽も月も見つけられるのかもしれない、と青年は少女の瞳越しに空を見た。


▲ a tragicomic beltway
ひとつでいい、ひとつがいい


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